音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ドレミファソラシドにコードを付ける★★★★

不定調性論的な発想、としてこのお題に取り組んでみましょう。

   

 

ふつう、ドレミファソラシドにコードを付けると、

キーがCメジャーなら、

C△-Dm-Em-F△-G△-Am-Bdim

ですよね。三和音で。

 

で、ピアノとかだと白鍵でこれらのコードが押さえられるわけですが、

なんでCの次はDじゃなくてDmなの!!

とかっていう問題に初心者はぶち当たります。

 でこれをやるためには音程の勉強しなくちゃいけなくなって。。

ちょっと思ってたのと違う、ってなって音楽の勉強はできなくなります。

 

だから最初はコードネームと押さえ方を覚えて、ひたすら弾けるようにして手が痛くなて弾けなくなるまで練習してください。

で、どうしても楽器が弾けない状態、電車、高速バス、静かにしてないといけない時、理論の本を読んだりするといいのではないか、と思います。

 

さて、何も考えなければ、ドレミファソラシドに三和音を当てたら、

 

C△-D△-E△-F△-G△-A△-B△

 

こうなって欲しかったものですwww

   

弾いてみてください。

なんだかビートルズっぽく、ロックっぽく聞こえてくるかもしれません。

 

この平行ハーモニーは、黒人の和声観の原初たるものです。

この事実はガンサー・シュラーの記述から展開して教材には書いてあります。

 

ドレミファソラシドは、調性的には、メジャースケールの集合体という概念でくくられる存在ですが、音そのものの羅列だけを考えたら、単純に「旋律」である、にすぎません。

 

ただの旋律であれば、こうしたヴォイシングも当然可能です。

 

平行ハーモニーだから「安易」とか「ダサい」とか、学習当初は思って気張っていたものです。

でもセカンダリードミナントとか学んでくるぐらいの耳になってこれを鍵盤で弾くと、このほうがカッコイイし、スリリングだったりします。

 

有名なところでは、スティービー・ワンダーの平行ハーモニーsus4連鎖!

www.terrax.site

 

いろんな奇抜な進行を覚えて、こうした進行も感覚的に自然にしておきましょう。 

もともとこっちの方が自然だったはずです。社会的地位を求めて機能和声論に洗脳されていたにすぎません(でも機能論は悪者じゃないよw)。

 

 

で、これをどんどん展開していくと、


CM7-DM7-EM7-FM7-GM7-AM7-BM7

 

 とか

 

Csus4-Dsus4-Esus4-Fsus4-Gsus4-Asus4-Bsus4

とか

CmM7-DmM7-EmM7-FmM7-GmM7-AmM7-BmM7

とかでも良いわけです。

 

また、それらを混ぜる。

 

CM7-Dsus4-EM7-Fsus4-GM7-Asus4-BM7

 

これでもOKです。このルール無視かよ感=不定調性。

 

これらを「OK」とするかどうかは、あなた自身が決めなければなりません。

誰の意見も関係ありません。どんな伝統理論も気にしなくて良いのです。

、、、っていう考え方が不定調性論です。

 

|:CM7 |Asus4 |Dsus4 |EM7 |

 

Fsus4 |GM7 |Dsus4 |BM7 :|

 

みたいな進行もここから作れます。

これが他人と共有できるかどうかはまた別です。共有したければ伝統技法をちょこっと入れれば良いのです。

 

|:CM7 |Asus4 |Dsus4 |EM7 |

 

Fsus4 |GM7 |Dsus4 |BM7 G7 :|

 

さいごにG7挟むだけで、全然違います。これが伝統の勉強の成果笑。ですね。

(あくまで例えば、でうよ。他のやり方も考えてみてください。)

 

「音楽的脈絡」は、これらの伝統技法を学んだ先に作られていく「個人だけが感応できる進行感」です。

===== 

そのためには、本人の「意思」が存在していなければなりません。

普段は隠しておいても良いです。これまでは、それを隠しておくとそのまま隠れてしまっていたのですが、今後は拙論が矢面に立って「あいつの言ってることはアホだ」と言われておれば、皆さんの中で「あ、不定調性論も一理あるよな」って思っていただける方が一人でもいれば、それはどんどん潜在的に拡散して、結果いろんな方法音が、もっと素晴らしい形で確立されていきます。

誰かがそれを了承すれば、どんどん拡散していくでしょう。

 

だから拙論は、こうした和声、こうした発想でできる脈絡、それがなんで了承されるのかを訴え続けますので、皆さんはいいとこ取りしてください!!

 

拙論は最初から「独自論を編み出す方法論とその思考の仕組みがあれば良いのだ」と考えました。

○○○○先生からメソッドを学び、身につけ、その伝統を良く理解し、それを完全に再現できる力と経験を有しながら、その一方で「独自に解釈した自分だけの方法論」を持っておきましょう、と推奨するのが不定調性論の考え方そのものです。

 

そして独自性を持った人をここでは「良し」と私は宣言していきます。それが間違っていようが、勘違いしていようが、未熟だろうが、変態だろうが、関係ありません。

もしそれをあなたが信じるなら、それを了承する、という意味です。

 

あとは安心して作っていくだけです。

 

必ず学年に一人くらいは理解者=了承してくれる人がいたじゃないですか。

つまりシンプルに100人一人、つまり1%の人。世界の人口にして7000万人の理解者に向けてひたすら発信するんです。

あとの人は、あなたとは合いません。

正しいとか間違ってるじゃなくて、合わないんです。感覚が。気質が。血液型と同じです。生き残るために人は違った型を有しているんです。故に戦争が起き、争いがビジネスに利用されていきます。全てを味方にすることはできません。

でももしさ世界の1%の人、さらに0.001%の人、つまり7万人あなたの理解者がいるとしたら、どうでしょう。多くね?十分じゃね?その中のさらに1/10の人、7000人があなたの曲を百円で買ったら、あなたいくらの利益が出ますか?

それでとりあえず自分の生活は成り立ちませんか?

そこにグローバルにおける音楽活動の可能性があるのではないでしょうか。

 

そこを目指してひたすらやっていくのは、結果的に食えるために頑張ることにも繋がるし、好きな人と繋がるために頑張ることにつながります。

 

自分と気質が合う人と、できる限り人生を送りましょう。

そのためにあなたは独自性を発揮していいんです。それに共感してくれる人が必ずいまうからす。我慢するより発信して。一生懸命発信しないと届かないから。