音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

<コラム>意識の海から、フレーズを拾う。

www.youtube.com

またレッスンで話題に出ましたので、シェアします。

 

不定調性論は論理を学習したフィルターを通して、その向こうにある、自分自身の意識と向き合います。音楽技法を学習する時間が長すぎると、創造の瞬間を次々と失っていきます。200ページの教科書を4冊大学で学ぶとすると、それが終わるまで、なにか「自分が不完全な存在だ」と感じながら、いつの間にか3年生になり、もう就職をしなくちゃいけなくなり、あれ?四年目って何だ?あ、これって大学院に通う人のための一年で、就職する人にとっては関係ないんだ、なんてことに気づいて愕然としたり笑。

 

まあそれは良いのですが、とにかく理論の学習と並行して、創造的発信をどんどんやりはじめよ、というわけです。仮免前から一般の道路に出て事故に遭っても良い、というのが想像が活動においては大事だ、と言っている点が、不定調性論の問題点だ、という人もいますが、この場合事故に遭うのは本人のメンタルで「お前は無知で愚かだから田舎に帰れ」と言われて、辞めてしまうだけです。ただ、これって大学卒業した後でも言われる可能性のある方がほとんどです。そっちの方がつらいはずです。

 

まあそれも良いでしょう。

動画では、人間が意志を決定する0.3秒前に、その意思は決定されている、というような話がメインになっていきます。その4秒前、8秒前には決定されている、というような説についても触れています。

 

これについては潜在意識の存在を把握していれば理解できます。

 

肉体や脳は一日中休まず体の反応をすべて記憶しています。息を吸い、吐き、目を動かし、手を動かし、全ての行動が情報信号です。これらをいちいち知覚していてはなにもできません。ゆえに無意識という存在になって、心臓を動かしたり、生理作用を感じたりするわけです。

その情報の海が無意識で、その中で「ジュースを飲みたい」「タバコ吸いたい」「旅に出たい」「ギター弾きたい」とか様々な情報も絶えず浮かんだり消えたりして、それらを顕在意識がピックアップするまでは本人は気が付かないわけです。

動画の中でも脳が分断された患者が、左耳に「歩け」と言われて歩き出したが、右耳に「なぜおまえは歩いているの?」と聞くと、「歩けと言われたから」とは答えず「ジュースを飲みたくなったから」と答えた、という例が象徴的です。

 

つまり無意識からピックアップされる情報はあたかも自分がそう思っているように感じてしまうわけです。それっぽい答えを自分の意思だと思ってしまうんですね。無意識には絶えずそういった情報がポカポカ浮いては飛び跳ねていて、顕在意識はなんとなく今それっぽいものを発信してしまい、本人は自分の感覚的なものでそれを捉えるわけです。

いわゆる「直感」がこれに似ていると思います。

 

ゆえによりゆこうな答えをピックアップするためには「アファメーション」が有効なわけです。

自分は音楽で食っていく!

自分は音楽教育者になって、人の夢を助けるんだ!

と普段から強く言い聞かせていれば、行動の動機について顕在意識は、無意識のうちから上記の言葉に関連した情報、必要な情報、合致する情報を膨大な無意識の海の波の表面からピックアップする、ということが可能になるわけです。まるでその感覚と磁力で合致したものを吸い上げるように。これがないと、行動の動機が曇り、成果物が減り、夢は叶えられません(叶うまで時間がかかる)。となります。

前回のコラムで書いた「どうやってこの問題を解決するか」という思考も「自分才能ないかも」という思考もどっちも潜在意識の中でうごめいていて、それっぽい情報が入ってきたとき、それっぽい理由をピックアップしてしまうわけです。

それがいかにも自分にとって説得力のあるリアリティを持っているので「諦める」という選択肢が生まれてしまうわけですね。

「絶対自分は解決する!!!」

と思っていれば、解決できてしまうのも、この無意識からの信号をキャッチする方法です。これを昔から「潜在意識の力」と言っているわけです。

 

ということは、音楽を作るとき「絶対良いサビができる!!」と信じた自分の感覚を一番明確に伝えてくれるのは、自分の意識です。「あ!やっぱり俺はできるんだ!」と思うためには、いかにもそれっぽい情報をそれっぽい理由とともに無意識からピックアップ出来る必要があります。

だから普段から考えて、繰り返し繰り返し、この過程を克服していくことで、良いモデルケースが付き、能力が構築され、コツがつかめるわけです。辞めなかった奴だけが食える世界、というわけです。

潜在意識から「お前は能力が高い」っていう情報をピックアップすると、顕在意識は「あ、まじでおれ、できるかも!!!」って脳が感じるようにできるわけですから(本人が出した情報なのに、無意識から得た情報なので、いかにも天啓を受けた気がする)、自信が付くし、解決を導くために集中できます。逆は悲劇ですね。

 

だからレッスンではよく褒めます。褒めるのは高度なテクニックが必要です。

観察力と、講師自身の余裕と、講師自身の日ごろの鍛錬が試されます。上辺だけ褒めるのは逆効果です。特に猜疑心の高い人からは下心でもあるのではないか、とか思われます笑。女性は褒めても信じてくれない人もいます笑。

いずれにせよ、それは褒めて終わりなのではなく、結果として問題解決に集中させることで、実際できた時の快楽は、計り知れません。そしてそれはいかにも自分の能力で出来たように感じますから(脳の性質上)、まるでエンジンがかかったようにプライベートでも邁進できます。

 

叱る、批判して伸びる、というのはもはや性癖に近いもので、それはちょっと異常性欲的な要素が別なものに転換されているのではないか、と思うくらいなので、その辺はコミュニケーションしながら見極めていきます。全員が全員同じ感覚を持っているわけではないからです。

 

音楽制作も結局、理論とか、方法論とかを最初からベースにするよりも、自分の感覚をベースにした方が、後からの大幅な変更や、失敗、等にも対処しやすくなります。そうなった時、なぜそうなったのかよくわかるからです。それは才能がないのではなく、アプローチの相違によって起きる他者との兼ね合いの問題です。

他の人だったら「わ!!これは最高だ!!」で済む話であった可能性も高いからです。

 

よって、楽譜の勉強したら、もうどんどん弾けない楽器を使って、使えないソフトを使って、できる範囲で、10秒のジングルでも良いので、自分をアウトプットするパイプラインを使って、自分の中に埋め込まれた能力を燃焼していく作業にうつることによって、学習効果が高まります。

コード進行を知らないまま曲を創っていて、受講二か月目にコード進行を覚えて「わ!!これだよ!これ!これを最初におしえてくれよ!なんだ簡単じゃん!」となるわけです(最初に教えてますが、最初は気が付かないでスルーしてます笑)。何となく訳も分からず作った曲が、既存の曲に似ているようで似ていなくて、何が原因なのか分からない、という問題意識に対して無意識から送ってくる既存の曲の様々な情報を顕在意識が正確にピックアップできないからですね。答えは学習によって分かるのではなく、最初から知っているけど顕在意識がその謎の信号の重要性を無視しているのでピッカうっぷできないわけです(というイメージ)。

 

「左脳的に考える」というのは、ピックアップする信号の種類を知らないまま表面の情報だけで作ろうとする状態で、これは単純にケーススタディ不足の状態のことだと思っています。勉強が好きで経験が浅いだけです。24時間あったら16時間ぐらい本を読んでる人は、どうしてもそうならざるを得ません。

逆に右脳的に考える、というのは、とにかく朝から晩まで作り続けている結果生まれる思考ですから、無意識から適切なアレンジをピックアップできる可能性が増していきます。そしてそれを説明することはできません。

 

だから若い方と話すとき、とにかく数をこなすための計画について一緒に考えます。

一週間のうちで、勉強のスケジュール、遊ぶスケジュール、を含め音楽できる時間を探し、最初はとにかく練習、作曲、発信に邁進してもらいます。たいていは二週間で嫌になってしまいます。問題はそこから先です。そこを超えるとまた楽しくなり、三か月ほどするとまた飽きます。それを越えて一年続けられれば、一生大丈夫かなと。

これは良く分かりませんが、記憶のタイプ、記憶状態の変化が何か影響しているのではないかな、という感じもします。

 

従来の理論学習に対して、不定調性論が違うアプローチをしているので、なんとも不安ばかりですが笑。ようは、

作曲を勉強する=作曲をする

ということで、「作曲」というのは意味記憶でこういうこと、というイメージがあるかもしれませんが、本来はあなただけにしかできないあなた独特の行為方法の発見と確立を意味するので、これ、実は先生は関係ないんです。大学も関係ないです。

師匠も関係ありません。彼らはアドバイスするだけで、あなたの方法など知りません。

それを確立させる手伝いをどれだけ教育機関が出来るか、それだけであると思います。だから人によっては、DTMがいらない人もいれば、楽器がいらない人もいるでしょうし、コードなんていらない人もいれば、まあ既存の音楽要らない人もいます笑。

そこに境界を設けないのが不定調性論なので、今日もあなたの幸福のために頑張ります笑。。ぜひ自分のやり方に邁進してください!一日1フレーズで良いですから!作りましょう(←これ書いてるおまえもな!)!

 

あなたが求めるフレーズは無意識の中でいつもあなた自身に発信しています、あとは「それを拾いたい!」って気持ちの維持だけなんです!