音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

短調ではなく哀調。136,秋桜/さだまさし★★★

人間、長く生き始めるとフォークソングがすごく好きになります。

いや、多分、フォークシンガーのことが好きになるんだと思います。 

 

ちょっと無理くりそれっぽい解説をつけてみましょう。

秋桜 - YouTube

 

25歳前?(ぐらい)のときに書かれたそうで。

このライブ版をシェアさせてください。
 
ギターのイントロ。まるで田舎に自分が置いてきた純日本人のにおいが亡霊のように自分の中に蘇るような。

振り払おうとするけど、難しいものです。あきらめて、もう素直になって、これを聴くと、すごく肩の力が抜けて。

 

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このイントロ、曲のキーがCmですから、
Cm7(9) | AbM7(b5) |(G7)が繰り返されます。
匂いのする音の連なり。幸せと不安が二つ存在していて、自分が幸せになる代わりに母が寂しい思いをする恐怖。
 
メロディの音域はサビでオクターブg3-g4とジャンプする難易度。
  
ユーミンレポートの折、歌詞との関連性を細かく考えました。
関連性、というのは、歌詞が持っている言葉の語感や印象などが音楽と一緒に頭に思い浮かべさせるもの・こと、という意味です。

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秋の桜。紅白の祝い事をにじませるように桃色となり、めでたいはずの結婚が寂しさ。
花言葉は、「真心、少女の純真」なのだそう。


ユーミンの歌詞に
「少女たちは雨に打たれるコスモスのように、手を振ってる」
というのがあり、これも怖い表現と感じた。

人は花ではないが、花のように脆い。
人の悲哀を見ながら、コスモスはそれでも黙ってにこやかに咲いている。外来の花。
他家が娘をもっていってしまう。誇らしいことだけど痰が絡むようにどこかしっくりこない悲哀。

 
「淡紅の秋桜が秋の日の 何気ない陽溜まりに揺れている
此頃 涙脆くなった母が 庭先でひとつ咳をする」

母の音、声を聞くと、自分がかつて子供であったことを思い出す。


そんなに急がず、春まで待って嫁げばいいものを、なぜ、これから体にこたえる冬を前に母を残して嫁いでいくのか。それともきっとそうやって何年か春を越してしまったのか。

「こんな小春日和の穏やかな日は あなたの優しさが浸みて来る
明日嫁ぐ私に 苦労はしても 笑い話に時が変えるよ
心配いらないと 笑った」

 

すこしだけ暖かい日は気持ちも穏やかだから、母は体が楽なのだろう。
いつもより笑顔が多く、いたわりの言葉が多い。だからつい
「もう少しあなたの 子供でいさせてください」
となる。
 
聴いているとつじつまが合って。 

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コードは、
Cm  |Fm  |Bb  |Eb |と進んでいきます。

時に調を飛び出してしまいがちな進行だけど、ここではCmという母の元に戻ってくる。
 
「心配いらないと 笑った」
のところは、Ab  G  Cmではなく、Ab  Gm  Cm|
となっておりドミナントではない。


ドミナント7thでは「笑っていない」からだろう、でも笑ったなら
Ab  Gm C |のはず。みたいな。。


でもこの笑いは、そういう笑いではなくて、場を取り繕ったのだから、Cmがしっくり。
 
で、2番の最後は、
「もう少しあなたの 子供でいさせてください」
これは場を取り繕ったのではなく、叶わないけれどあと一時だけしか、そうしていられないのだから、そういうふうに母に言おう、言うことの出来る人間になろう、みたいな思い、一番との対句。

 

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なぜ、こんなに悲しい短調なのか、以前はそう思いました。
でも、もともと人間はネガティブな存在ですから、アーシングでめちゃくちゃ健康を謳歌している私のような人以外は、人生の調べは、長調ではなく、短調的であり、それが普通だから、普段何とかハッピーを気取ろうとするがゆえに、このさだまさしの歌の調子が暗く感じられるだけなのではないか、とか思います。確かに自分も以前は短調的な調べを人生に聴いていました笑。

 

この人の短調の調べに名前を付けるなら「哀調」、なんてどうでしょう。
新たな調性を発明しちゃってるんじゃないですか?フォークソングは。

この曲についてこの記事を見ますと、アンサーソング的な作品があり、

秋の虹という歌詞を見ますと、とてもこの母親が穏やかなのが印象的です。

歌詞の中のマルメロの花言葉は「魅惑、幸福」。


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氏のもう一つの曲調を聴くと、長調が長調ではなくこちらは「愛調」かなと、思います。温かい感じ、「温調」でも良いです。絶対に「長調」ではない。
 

さだまさし×佐渡裕 「風に立つライオン」 - YouTube


今でこそ歌われるべき懐メロって沢山あると思います。

天才たちが作った曲に、時代が追い付いた、みたいな構図ってあると思います。

 

よく、本当か嘘か「ノリで10分ぐらいで作った」みたいな話を聞きます。

それでも何十年も歌われる。。なんとも不思議です。そこにいろんな価値を後輩が当てていくわけですね。今のアイドルの曲だって、30年後は分かりません。その価値を変質させていくのかもしれません。
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あとひとつ、さださんの「う」行の音になぜか胸を締め付けられます。どこかクラシック音楽に通じる構造美。
オーケストラでアレンジしてやっと曲が引き立つわけだ、、、。
 
あと、コンサートに行こう笑!

 

さだまさしコンサート情報。

https://www.sada.co.jp/concert.html