音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

不定調性論~音の距離感の話~創意工夫の話★★★★★

で考えますね。

 

 つい時間が空いてしまって、目に留まったツイートに反応してしまいました。

"音楽理論のガラパゴス島"である不定調性論的な視点が、皆さんの考えている結果と違う、という点がとても興味深いので、こちらの根拠を書かせて頂きますので、読んでみてください。

 

距離感ではなく数理的な親和度で考える。

「距離」とすることで人それぞれ感じ方が違いますよね。自転車乗りには100kmとかは「近所」です。自転車で遠いな、って思う距離は、東京から日本海に行くぐらいの距離感です。

自分の感覚を一人ひとりが持つ、です。

 

距離が遠い=親和度が低い

距離が近い=親和度が高い

 

で判断します。

 

音程の距離だけで言うと、

cに対して一番遠いのは1オクターブ高いcです。

これだと、はっ??ってなるじゃないですか。さらに2オクターブ高いcはもっと遠いです。でも誰もそこは触れません。「距離」という言葉を皆さんそれぞれのクオリア的な意味合いに変換し解釈しているからですね。

 

自然倍音的に考えてみましょう。

基音cの自然倍音を八倍音まで挙げると、

1c,2c,2g,3c,3e,3g,3b♭,4c

ですね。

(数字は同じオクターブの範囲を示します)

ここからgは明らかにcに親和が強いなぁ、って印象を持たせると思います。つまり心理的な距離感も馴染みのある距離感に感じます。

そうなると答えはd♭かb、f#になるんですが、ここで考えます。

 

自然倍音を考えるんだったら、d♭,b,f#の自然倍音も調べて、その相対関係を調べないとダメんじゃないか、と思います。では列挙してみましょう。

gの第八倍音までの自然倍音

1g,2g,2d,3g,3b,3d,3f,4g

 

d♭の第八倍音までの自然倍音

1d♭,2d♭,2a♭,3d♭,3f,3a♭,3b,4d♭

 

f#の第八倍音までの自然倍音

1f#,2f#,2c#,3f#,3a#,3c#,3e,4f#

 

bの第八倍音までの自然倍音

1b,2b,2f#,3b,3d#,3f#,3a,4b

です。構成音だけ列挙すると、

g=g,b,d,f

d♭=d♭,f,a♭,b

b=b,d#,f#,a

f#=f#,b,c#,e

です。

さて、今回の四音との相関関係を見てみましょう。

 

g=g,b,d,f

d♭=d♭,f,a♭,b

b=b,d#,f#,a

f#=f#,b,c#,e

 

c=c,e,g,b♭

出現順に見ますと、

c=1個

 

g=1個

d♭=2個※注)ここではc#も含めています

f#=2個

b=4個

 

bの含有度の高さときたら。。

で、cが唯一持つgがbを持っている点に注目しましょう。そしてそのbをその他の音が持っているとなると、偶然でしょうが、cへの関連性が心理的に上がってきますね。

実際これらの数的に言えば、gが一番少ない、cがない、とかツッコミどころが満載です。これには訳があります。

そう、いわゆる下方倍音=基音を発生する数理、が考慮されていないからですね。

 

ここからガラパゴス島にご案内です。上陸お待ちしています。

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   本を聴くって質の高い時間ですよ。 

 

ここまでくると、gの次はbが心理的に近いんじゃないか、なんて思えてきます。

それなら、cの第16倍音まで見た時の出現音の方が、gの倍音よりcに近いんじゃないか、とか、f#はc#とbを含有しているから、この中ではより根源的なんじゃないか、とかいろいろ印象論も混ざってきてしまうと思います。

 

そこでなんとか、自分の中の体系でそれぞれが指標とできる決まった見方ができないか、と考えます。

 

機能和声論を学習したあと、そこから自分で考える自分論を作っていく必要があります。でもそんな事やる余裕なんて人生にはないので、他の人はなかなか自分論を体系化するところまではいきません。

もっと早く自分論を体系化して、どんどん現場に羽ばたいていける学習段階を設けたい、そのためには自分が自分論を作ってそれを見てもらう必要がある。不定調性論活動はその事例です。

どうなるかは先々見守って頂きたいです。

 

====

自然倍音を指標にするなら、次の関係を考えなければなりません。基音をcとしたとき、

cが発生する音

cを発生する音

の二つです。

cを発生する音には次のようなものがあります。

 

第二倍音にcを持つ音=c

第三倍音にcを持つ音=f

第四倍音にcを持つ音=c

第五倍音にcを持つ音=a♭

第六倍音にcを持つ音=f

第七倍音にcを持つ音=d

第ハ倍音にcを持つ音=c

 

です。これを下方倍音列とも言います。

不定調性論では、意識の「反応領域」という考え方を用いています。

これは、

自分のモデルを作るために、自分が用いる範囲を自分で設定することができる

というものです。世間一般では第七倍音を用いない、とか慣習があると思います。しかし不定調性論ではブルースを相手にする必要があるので、用います。

(七倍音は近似だ、とするかもしれません。でも純正律に比べたら第三倍音だって近似値です。どこまでを近似の範囲にするかを個人が勝手に決めてしまっているんです。24音律にすれば、第七倍音はb♭の範囲に属します。これをうまく振り分けないと、チョーキングなどを使って表現するポピュラー音楽では理論の体系化などハナからできません。そこでピッチクラス的に音高を12個に分けていく、という発想で倍音の音名振り分けを行っていきます)

 

また第九倍音以降を用いません。

このように自分で用いる音の範囲を決めることができる、という考え方が反応領域、という発想です。

これは無意識にも絡むことです。たとえばカレーが嫌いな人は、昼食にカレーを食べる、という選択肢は発生しません。ブルースが嫌いな人は、依頼された編曲において「ちょっとR&Bにしよう」という選択はしません。

 

しかしR&Bもカレーも現実には存在し、好きな人がたくさんいます。

 

 

分かっていても人は自分の判断を信じるようにできています(洗脳されていない場合)。ゆえに、既存の方法論に従う自由と、自分論を展開する自由が存在してしまう、となります。

 

あとは学習者の創意的工夫とそれをサポートする講師の役割にかかってきます。

私はそれをサポートする仕事に就きたかったので、このような展開方法を行っております。

 

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この下方倍音も八倍音まで考慮すると、基音cのとき次のような関係図が生まれます。

これが数理親和音モデルです。

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基音cが上方に作るイメージである上方倍音c,e,g,b♭はcの上部に着きます。

またcを発生する音はその並びの下方に配置し、cを発生する過程で現れる残りの上方倍音も八倍音まで考慮します。右の図はそれをディグリーで一般化したものです。

不定調性論ではこれを一音が作り出す関係性を最大限に拡張したもの、とします。この中には長三和音はもちろん、一般的なポピュラーブルーノートにも該当する、e♭、f#、b♭が出てくるので、「ブルーノート論」も展開しやすいので、機能和声論が取り扱いきれていないブルースを、機能和声論の延長線上で扱うことができます。

この図を参考に述べれば、機能和声論は、下記の赤枠の中だけを用いて音楽理論を作ったことになると言えます。

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まずこれらどの音を「近い」とするか、ということで「個人の反応領域」の発想が許されると思います。この図を見て、gが近い、f#が遠い、などなど。

でもこの図の中に現れていない音があります。

そう、d♭とbです。

 

ゆえに不定調性論においては、つまり私の自己論においては、cから遠い音をg,d♭,f#,bから選べ、となれば、bとd♭は遠い、と考えるわけです。

これは機能和声論とは関係なく、数理だけを配置した結果なので、私の意思ではない、ともいえます。しかしこのモデルを良し、としたのは私の意思であり、こう決めて覚悟して音楽理論を取り扱っているので、そこは私の工夫と自由意志によるものであり、他者が相容れないポイントであるとも思います。

ただこの姿を見て頂いて、だったら自分はこうありたい!とか思って頂ければ講師冥利に尽きます。

 

====

じゃあd♭とbはどちらがcに近いのか、ということを最後に考えてみましょう。

ポイントはf#の存在です。

f#という音は、

f#=f#,b,c#,e

cが数理親和音モデルの中に含まれていない音を自然倍音に真っ先に含みます。

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cとf#は振動数比が1:√2です。直角三角形的な美意識を有しています。和音で言うと「悪魔の音程」かもしれませんが、それは「不協和の極限が作る美しさ」とも言えます。悪魔に魅了される理由と同じでしょうか。何事にもラスボス的存在は独特の愛着があるものです。

cが出現させないc#とbをf#は上方倍音で真っ先に作ります。

そしてcが最も親和を見せるfとgをf#は持ちません。

不定調性論では、この関係を表裏の関係とするために「増四度環」というモデルを作りました。cに対称的な存在はf#である、とするわけです。

 

ここから動和音、静和音の考え方が生まれ、ドミナントモーションの数理を補っていくわけです。

 

そうなりますとg,f#,b,d♭でf#は基音cの裏面、という位置づけになります。

(ちなみに「側面」は短三度、d#とaです。これで単音の立方体を作ります。

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あとはd♭とbではどちらがcから遠いのか、ということになりますが、

これはgとf、どちらがcに近いか、という話と同じになり、感覚的にはgでしょう。

不定調性論では、ここに差を設けません。下方の領域も同等に扱い、あとは「個人の反応領域」として、個人のイメージを優先していくからです。

 

歴史的にはbは導音ですから馴染みがあるぶん、最も遠いのはd♭なのかな、というイメージにもなります。でも機能和声音楽知らない人が聞いたらどう思うのかな?

 

距離で言えばf#ですが、これはただの音程の距離感です。

 

それに対して数理的な距離感のイメージをそれとは分けて考える時、

「確かにd♭も遠そうだなぁ」

という「印象を持つ」と思います。こうしたイメージがごっちゃになるわけです。

また実際の音楽活動にほとんど必要ない知識なので、それ以上追求もされません。音楽の理論で、この最初の段階が曖昧であるがゆえに、自己を確立しづらくしています。

数理が自在な姿を見せるからです。

それを認め、あなた自身がどう考えるか、を自在に決めていくことをお勧めします。

それがトンデモ論になって叩かれることもあるでしょうが、その度に修正して自己のやり方を確立していけば、日に日に人生が楽しくなってきます。もちろん結果どうなるかなんてわからないです。

 

時に社会からはツマハジキになることも恐れないでください。その時どれだけ自分を信じられるかは、それ以前の学習でどれだけ自分を追い込んだかにかかっています。

 でもそのくらい自分が自分で考えて自分が見つかれば、人をサポートしてあげたい、という気持ちも本物になってきます。

 

そういう意味でも学習期に「自己をしっかり確立できる方法論に触れる」ことは有意義かな、と考えています。

 

日頃から自分の「好き」を素直に認めて見つけていきましょう。それだけが頑張れる手掛かりだと思います。

 

全く話が逸れたように感じるかもしれませんが、全く逸れていない、ということを感じて頂きたいです。 音楽家が音の数理を考えることは「自分の解釈を考える事」だからです。