音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ケーデンスという前提~音楽理論のある見地★★★★

 V7→Iは解決するケーデンスである。

これをあなたは認めますか?まあ認めざるを得ない環境に住んでいますから、認めたとしても罪はないかなと思います。

 

では、

 

V7→Iが成り立つのは根音のv→iと、V7が持つトライトーンがIの構成音に解決するためである。

これをあなたは認めますか?これは個人の感覚的判断で。

 

では、

 

G7(9,#5)→Cは成り立つ。

これをあなたは認めますか?

つまりG7(9,#5)っていうのは、G7の変化和音ないしテンションの付いた和音であるので、機能はV7と同等である、ということを認めますか?という問いです。

 

では、

 

G7(9,#5)=g,a,b,d#,f→この構成音はF7(9,b5)である。

これはどうでしょう。

構成音を入れ替えただけですね。

 

この「代理」が可能であるとすると、次が成り立つことになってしまいます。

F7(9,b5)→Cは成り立つ。

この問題になると、非常にあいまいになってきます。v→iは構成音内部では行われていますが、低音優先の原理を用いてしまうとこの和音の重力はfになるので内部のG7は解体される、などと考えるのであれば、厄介です笑。

G7(9)/B→Cはどの程度みとめられるのか?とか、

ブルースではIV7はIに行くではないか、とか(それ言う前になぜIV7がIに行くかっていう問題をまず構成音と低音優先の原理から解説しないとね→実はこれは無理があります)。

 

不定調性論が最初に突き詰めたのはここです。ここに「個人の感じ方の差」が存在するからこそ、音楽に差異が生まれ、個性豊かな音楽表現が生まれているのではないか、という考えにたどり着きます。

 

これはまだいいです。

 

G7(9,#5)=g,a,b,d#,f→この構成音はB7(b5,b13)である。

よってB7(b5,b13)→Cは成り立つ。

 

となります。

 

そして変化和音、付加和音が同等である、と考えるのであれば、

F7(9,b5)≒F7

B7(b5,b13)≒B7である

となり、結果

F7→C、ないしB7→Cは成り立つ、となります。

 

あとは低音優先をここに発動させて、たとえばF7(b5)の重力はfに集中するので、この解決は理論的にあり得ない、となります。ではブルースのIV7はなんでI7に戻るの?

って言う話になりますよね。

 

和音というのは人の意思でつなげているだけで、何か自動的につながっているわけではありません。だからこれはそもそも

ある和音がある和音に進行する理由は何か

という見地が問題を難しくしている、という事に気がつくはずです。

 

この話の、いったい何が問題なのでしょうか。

 

 

芸大和声においても、G7(b9)がg音+Bdim7である事も知られていて、Bdim7=Ddim7=Fdim7=G#dim7であることから様々な調に転調できる事が知られています。

G7(b9)=Bb7(b9)=C#7(b9)=E7(b9)

となりますので、

G7(b9)-Bb7(b9)-Ebや
G7(b9)-C#7(b9)-F#(裏コード解決に該当)
G7(b9)-Eb7(b9)-A(平行調の同主長調への転調に該当)

というのができます。ジャズでもおなじみですね。つまり根音を省略した和音は転調に用いられる(だから転調して良い、という理屈)、という習慣がここに存在します。

これは根音が持つ力を最初に設定しているので、展開されることで和音が吸引される力の行く先が変わる、という発想です。自由な進行を展開するためのアイディアで、別にケーデンスが絶対だ、なんて芸大和声も言っていませんし、島岡先生もそもそもそのような絶対的な「こうでなければならない」なんて仰る先生ではありません。とても柔和で柔軟、部屋中本だらけレコードだらけって言う、方向性や思想も大変豊かな先生です。だから理論そのものが何かを規定しているのではなく、結果それを読み解いたあなたの解釈が「こうでなければならない」と思い込んでいるだけです。これは怖いことであり、また魅力的なことでもあります。信念を形作っている正体は、自分の確信だ、というわけです。

 

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初期学習者が、F7(9,b5)なんて和音を覚える前にV7→Iが成り立つからね!これテストに出るよ!!って覚えさせられる、という点はたしかに問題です。まだ何も知らない状態の学生に

まるで良い学校に入れば、良い就職ができるからね!!

と無条件に叩き込むようなものです。その路線で生きる人はいいですが、それでは生きられないタイプの人が何割かいます(私みたいなタイプ)。そういう人たちが何とか自分のスキルを活かして、中学時代から、Youtubeで稼ぐことはできないのか?と説くのが不定調性論の発想です。

 

つまり、この記事の最初の前提、

V7→Iは解決するケーデンスである、の絶対性を認めないことで生まれる方法論を設置しておこう、というポリシーです。

そうした場合の方法論は皆独自論になります。不定調性論もその一つですが、このように名前を付けて、一つの港町を作ることで、認知いただき、音楽の考え方を一新していく未来の人たちが立ち寄る波止場にしているわけです

荒くれ者が集まる港町の酒場です笑。

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V7-Iというのは「伝統音楽が私たちに刷り込んだ感覚にすぎない」とします。この進行を聞けば自動的に「解決感」という印象を覚えるように刷り込まれています。その結果、

G7(9,#5)→Cは成り立つ。

とできるのも、その応用を少しずつ認められるよう耳や感覚を鍛えていくからです。最初から機能和声のマラソンランナーになる筋肉だけを鍛えさせられるわけです。中には相撲に向いている人、弓道に向いている人がいるのに、いきなり全員「これから3年間はひたすら走ってもらいます」と位置付けられます。 

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伝統と異端のはざまで常にその人にとって最良のアドバイスはどこか、を考えています。「一貫性のある一つのモデルを誰かが作れば、とりあえずそこを起点に各自が独自論を展開できる」という哲学です。

F7(b5)→CもB7(b5)→Cもサブドミナントマイナーケーデンスの一種だ

という人もおられるでしょう。

ではそもそも「サブドミナントマイナーケーデンス」って何だよ、ってなります。これも結局V7-Iが解決する、という前提に立っています。批判はしませんが、自分が囚われている状況をどの程度理解できるか、です。

 

不定調性論がおかしい、というのは毎日自分が一番疑っていますが、これは自分の考えを疑う、ということなので、いちいち自信がなくなります笑。

だから方法論のその先、何かないか?と日々制作仕事の中でそれを見つけようとしています。

   

==コーヒーブレイク〜M-Bankロビーの話題== 

疲れたらチョコ(バレンタイン用のやつって見てるだけでも面白いの多いよね)。

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