音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ホメオスタシスとドミナントモーション

なんか、難しい言葉並べただけになっちゃった感。

恒常性 - Wikipedia

 

自分がなんで、音楽理論の仕組みを解くのをやめて、感情に現れてくる感覚を鋭敏にすることで、脳というコンピューターを最大限に使っていけるようにしよう、なんて考えたのは、例えばですが、

 

ドミナントモーションというのは、ホメオスタシスの感覚とどの程度関連があって、どの程度体の全器官からの影響があるのだろうか、みたいな話考えたら、もうわからんなぁ、と思ったからです。

 

つまり、人の体の器官は無意識には安全な生命維持を常に試みるために、様々なまだ未解明の反応や性能をフルに使っているわけですよね。

 

そういうことを考えると

 

I(通常時)-V7(緊迫時)-I(通常時)

 

みたいに思える時があるわけですよ。

!!あ、こりゃいかん、通常時に戻らなくっちゃ!!!

 

とかって体が擬似的に反応している感覚をどの程度か用いているのかなぁ、とか。それについての理科の割合がどの程度含まれているかわかったら、別の「進行感についての新たな定義」ができるんじゃないかな。みたいな。

I-VIIb-Iはちょっと熱が出たぐらいからの回復感と類似、だけどI-V7-Iはインフルエンザ並みの高熱!からの復活だから快感すごい!みたいなのか、とか。

そんなことねーか。人はホメオスタシスと音楽は分離してるか、って証明できないしなぁ。

 

その反応が体内であるなら、音楽を理解するとき、どの程度の割合で働いているんかなぁ、もし関係ないとしても、関係ないか証明できない限り、ドミナントモーションの根源的な欲求は生命のホメオスタシスから来ているとは言えない、という反論は成り立たないので、他のことがわかっても、プラスこのことについても生物学から勉強しないといけないんじゃないの?それ勉強したら新たな和声学できるんじゃないの!!みたいな途方も無い道のり。

 

みたいに思ってしまうわけですよ。

それ知らないで、他のことでこの問題を解決させてる、っていうなら、それってちょっと中途半端じゃないの?今は良いけど、あと100年後全く違う理屈が発見されたら今教わってる人は、とりあえずを学んでとりあえずで我慢していることになるんじゃないか、それで良いのか、それって真理に近づくのを怠ろうとしているのではないか、とかって思ってしまったわけです(←杞憂)。

 

そこでV7からIになんで進むか、は「まだわからない」ってしておいて、結果自分の生育環境や、聞いて来た音楽の慣習が積み重なった結果、それを心地いいと思うその情動反応そのものを音楽活動の根拠にしよう、と考えたわけです。

これこそ中途半端かもしれません。でもあなたはあなた自身と向き合うことになります。己は最大の敵ですから、己に向かっていくことで全ての戦いに緊張感、向上心、達成感、人生の意味が持てるではないか、っていう発想です。これも個人的な帰結ですから、万能論ではないとは思います。不定調性論はそうする、という話ですね。

 

で、興味のある人は、やっぱり先端の脳科学・生物学を勉強するしかないのではないか、と思います。趣味としてはなかなか交友関係広がって面白いと思います。学者教授の皆様には芸術を嗜む方も多いですし。

いろんな研究の仕方があっていいと思います。

 

音楽的感覚て、この擬似的な感覚そのものが肥大化したものなのかな、って感じる時もあります。自分の生命は脅かされないけど、それを様々なレベルでシミュレーションしている時間が「音楽制作」「楽器演奏」の時間だ、みたいな。失恋は経験したくないけど、音楽でなんかオブラートに包んだような経験なら、してみたい、潜在意識が怖いもの見たさで欲求する結果の一つも、「音楽で無調の曲を弾く」ことに類似しているのかとか。どうなんだろう。

business.nikkeibp.co.jp

 

先進国では、さらにこれらの感情がエスカレートして、なんかおかしなアートになっていってしまうのかな、みたいにも感じます。さほど生命を脅かされないが故に、野生の感覚が他のことを欲求しちゃってるんじゃないか、って。

 

「芸術」っていうから、なんか素晴らしいものみたいに見えちゃいますよね。

okjiten.jp

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芸の根源は、園芸か。自然と共に生きるすべを受け継ぐことで生命を維持していこう、ってことですよね。音楽はそういう意味で、音楽の芸を引き継いでいくことでどのように生きるすべを後世に伝えれば良いのでしょう。音楽というよりも「擬似生命維持行動」の一つの姿が「音楽」って言われるものに現代では落ち着いているのかな。

 

「その辺の人の機能と呼応した結果生まれる感動を生み出す音楽」の機能みたいなことも一度考えておくと、少し肩の力が抜けたり、気合い入ったりするんですかね。

 

これも個人が個人の様々な印象・情報取得の結果から感じることなので、結論は決められないぶん、そういう背景とか勉強しながら、今日の音楽を思い切り楽しませていただく、っていうところに落ち着くので、音楽をある程度勉強したら、どんどん作って、発信して、活動を広げていくのが一番良いのかな、と感じます。

芸は記録に残して引き継がないとね。

 

結局、あなたがそうしたい、と思うことを真剣にやって、あなたの人生の「藝術」を作っていただきたい、ということに尽きます。

V7はあなたがそう思えばIに解決するんです、って考え方で音楽を全部考えていこう、っていう発想です。