音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

<コラム>キッズレッスンへの試行錯誤

 子供達は大人よりも柔軟で体力も集中力もずば抜けています。

だから本来大人になれば、無限の可能性を持つ子供を教えることはほぼ不可能です。

そのために親子という仕組みで縛りを設けた生物の生態もなんとなく頷けます。

そうしないと子供を管理できないからです。

未熟で、無知で、一人で生きていけないから、という先入観です。

ある意味ではそうですがある意味では違うと思います。

どちらの方にも柔軟に向かうためには、子供達の可能性と価値を自意識のある大人が自分以上に価値のある存在、と位置付けられるかどうかにかかっています。

これは教育です。

自分が子供の頃はそう思っていたはずなのだから。

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子供は褒めれば、あらゆる可能性を発揮します。

不可能なことを可能にし、昨日までできなかったことを楽々とやり、

今まで一度もやったことのないことが一日でできてしまいます。

しかも一瞬で。

もちろん四回転ジャンプをやれ、と言ってもできませんが、大人のように「無理だよ、そんなの」なんて思いませんから、まず基本「できるかもしれない」から意識が入ります。

一時間ぐらい回り続けて二回転ジャンプとかはすぐできるようになるでしょう。大事なのは、このできてしまう部分の事実です。

常識で考えたら無理に決まっています。でも子供達はやります。生きる力というものを遮るものが何もないからです。大人は即却下するでしょう。それができても意味がないし。とか思っちゃうし。

 

音楽レッスンの場合、先生は観察し、好きか嫌いかどう感じるか表情を見て、何をやらせて、何を後回しにするか判断します。

これは学校では無理です。算数の時間に、どうしても理科の実験がやりたい、と言っても許されません。しかしこれにより意欲が削がれ、やりたくなくなった時に実験をやるのは今度は逆効果です。先生が精神的に苦しむのもここでしょう。先生に変な人が多いのではなく、教育という封建的な仕組みが自由な精神を人一倍持つ先生方を苦しめているだけです。

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私は音楽レッスンという名を借りて、子供達と人生設計をしています。

そもそも大体のことが三日ぐらいでできるので、半年も先の発表会の準備を今からさせても仕方がありません。オリンピックに出るのではないんです。また周囲もそこまで期待していません。子供達が運営する発表会であれば死ぬ気でやらないとおそらく彼らの理想を叶えることは大人にはできないでしょうが、大人の運営者は最初から「まあ、こんなくらいできたらいいだろう」と思っているのである意味楽勝です(失礼)。

 

ギターの演奏よりも、今何がやりたいかを聞きます。

そしてその話を少しします。そしてそれをやる時間を明確に決めます。

 ゲームならゲーム、サッカーならサッカー。

二十四時間やっていても目が疲れる、とか体が疲れる、ということはありませんから、お腹が空くまでやり続けます。だから大人のしょぼい価値観では彼らの要求に応えることはできません。と言って「こんなもんなのよ」と早く大人の価値観を植え付けるのも悲惨です。時間感覚も薄いので、今は教室ではサッカーができないから、明日の予定を聞き、昼休みにサッカーができるのか放課後サッカーができるのかを聞きます。すると問題は、サッカーができるかどうかではなく、友達と喧嘩してサッカーができなくなるかもしれないことを悩んでいたりします。見つけてあげるのはそこです。これは本人も気がつきませんし、その問題の大きさすら把握できていません。でもこれを上手にクリアできる手段が本人にイメージできないと、ギター弾こうか、って言っても無理です。

 

じゃあ、あなたは家計が酷く苦しい時「人生には芸術も必要だから、楽器ぐらい学びなさい」とかって言われて、楽器はじめます?笑

 

五年後にサッカー選手になっていたい子が、ギターを習っていても本来仕方がありません。

サッカー選手になった後で、ギターを習いたい、といえばお金を払って習わせてくれるかもしれません。大人になれば上達も早いですし、何せサッカー選手になった!という自負がありますから何事にも意欲的です。できないはずがありません。先生も気を使って優しく指導するでしょうし。先生もそれに影響されてレッスンアイディアなどが閃きます(経験済。笑)。

夢や目標があるならそれに向かってまず一途に走ってください。

それでなくても、7kgはあろうかというランドセルや荷物を持ってため息をつきながら教室に来てくれる子供達の姿は小さなおじさん、です笑。夢を地面に引きずっていまう。

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先生に60分与えられているなら、最終的にどうなりたいかをイメージさせ、それが本人の中に確固としたイメージとして心に定着させ、意欲が生まれるのを待ちます。

3分やってできないことは興味がないことなので、そういうことは今はやめて興味があることに向かって進めばいいだけです。

 

これも先生次第、というところもありますが、ギターが弾きたい、という思いと、実際に弾くという行為は実はあまり関係ありません。弾いてがっかりするのはそのためです。フィジカルの要望とメンタルの要望は質の違うものです。それを理解しないと、弾かせて弾いてみてがっかり、みたいなことになるだけです。

大事なのはギターが弾きたいと思ってくれたことです。別に弾けなくてもいいんです。

それが信頼を作り、コミュニケーションを作り、結果としてどの方向に向かうかはわかりませんが、「こうしたい!」という強い何らかの思いを抱けるようになれば、人生8割型成功した、と思います。

その瞬間は、ギターが弾けるようになることより大事なのではないかと思います。

(ギターを職業にする人ではない限り)

 

本当に弾きたい子は、自分でやります笑

 

新しい世代の人には「達成感」という大人な感情をいかに早く知ってもらうか、ここがカギかな、と思いいつ注意して話を聞きます。

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大人レッスンでも同じです。まあ自分ももやもやと生きてきてしまったところもあって一時期反省し立身したわけです。

 

ぜひ、好きなことを好きだと言えるようになった先に、これからどうなって、どうやってその感情を活かし、どのように道を築くか、そういうことを考えていければ、と思っています。

ここには音楽の知識とか、レッスンの内容とか何もいらない、ということにご注目ください笑。お母さんが試行錯誤しながら子育てをするのと全く同じです。私塾では、音楽への興味というエネルギーを使って、大人と話し、ものを考え、夢を見つけ、集中して邁進する時間を作り、結果として得られる達成感、新たな目標→エネルギー、といくサイクルを作りたいと思っています。

 

これ、30分対峙して一緒にトライするだけでヘトヘトになります。

 

人生っていうのはエネルギーを本当はこんなに使うんだ、と思わされます。

自分にはそのくらいエネルギーを使っているのか、と自問しながら今日も反省。