音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

音楽家が幸福になる方法

先だって、前野先生の動画を取り上げたので、合わせて別な動画も。

www.youtube.com

 

人が幸福だ、と考える因子をコンピュータで振り分けていくと四つぐらいの因子になる、という話です(これは心の幸福の4因子であり、他に身体的要因、社会的な状態要因などがあります。詳しくは動画にて)。

shiawaseken.jp

 

音楽家はしかめ面で、ステージ以外は苦悩にさいなまれていなければ名曲はできない、みたいなイメージはないでしょうか。毎日ハッピーで、才能さえあれば、曲はバンバンできるし、ヒットも飛ばせるが、独りになるとすごく孤独で虚無、みたいなイメージはないでしょうか。

 

音楽スクールでは、そうした音楽家にならないように指導を試みています。上手く行くかどうかはこれからなのですが。

 

不定調性論もそういう感覚に寄っていくことを目指しています。

AIが進化し、人ができるほとんどのものを機械が作ってしまう中に、音楽も入っていきます。人が新たな音楽芸術を創出していくのも時間の問題です。人間一人ではAIに太刀打ちできませんが、人の脳が全て繋がったら、AIを超える不思議なパワーを生み出すことでしょう。そのための自在化を音楽理論の学習側から推し進めていこう、というわけです。

====

音楽をやりたい!という目標や夢や希望は、4因子の最初のやってみよう~自己実現と成長の因子に繋がります。もうこれだけで一つ幸福の要素を取り込んでいます。

だから音楽家は音楽を自主的にやっている以上は、それがない人より幸福です。

しかし問題は、上手く行かない、才能が関わる、結果が商業主義で判断される、という要素が、これらの自己実現を阻んできます。誰もやったことがないならともかく、音楽家はモーツァルトをはじめ、人知が及ばない天才が潜在意識に組み込まれていますから、「自分はそこまでの力がない」と認めてしまうと、音楽そのものが音楽家を不幸にしていきます。まずここを防ぐ因子を作りましょう。

 

それが第4の因子、あなたらしく!~独立とマイペースの因子~です。音楽は売れたものが全てなので、同じことをすれば売れる可能性は高まります。しかし、それは確率の問題と素養の問題が関わるのでなかなか困難です。不定調性論は、先の才能の違いが夢を阻む、という点から展開していきます。既存論や、伝統、理論に関わらず、あなたの意思がどう考えるかということを先に育てます。そしてその通り実践しながら失敗して自分の能力を見極める、という作業を早期に行うよう呼び掛けています。

これにより、自分の最も得意な思考と感覚を用いて、自己の音楽を行う、という構造ができます。学校で同じ教科書をやって、全員がポップミュージックを作ったら、キャッチ―な曲が作れた人だけが成功する、というのが通例の音楽教育です。そうではなく、初日からセオリーの権威を奪い、受講する人の意思で音楽を構築する方法論を展開するわけです。これらをセオリーと練習と並行していきます。得意なほうへ、得意なほうへと導くのが講師のテクニックです。で、これが上手く行くと始めて人は、自己肯定感が上がります。

 

つまり、三つ目の因子。なんとかなる!~前向きと楽観の因子です。だから難しい和声学を究めようとひたすら自分をいじめても、そこで突き抜けられるのは、そうした学習が得意な人だけです。そしてそこを抜けられた人だけが、社会で認められる人である、というのが現状です。それ以外の人は「残念ながら音楽はちょっと二流かな」なんていう潜在的な印象を与えてしまいます。それが本人に向けられたら、前向きになれるでしょうか。楽観できるでしょうか。そのためには「何くそ!」って思う必要があります。

そしてそう思うためには、自分が何が出来るか、を知っていなければなりません。それを教育の現場でやろうとすれば、既存の学習で挫折する姿を見ながら、一方で得意なものを見つける、という凄い負荷をかけていく必要もあります。ここを上手に指導していってあげるのが現場の課題です。わたくしも様々なタイプの受講生を見ながら、ひとりひとり違うアプローチで、「前向きと楽観の因子」が高まるようなところまで持っていきたいと思っています。

 

そしてここまで来て、本人がやる気を出して初めて、他者との関わりを歓びとすることができます。つまり第二の因子、ありがとう!~つながりと感謝の因子です。自分を必要としてくれる場所を見つけ、作品を提供でき、同じ価値観の人と、同じ喜びを心から味わえる場が現れて人ははじめて感謝できるようになります。それまで受けたこともないような誉め言葉や、これまでできたこともないような作品が相乗効果で生まれます。それに感激しない人など果たしているのでしょうか。

 

======

音楽学習における、自己の確立が、人としての幸福の因子を高めスパイラルアップを図る、というのは幸福学にも沿っています。

もちろん人を蹴落として、人を脅かして、幸福になる場合もありますが、それは前野先生曰く「地位材」ですから、長続きしない幸福です。試合に勝って最高の美酒によって、それが永遠に続いている人を見たことがあるでしょうか。幸福感には、いくつか種類があるわけですね。

 

音楽の幸福感も、自己実現のために難しい和声学を死ぬ気でやる、という方法と、その過程で見つけた自分有の方法を追求する、というやり方があります。伝統に沿って、和声学を面白い!!と感じる人は正統ですからちょっとうらやましいですが、あなたなりの生きる道を見つけた人も私は素晴らしいと思います。

現場で10年揉まれてこっぴどくパワハラされて、初めて一人前に慣れた!という幸福も素晴らしいです。でも一人インターネットで作品を発信し、多くの人に幸福を与えることができることも私は素晴らしいことだと思います。しかし後者の幸福には名前がないんです。不定調性論は、それをあなたの幸せとしてもっと早い段階から知ってもらい、自己の肯定感を高めるようにしていきたいと思っています。でもこれ芸術性と深くかかわるので、こうして書けるほど単純ではありません。不幸でなければ書けない曲がある、というのもまた事実です。でもそういう段階を越えて進化して、人にとって「不幸感をエネルギーにする」という状況が少しずつ改善されればいいな、とも思っています。

 

この辺の違いを先生方がそれぞれの方法で上手に把握できれば、音楽家が幸福である状態が最も素晴らし曲が書ける、みたいな構図をもっと作れると思います。

これは勝手な想いですが、あなたがどんな人であろうと、本当は幸福感を常に持って音楽ができる人生を満喫していって頂きたいです。宣言しなくてもいいです。売ろうとしなくても、たいした曲が出来なかったとしてもいいです。宇宙的に見たら、私もあなたも二つのただの塵なんですから。大事なのはあなたが幸福感が持てているか、それを他者と共有できるか、という点ではないか、と思っています。またそうしたことに基づいた上での音楽教育の厳しさが健全に機能することを望みます。