音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

和音を単音で考える~既存物を越えて

通例、メロディっていうのは単音ですよね。

「かえるのうたがー」

っていうメロディは、

ドーレーミーファーミーレードーですね。これは作者が

玉川学園・岡本敏明とツィンメルマン博士

そう決めたメロディであり、別のメロディでもいいけど、それにしたわけです。

この一音一音に和音をふってみましょう。

 


 

例えば、

C Dm Em F |Em Dm C   |

オーソドックスに機能和声のスポットハーモナイズ。

 

ちょっと凝る?

C  Em7 A7 Dm7 |D7 G7 C   |

 これはジャズ理論ぽい感じ?

 

C  Bb7 A7 Ab7(13)| D7(9)  EbM7 DbM7  |

みたいな感じでも、不定調性的ですが、まあコンテンポラリージャズっぽい感じといってもいいかも?

 

でもこうした感じって、なんか知識がいるっぽいじゃないですか。セカンダリードミナントとか、サブスティテュートの。そういうの使うだけでなんか免罪符になって、多くの人が分からないけど「なんかイイっぽい」と思われてしまう。そのひとが「イイ」と思うのは作品が良いのではなく、その人の潜在的な意識の中に同様な過去作品が含まれているかどうかです。だから人によっては「なにこれ?」という人もいるわけです。

人は心を持っていることが一番素敵なことであり、一番厄介です。自覚無く得ている判断状況も多いからです。

最終的に「心は幻」という仏教の境地まで行くのは大変ですよね。

心に惑わされないように修行していくのがやっとかな、なんて自分では思います。

 

「どっかで聞いた感じのする感じな流れだから、"誤ってはいない"んだろう」

って心に思い込ませてしまうところがあります。別に実際さほど不協和でもないし。

 

今日のお題のポイントはここではありません。

AD

   

   

例えば、

C  D  E  F  |E  D  C   |

メジャーコードだけでコード付け。

Cm  Dm  Em  Fm  |Em  Dm  Cm   |

マイナーコードだけ。

C7  D7  E7  F7  |E7  D7  C7   |

7thコードだけ。

Csus4  Dsus4  Esus4  Fsus4  |Esus4  Dsus4  Csus4   |

sus4コードだけ。

 

これがいわば不定調性論の「単音概念」っていうやつで考える和音の付け方なわけです。

これはいってみればある音をあるシンセの音色で弾いている、のと同じです。

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このかえるの合唱のメロディをハードシンセの音色で弾いてみよう、ってなったとしましょう。

 

そうなると上記のようにたくさんの音色から選んでいくわけですが、これらの一つ一つの音色がこれまでの音楽では「楽器のアンサンブルによる和音」だったわけです。

音色によっていろんな響きを作って、メロディに豊かさを与えていたわけです。

それがシンセの登場によって、普通に単音で弾いても、音色そのものに癖があったり、変わったサウンドをするので、それだけで不思議な感じになり、いざとなったらヴォイシングがどうこう、なんて考えなくても奇抜な音楽ができてしまうわけです。

もともと和音で奏でるシンセ音もありますよね。鍵盤一つ押すだけで和音が出るやつ。

 

このメロディをsus4だけで弾く、っていう選択肢と、これらのハードシンセから変わった音色を選んで弾くことはイコールである、という発想です。和音的存在を「1音色」と考えるわけです。

 

それじゃあ、なんか変な感じにならない??

という無言の抵抗が心の奥底で起きるかもしれません。

ちゃんとした曲もかけないのに、手法そのものからへんちくりんにしたら一生認められる曲が書けないのではないか。みたいな。

 

大丈夫、それぜーんぶ錯覚です。思い込んでること

だからあなた自身が自分で色々試して発展させていってください。

理論的なバックアップは不定調性論が行いますので(がんばります)。 

 

この発想がもっと若い世代にはやくから深く浸透し、脳が発展して。どんどん年寄りが理解できない音楽を作ってください。時代を前に進めてしまうのです。

諦めるなら、先に作っちゃって仲間を増やして、浸透させて、一生分稼いでから、辞めればいいんです。

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上から三声めが変える合唱のメロディです。

 縦の響き、横の響き、それぞれが人の感覚に入ってきて何らかの印象を作ります。作ってるうちに何かが浮かびます。これがどういうコードになるのか知りません。意外と普通のジャズっぽいものかもしれません。

ベースは安定のc-g-c-C#M7をイメージしてます。最後のコードはそれっぽくなるようにヴォイシングしてます。これはまだ音データですから、まともです。

 

こうなるとどうでしょう。

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すごく変なうなされるような苛立ちのようなものを、この模様に感じる方はいませんか?目をつむった時に、こういう模様が見えて、なんとも言えない感情になる人はいませんか?私はその手のタイプで、この画像を見ると音楽では味わえない「うずく嫌悪感」という快楽を感じます。おなじものをwobbleベースにも感じます。その二つは全く違うものですが、リンクしてからは、結局これは自分の好みであり、wobbleベースが受け入れられるなら、自分と同じような感覚の人もいる、と信じることができます。

年を重ねるとどんどん価値観がもたらす感情や思考が面白いものに変わってきます。

 

和音を単音で扱う、というような思考は、こういった極端なデザインのもっとも初期の欲求獲得にすぎません。

これは音を越えて、デザインを見るだけで、なんか満足しちゃう、という欲求を実現した行為全体を捉えてください。そんなの音楽活動でも何でもない、と思うあなたの気持ちと葛藤してください。仕事のこだわりとか、人生へのこだわり、あってもいいと思いますが、いつでも開けられる窓を設置しても良いかな、と思います。世の中の進化が早すぎるので、これからもっと早くなるそのスピードについていくために、心の構造設計そのものを変えませんか?

 

そのくらいならいいけど、それ以上やっちゃダメ

っていう基準は、社会で教えてこられたとおりの範囲の常識でとどめるか、自分なりの価値観まで拡張するか、人それぞれです。

同じような価値観の崩壊や展開をこれからいくつも経験していくと思います。そのときに「今まで何囚われていたんだろ」なんて思わなくて済むように、どんどん自分の刷新をしていくと、今何にこだわるべきか、とか柔軟に集中して今を一生懸命生きられますよ。どうせ最後は死んじゃうし忘れられるんですから。

バランスだけが究極の問題ですよね。