音楽教育活動奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と...旧音楽教室運営奮闘記。

(音楽表現言語について)Musician Explains One Concept in 5 Levels of Difficulty ft. Jacob Collier & Herbie Hancock | WIRED

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現代で音楽を自分の言語で適切に語れる一人、ジェイコブ・コリアー氏。

 

英語だけど、Feelするものを言語にして共有してくれます。

 

マイルスとかも典型的な印象人間でしたが、そういうアプローチが苦手な人もいるでしょう。 

「夜のような和音を出せ」とかっていわれて「何だよ!!それ!具体的にコードで言えよ!!」とかって思ってませんか??笑

でも、音楽家って、程度の差はあれ、本当にそう感じているんです。それが浮かぶんです。これは性的嗜好と同じで逃れられない個人にとってリアリティの高い感覚だと思います。

人は誰でも人から奇異にみられる感覚を持っています。本人からしたら生まれた時からずっと備わってるものだから「変さ」に慣れています。音楽はまだ「音楽活動」という分野があるからいいですが、

目をつむるとキラキラするものが気持ち良くてずっと目をつむっていたい

みたいに思っている人は、何活動をすればいいのでしょう。
でも必ずそれを自分の人生に活かせますので、必死に考えてみて下さい。

 

話が逸れました。

この動画では、Harmonyについて子供からハービー・ハンコックまでのそれぞれの段階で話しています。

 

不定調性論で、小難しい話をするより、ずっとわかりやすいトライアルなので、ぜひ感覚でご覧ください。

翻訳も、誤って受け取ってもいいんです。言葉を見て、イメージをなんとなく受け取って、きっとこういうことを言ってるんだろうな、って分かればそれで十分です。この動画見ながら、ラーメンがイメージされる人がいたら、それはそれで天才です。その感覚感を活かせる人生にしてくだあい。後は自分で勉強。

 

二番目の女の子は、Cmを「Dark」と表現してますね。

いろいろ動いて最後にトニックに戻ることを「物語を作る」みたいに話しています。不定調性論的なアプローチですよね。これらは「補足的な講師による解釈の話」という位置づけでスルーされます。教科書にはそう書いていないことだからです。

しかし本当は、それ自体をしっかり感じないと、音楽は自分の中から発信できず、同時に他者との違いを理解することもできません。

 

音はもともとストーリーなど持っていません。トニックに解決してもそれを理解しない民族の方が地球上には多いのです。そういう洗脳的教育を肯定的に受け入れて楽しむ感覚になってしまっているだけです。

 

大事なのは、そうお互いが感じることで正しいものを見つけることではなく、自分の解釈を信じ、他人が違うように感じることに驚きながら、それをエキサイティングして受け止める細やかさ、です。

 

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大学生のところでCsus4マイナー9thみたいに言っていますよね。バッハの時代から使われた変態テンションコード(当ブログ参照)。

ここではリハーモナイズを披露してくれます。ちょっとキーボードの音が小さいのでヘッドフォンで聴いてください。

食傷気味な大学生ギタリストの顔に注目!!笑

 

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プロピアニストととは倍音の話が出てきます。下方倍音的な話も出てきます。木に例えて、空に伸びる幹と葉と、地面に伸びる根っこの例えです。不定調性論もその先に行きたくて、より実践的に和音構成に用いています。

下方倍音が作り出してくれるのは意識の上で、自分の「ストライクゾーンが広がる」効果です。「そう捉えられる感覚ができると、そう捉えられる」のが意識の不思議さです。また勉強の大切さでもあります。勉強を有益に生かそうと思えば、どんな知識もヒントになります。こうした感覚を素直に解釈し、応用できれば、どんどん自分の和音感が拡張しますし、「アウトサイド」の意味も理解できるようになります。

 

またfというメロディに様々なコードが当てられる、という話になります。

F,Fm,GbM7,Gbdim7,GbmM7...

 

ようはfを持ってるコードを列挙しています。これでリハモが広がるだろ??って話です。このブログでも書いてます。天下の「総合和声」にも書かれている古いコンセプトです。奇異なもののごった煮、みたいに感じられますが、これら一つ一つの和音に意義を見いだして使い方に修練しよう、という考えを中心に置いたのが不定調性論です。

機能和声的関連性で和音を連鎖するのではなく、それらの響きが自分の中にどんなストーリーを作るか、で音楽を作れる一歩踏み込んだ積極的な感覚。

 

ジェイコブ氏は、これをベースノートとの関連、と述べていきます。基本的発想を倍音の基音に求める、という話からきていますからね。でもこれはいずれ次の段階にいかなければなりません。つまり「基音の重力の崩壊」です。だから不定調性では「重力」も和音に「darkを感じる」ことと同じく「印象にすぎない」としています。

 

ここでもネガティブ・ハーモニーの話になり、それを活用する事について触れていますが、この話も最後は「使い手の感情的呼応が行われるかどうか」に必ず行きつきます。

「理論的に代理できるから、この響きは自分にはちょっと変だけど、理論的には合ってる」みたいなことに依存して音楽を行うのには限界があります。

だれかが「その響き変だよ」って指摘しても、答えが「理論的にあってるからこれは正しい」では説得力があなたは必要ありません。答えがあなたの外にあるならより優れた人のみが音楽をやれば背負い、という判断になり、それこそ資本主義に申し子みたいになります。

 

また話はなぜメジャーキーが明るく、マイナーキーが暗いのか、という話で、

Db(FマイナーキーのIVb)-Eb(FマイナーキーのVIIb)-F

というのは太陽が出てくる感じ(??)みたいなことが翻訳出てきます。。違ったらすみません。でもこれは私もそういう印象をもっています。ダイナミックに変化して、雲間からいきなり太陽が出てくるあの壮大な感じ。マイナーキーのダイアトニックコードを使っても暗くならない状態がある、ということをおしえてくれます。それがなぜか?って問うと答えが出ないので、「そう感じる自分の感覚を活用しよう」というのが不定調性論、です。

 

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ハービー・ハンコック御大とは、まずドミナントコードではないのに、トニックを示唆する不思議なコードの話をしているように思いました。これも不定調性論で言っていますが、それっぽい場所に、それっぽいコードを置くと、それっぽくなる、と人間は感じる、ということです。先にの述べました。そう思って弾くと、聞き手もそう錯覚できる時があります。もう脳科学の世界です。

これは「そもそもドミナントが支配的な意味を持っている」という錯覚が不思議さを倍増させているわけです。

そもそも、ドミナントなんて単なる慣習だし、そう感じる習慣がそう思わせてきただけで

 

CM7   Dsus4(&#%'(")")  CM7

 

みたいに弾いてもドミナントコード感は出る、んです。これは不定調性から考えないと理解できません。

動画でもこの話が抽象的に語られているように感じます。何か音楽の不思議であるかのように。でも人がそれを認めればいいだけの話です。自分たちが身につけた習慣そのものは錯覚である、と少しずつ覚悟していけば、許容する門をいつでも開けておけます。

なぜこんな変なコードでも解決感を感じるんだ!!!って悩む必要はありません。あなたが錯覚と戦っているだけです。思った自分を認めてあげれば済む話です。

 

マイルスとの話で「バターノートを演奏するな」という話は、それだけで、、マイルスって凄いな――みたいに感じます。言われたほうは考えます。

文字通り印象を考えれば、ベタっとして"使い尽くされ、手油に塗れた手癖音をただ出しすようなことをするな"と捉えます。

 

その後、普段使ってる音から外れていけ、、なんて解釈できるハービーもさすが、、。。

ハービーの言葉を解釈すると、CM7の時、e,bが明らかだから、それらを弾かない(省略する)ことで和音は鮮やかになる、という発想になります。

つまり、c,d,g,aなどの音を弾く、ということになります。

C7だと、テンションが入り乱れますから、c,c#,d,d#,f#,g,g#,a,などが弾けます。

モーダルな時代にはこれが流行ったでしょうね。調的な安定感を歪ませる、ことで様相を変え、時代もハーモニーのエモいバップから、尖った響き(工業的な響き?)の時代に移っていったことでしょう。

現代だと少しエモさがなくなりすぎるのかもしれません。でも70年代無くして現代のジャズはないので、彼らが作った歴史自体を感じます。

 

拡大相釈していくと、音楽を怠けるな、創ることを辞めるな、という意味になるのではないかと感じました。