音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

140,エリック・サティ/"Vexations"~自分の曲をプレゼンすることで相手に伝わる現代について等

2018.5.11⇨2020.3.6更新

www.terrax.site

エリック・サティ”Vexations”(1893)

52拍のメロディを840回繰り返す曲。「ヴェクサシオン」。

 

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www.youtube.com

サティ自身がこの曲についてもっと解説してくれればもっと色々考えることができたし、余計な分析しなくて済みました。

現代ではわたしのように「自曲解説」とかやれてしまうので、本当はどういう風に考えて作ったのか、伝えられます。840回の根拠を提示したほうが、現代では「わかりみが深くなる」というものです。

この曲。サティが「適当に作った」とは思えません。

方法論はなかったとしてもサティなりのバランス感覚が同曲に存在していることは上記の妄想分析図を見ても明らかです。

このバランス感覚が偶然か、意図したものか、それがわからないと分析そのものがただの分析者の推測になります。だから現代音楽作曲家は特定の曲を、自分で構造解説してもらうと、もっと人に理解してもらいやすいと思います。変に昔の芸術家を気取って「勝手に勉強して聴け」ではあまりにもこの情報化社会において前時代的です。

もう現代音楽なんて流行ってないんだから、伝統にしがみつかずにどんどんオープンにしなきゃ!ってどこかの古い業界でよく聞く話です。音楽業界も同じだと思います。

自分も現代音楽っぽいもの作り始めたのでなんかグサリときます笑。

 

しかし自曲の分析ができない場合もあります。逆に無知を晒すことも。

それをしないことで幻想を掻き立てる人も。

タイプによります笑。

米津玄師さんなら自曲解説なんて変にしないほうがかっこいいでしょ?

もはや情報に価値はありません。

情報発信のやり方自体に価値が生まれています。

   

12音連関表を用いた分析

人間の共感覚においては、「東」が上の人も、左の人もいます。「赤」が北な人も南の人もいます。言葉とイメージってそれぞれ違います。それを集合社会は統一しようとしているだけです。

実際は個人差があり、少数派は声を上げづらくなります。

不定調性論ではそうした個人の地図をしっかり描いてそれで理解できる世界を作ろうとしています。

不定調性論は12音を12のエリアに分けて、数理で関連付けた12音連関表、というモデルがあります。これにより12音がどんなに不規則に動いても、絶対に何らかの関係性が生まれるようにしてしまうことが可能です。下記のモデルです。

右側三つの立方体の列は表記を全て省略していますが、12のキューブはすべて同じ性質を持っています。ここでは中心はcです。

 

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古典和声はこの左の列の表面部分(黄色縁取りの文字部分、G,C,F)だけを用いて作られています。それを拡張し四つの領域にまで広げたのが不定調性論です。「人によっては東が上になっても混乱を引き起こさないシステム」を作るわけです。

中心軸システムやシェーンベルクの和声概念もこれらと同様のモデルを持っています。

それぞれ微妙に根拠や性格が違うのは、こうしたシステムは結局個人の思想のモデル化に過ぎないからで、科学的な真実ではないからでしょう。

みなさん各位もご自身が感応するポイントをうまく拡張していって自分のやり方を作ってください。

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分かりやすく上をD、真ん中をT、下をSDと機能和声的に置き換えてみます。

この立体的配置からみると、この繰り返されるテーマは、
T-D-T-D-SD-T-D-SD-T-SD-D
と連続してその領域を変えていきます。色分けで記述していますが、バランスよく各領域を行き来しています。

 

 

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このテーマに二つのセクションがあり、それぞれが大きな機能進行(表裏の基音を主軸にトニック領域から上下の領域への拡散⇒安定から不安定へという流れが13拍の大きな流れ)を与えることができる、というのも自然なバランスが取れているようで興味深いですね。。これはこういうふうに意図した、というよりも、サティがもつ 、音楽のバランス感覚が無意識のうちに示されている、と考えたほうが良いように思います。

これが意図したものであれば、素晴らしいバランスです。

「こういう意図があります!」って現代ではマウント取れますね!笑

 

結論は自分で見つけてください。

自分で見つけたものがあなたに最もフィットした何かです。それは曲が持ってるものではなく、"潜在的に自分が見たいものしか人は見ない"だと思います。分析学の盲点は、そうした「個人の嗜好」が引き起こす可能性を知らずに始まったままになっていることです。現代では違うのかな・?

 

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「このモチーフを連続して840回繰り返し演奏するためにはあらかじめ心の準備が必要だろう もっとも深い沈黙と真剣な不動性の姿勢によって」

ヴェクサシオン - Wikipedia

Vexations - Wikipedia

英語版にはより詳しい分析がなされています。

なんでこんなに現代に残ったか?といえば840回繰り返すというバカバカしさと、それなりにしっかり構成の作られた楽曲であることが理由ではないかな、と思います。弾いた感じも思惑的です。

 

強いていうなら、

840回繰り返して演奏すると、目の前に悪魔が現れる。

とか書いてくれたほうが「弾くモチベーションが上がる」し、その期待と共にサービスの実行が容易になります。もし悪魔が現れなくても「なにかしら演奏に問題があった」とか(840回繰り返していればなんらかの事故がある)いえばいいわけだし。

結果として840回演奏が終わったあとはそのバカバカしさと、24時間耐久レースみたいな凄まじい達成感があるのでとりあえずスタンディングオベーションです。

したくなります。しないとなんかその場に居合わせたこと自体無意味になりそうだし笑。

集客するのも簡単で「果たして今年こそ悪魔は現れるのか?」とか期待させとけば良い。

その割にはサティがあまりにそれっぽくない生涯を送ったのでちょっと説得力に欠けますが。これがパガニーニだったらリアリティがあります。

あの技術は悪魔に魂でも売らない限り手に入れられない。

サティ先生だったら「840回演奏後、私自身が現れる」とかがいいですね笑。

 

音楽が話題になる、それに注目する、というのは音楽そのもの以外にも様々な理由があると思います。

 

色々書いてしまいましたが、現代の現代音楽が追求するべき要素がふんだんに織り込まれたエンターテインメント作品だと思いませんか?