音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

さあ、一緒にヤろうぜ~come together〜ビートルズ楽曲topic★★★

2017.12.16-2019.10.17更新

ビートルズの不定調性コード進行研究

ほぼ全曲ビートルズのコード進行不定調性考察「Abbey Road」1(2017)

1、カム・トゥゲザー- Come Together

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前作で、コードの限界と可能性にある程度示し、このアルバムではそれが独自のバランスで配置されます。。オリジナリティがファンを置いてきぼりにできるぐらいにまで来ました。ここから先に進むことは商業音楽としても当時の限界値だったのでしょう。

でも現代はもっと進めます。どう進むか、それを自分たちは考えねばなりません。

   

D7(#9) |% |% |% |
A7 |A7 |G7 |G7 |
D7(#9) |% |% |% |
D7(#9) |% |% |% |
A7 |A7 |G7 |G7 |
Bm A7 |G7 A7 |~

歌い出しからです。
ビートルコードがふんだんに使われ、きわめつけはD7(#9)というジャズロックサウンド、もはやプログレです。

 

私はこの曲に昔から「暗闇の中から聞こえてくる声みたいで、怪しいサウンド、意味不明な歌詞、の世界観」と感じてきました。「黒」のイメージです。

不安にさせられます笑。でも皆さんクールにアレンジしてるので、イメージって違うんだなぁ、と感じま。

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さすがマーカスのサウンド。こういうのはライブで盛り上がるんでしょうね。

 

 

7thコードしかないのに、どこか陰鬱とした雰囲気は、あのベースラインのリフにあるのだ、と思っています。もちろんそう思わない人もおられるでしょう。あなたはあなたの価値観を作ってください。それが新しい音楽を生むんですから。 

 

 基本はD7,A7,G7でできていてブルース系ですが、ブルースの感じがしません。

(不定調性;これも「Hey bulldog」と同じ、四度領域のサウンドだからですね。7thコードを「五度領域+四度領域のサウンド」とすることで、違う世界が見えてきます。たとえばC7なら、C7=Cu5+Cu4で、C,E,G+C,G,Bbと考えます。詳しくはこちら。)

 

一般には、こうした、ブルース形式ではない7thコードを「ブルージー7th」などと呼んでいますが、不定調性論では領域混合和音として、その独特の雰囲気をカテゴライズしていきます。

不定調性論を通り過ぎたら、

C7

という図柄を見ても

「あ、セブンスコードだ」

「あ、ブルースっぽいのかな」

「どうせブルージーなんだろう」

と勝手に思わないで済みます。これはあくまで絵柄がそう思わせているだけで、もちろんその予測が当たることも多々あります。それが学習の成果ですから。

でもサウンドを聴かないとそれはわかりません。だからそういうあてもなくても大して変わらないような先入観は捨てて、音楽を耳で楽しみ、そこから得られる情報を自分なりの記号で表記、記録していくことであなたなりの解釈が音楽をもっと面白くすることでしょう(お前の意見はいらないんだよ、って現場が多いので気をつけて)。

  

ビートルズは7thコードのサウンドが持つその時々の魅力を常に発見して使っており、7thコードが、ブルージーでもあり、能天気なロックンロールでもあり、無表情だったり、無味無臭なプラスチックのようでもあり、人を急かすようにとがったり、エネルギッシュなロックそのものになったりする、ということを体で知り、楽曲制作に活かしていたように感じます。私はビートルズのコードの使い方を勉強して、機能和声というシステムの中にいては、これは理解できない、と感じました。機能和声は結局誰かのシステムをなぞっているだけで、そこに自分が入らないと音楽は自分の中に取り込めないと思います。

しかし自己解釈は常に矛盾や未熟さが表面化し、他者との軋轢を生みます。

しかも直感的で、作曲者に対して無礼でもあり、社会的な理解を得られない場合の方が多い理解のバリエーションを示すこともあります。

そうなると、わたし自身が社会から孤立して、別の体系を作ってそういう価値観を発信し続けない限り、普通の人が、普通のまま自己を主張することができず、誰もが優れた能力の難しいい価値観を受け入れる生き方しかできなくなり、音楽がつまらなくなる、と感じました。

不定調性論は、矛盾に理解を示そうと試み、未熟で無知な人間が描く不安定な感情や思いも結局はその人の今の感動なのだ、ということを認めることで、立ち止まることなく自己表現に邁進し、走りながら勉強し、自戒し、 自らを高めていく、という考え方にしました。異論はあるでしょうが、この考え方がしっくり来る方は、拙論の方である程度擁護できますので、是非そのままに邁進し、とにかく作品を作り、発表してみてください。

都合の良い話かもしれませんが、ビートルズからそうした覚悟みたいなものを学んだ、とも言えます。

     

ではちょっと簡単に領域混合和音によるコード進行を作ってみましょう。

 

例;
C7 |D7 |F7 |G7 |
Ab7 |Bb7 |Eb7 |Db7 |

音源はこちら

https://rechord.cc/HBPVK93cSqQ

なんだ、ただの7thの連鎖じゃん、と思うでしょう?

これ従来の方法でアナライズしてみてください。 

さらにメロディもつけてみましょう。

 

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Cミクソリディアンが使われています。作り方は不定調性的感覚とモードの知識があればできます。感覚で作っても構いません。調や機能は考えません。領域混合和音というのはこれだけではありません。
Xm7(b5)やXmM7やXdim7などもそうです。Xm7(b5)で今のメロディをアレンジしてみましょう。

 

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Cm7(b5) |Dm7(b5) |Fm7(b5) |Gm7(b5) |
Abm7(b5) |Bbm7(b5) |Ebm7(b5) |Dbm7(b5) |

 

m7(b5)は基音の下方な7倍音までにできる音集合です。これを機能和声と関連づけるからおかしくなるんです。そもそもそんな概念は自然界に存在しません。優れた理論家が作った一つの概念です。あなたまでそれに従う法があるわけではありません。

そんなこと関係なく、これも音楽だ、と思える人は、不定調性的な感覚をお持ちです。

こんなことは許せない、とお思いの方は、許せる範囲の中で音楽をやるしかありません。

それを決めるのは理論でも社会でもありません。あなたの意思なんです。取るに足らないものですが、あなたの体を動かすために重要な意思です。

 

和音は三度堆積である、と決めてかかっているうちは、既存の音楽概念に縛られます。音楽に理論がある、と思っているうちも既存の音楽理論に縛られます。

理論があなたを縛るのではありません。あなたがそう思っているから自分を縛り付けてしまうのです。催眠術と同じです。

本来もっと奔放な自分の感性など取るに足らないから、より世間に認められやすい、金になる音楽をやりたい、と表面的に思いこんで、そうした世界の秩序に従っているだけです。食えようが食えまいが気にしない、自分は自分の表現を追求するだけ、金はアルバイトで稼ぐ!という人であれば自己音楽表現まで他人の価値観に縛られるなどアホらしい話です。文句を言わずひたすら自分の作品を作るでしょう。

そうした作品ができるまでは社会からの洗脳を許している、と思いましょう。

 

遺伝子や個人の欲望は、金とは無縁なので、いずれ自らの遺伝子を残したくなると思います。これもまたビートルズから教わった大切な価値です。

 

この曲では「さあ一緒にやろうぜ」と言っています。悪巧みを一緒にやろう、という感じです。でもこれは「自分らしく勝手に生きようぜ」というニュアンスも含んでいます。現代では、当たり前だ、という話ですが、当時はなかなか批判的であり、タブーでした。そういう生き方には薬物や犯罪が付いて回り、それがまた大人の秘密の遊びであり、興奮できる唯一の発散だったからです。

でも現代においてそこに行ったらおしまいです。そうではなく、もっと基本的な日常での思考から既存の概念に盲目的に従うのではなく、自分の意思を取り戻そう、というニュアンスに現代ではこの「come togetherという誘いは」進化していると考えたいです。ひょっとするとそんな自由意志ですら奪われ気がつかなくなってしまった、という意味では退化かもしれません。「一緒にやろう」と言って結局「個」を消してしまうことに気がつかなかった時代の皮肉、メッセージとしてのこの言葉はとても優秀だと感じました。

 

現代でも「自分らしくあろう」と叫ぶイフルエンサーに依存してついていくだけ、という不思議な現象も見られますね。また不安を隠せないインフルエンサー同士が繋がって新たな話題を提供するも、そこから何も生み出されてこないサロンも増えました。

これから国民総インフルエンサー時代(組織の解体)がやって来て、インフルエンサーもただの個人になります。彼らは先んじていたいだけで、いずれ全員に追いつかれます。その前になんとか次の形態を生み出したいのでしょう。そのために「個体」を集めて「come together」と言いつつ、結局個体を消し去流割合が減ることはないわけです。まだ過渡期なのだと思います。誰の影響も受けず、個人が固体化できる時代は来るのでしょうか。

 

別に社会から隔絶されなくてもいいですが、自分の表現活動ぐらいは、自分を真剣に探求して自己がどうしたいのか、と向き合ってみても良いのではないでしょうか。ある程度は一人で立ち向かわねばなりません。固体化を目指して群がる人はそれをきっと知らないのでしょう。

 

あなたはどうでしょう、自分が有りますか?さあ個別でcome together.