音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

106,Oh, Lady Be Good / チャーリー・パーカー2★★★★

 

今回この細かいフレーズ分析をしてみて、「分析者の裁量」が大変大切だ、と改めて感じました。

ですので、同書を購入し、ぜひこのやり方で分析してみたい!と思われる方は、氏の門を叩かれて、あやまりのないようしっかり学習されることをお薦めします。

あわせて、
同書P87、140、P164、P165、P170にても要所要所分析がなされているので、比較頂くと、いろいろとお分かり頂けるのではないか、と思います。

小節番号が途中でずれてしまっているようで、良く分かりませんが、こちらは順番通り振ったつもりなのですが、ミスがあればご指摘下さい。参考にしている音源等の差異があるのかもしれません。

 

 

                 

    チャーリー・パーカーの技法――インプロヴィゼーションの構造分析 

 

かならず原書をご自身で解釈しながら読み進めてください。

 

 

   

 

 

Oh,Lady Be Good - Charlie Parker - YouTube

参考にした音源を再掲します。

この1:11~のパーカーのソロです。彼のコーラスの頭の小節を1小節目とカウントしています。

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”パーカー技法”で示された、高いインターバルの音をメロディに用いる、ということへの理解は十分深まりました。


たしかに、9thや13thを意図的に旋律音に出現させている箇所がありますし、その「効果」がビバップの効果となっていることも確認しました。

しかしながら、真にこれらの効果を確認するためには、パーカー以前の、"パーカー技法"に書かれたレスター・ヤングなどの「パーカーがアイドルとして聴いた」プレイヤーを良く分析すべきでしょう。

 

それから「フレーズの対句」という観点が非常に大切に感じました。

この曲のアレンジで現れる6,7カ所の「対句」と書かれたフレーズの横の連関性が、非常に有益だと感じました。

 

一度出したフレージングを、次のコードで再度使用音を変え、シークエンス的に出現させることで、横の流れに有機性を与えることができます。これについては、メセニー楽曲や、スティーリーダンの和声構造の中にもみられるものです。

それができれば、不定調性的な調の希薄な進行の流れにおいても、横の旋律的対話がなされていれば、抽象的なコード連鎖におけるソロも活き活きとするのではないでしょうか?

 

     

 

 

 

 

 

それから、どうしても「ペンタトニック的ライン」「ミクソリディアン的ライン」に見えてしまう部分がある、と感じました。
スケールを意識して吹いている、というようには感じられませんが、間を埋めたリニアライン的フレーズが、現代的な視点から見た時、スケールに見えてしまう、という点です。


これについては、本格的にバップの音楽史的背景を研究する覚悟が無いと、現代ジャズ理論的価値観に吸い取られてしまう部分かもしれません。

 

それから、“パーカー技法”でも特筆されていますが、とにかく「抽象的ライン」がメロディになっている点に感心しました。前打音、複前打音、ターンといったアプローチが、単なる装飾音ではなく、メロディと一体になっています。当時斬新な旋律構築法であり、彼しかできなかったフレージングは、楽曲の「テーマ」になりうることを知っていたのでしょうか?

いまでは唯のバップフレーズかもしれませんが、それらの旋律は慣用句になり、ジャズに限らず様々なポピュラーミュージックでもその音の選別法は生かされていると感じます。


これは私の想像ですが、ちょっとしたアプローチ音が長めの複複複複複複前打音のように解釈すればそれで終わってしまいますが、それを「メロディにした」という点、これも「パーカー技法」だと思うのですが、やはり結構な紙面を割いて解説しても良いぐらい「バップフレーズ」の一翼を担っているでしょう。


これも同書に書かれていますが、このパーカー節によって、「装飾音」の概念が完全に変わってしまったのではないでしょうか。

「それって、コードトーン以外全部アプローチノートじゃん」

と極端に表現しても良いようなラインが、取って付けたようなラインではなく「パーカー節」となり得た、というところが一つ特筆すべきバップフレーズのポイントであることを実感しました。


また、分析者がしっかりとした耳を持っていないと採譜が間違う、という点も大変納得です。

 

これはアフリカの民族音楽を採譜した時代から云われていることです。
これについてはガンサー・シュラー「初期のジャズ」他でも指摘されていますが、西洋音階しか知らない人間がアフリカ民族の音を採譜したら、五線譜に音符を載せてしまうのは仕方がありません。それがましてや「聞き違い」だったとしたら論文そのものが崩壊してしまいます。

 

ジャズ分析、民族音楽の形態分析の難しさは、今敢えて云うことでもありませんが、ご自身で分析される方は、良い悪いに関わらず、他人が採譜したものを信じず、とにかく自分の耳で聴き取り、採譜して、自分の頭で解釈をしてみてください。

その他、下記のようなことも付記します。

 

■ラインを現代的視点で見てしまうこと。
→この点については、歴史的な観点を分析の中心に置くか、置かないか、何を目的として分析するか、を考えた上で実施していくべきかと思います。パーカー時代前の音楽的分析を徹底してやってみる必要を感じました。

 

英語が聴き取れるようになるためには、耳と頭を作り上げる必要がありますが、ジャズを楽しむためにも、やはりジャズ耳とジャズ脳を作る必要があり、そうした意味でも不定調性論の和声観念のトレーニングは有効ですので、ぜひ活用頂ければ、と思います。

 

また「こんな風にパーカーが理知的に考えてやってるわけがない」というご批判もあろうかと思います。でもこれは主観です。

そんなことはわかりません。パーカーは単に手グセと天才的感覚であのメロディを作った、というような発想もできるでしょう。

 

しかしそれは全てあなたの解釈であり、この本に向けられるべき批判にはなりえません。もしそう感じるなら、その方法で追求すれば、同書が言及するその先の音楽が出来上がることになります。すでに示された考え方を批判するよりも、瞬時にその先の方法論を創造していくべきではないかと思います。

 

Special Thanks ; Kohei Knayama!!