音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

(動画解説・補足)不定調性論全編解説11〜結合領域和音・対称領域和音★★★★★

2017.11-28→2019.11.9更新

今日はこちらの動画の補足です。

www.youtube.com

   

様々な和声単位の種類、解釈の思考の工夫については動画内をご覧ください。

 

合理性の疑問点を明確にしておく。

これも学習段階での理解の話です。

機能和声論は長年のビルドアップによって、かなり洗練された方法論となっているように見えます。音楽がさらっと作れるようになっているわけです。考え込むと矛盾してしまう点を淘汰させ、学習ステップを簡略化しています。

ゆえに学習時は気が付きませんが、一旦現場に出てみると、何も役に立たない、という事に気が付くわけです。相手が音楽理論を知らない場合、自分が知っているのは弊害になる場合もあります。それによって仕事を失う場合も顧客を狭める場合もあります。

もしあなたが学校で役に立つことを勉強できたとしたら、それは先生が優秀だったんだと思います。

この動画で述べているのは、まず

コードネームを見ても信じるな

です。そのコードネームは昨日も別の曲で見たかもしれませんが、本当は初めてみる和音なんです。もしその曲を今日初めて弾くなら。

これって、気持ちだけでも良いです。新鮮な気持ちでトライする、だけでも全然曲に対する表現への集中力が違いますので。

でも学校で教えてくれるのはCM7の構造だけです。それに対してどう意識がアプローチしていくか、までは教えてくれません。

そこは一人一人が現場で学ぶしかないんです。不定調性論はそこを学習時に少し考えてみよう、と提案するわけです。

 

それから

和音種類の差別をなくす

という目的があります。

もちろん「和声単位」と9音の構成音を持つ和音は役割が違うので意識の段階においての区別はするのですが、それらの和音がポピュラーであるか、ないか、というような漠然とした音楽性による区別をしない、ということです。

それができる事で、CM7と波の音、ノイズ、惑星の音、いびき、とあらゆる音に意識の上での差が無くなります。「楽音」と言って括るのは、人種差別そのものと同じだ、ということをどこかで覚えておいてください。

音は皆同じです。当然和音に区別や差別などあろうはずがありません。伝統的な和声構築法によって、「害のない差別」が機能和声法によって確立されているだけで、それ故に音楽理論の範疇外、範疇内によって議論するとき、人の議論はケンカになってしまうわけです。そもそも内と外を設けている時点で、それはもう派閥闘争ですから、本来それがある必要はありません。それを設けたい人は勝手に設けていればいいだけで、万人がそれに従う理由はありませんし、その人もそれについて闘争する必要もない、と考えます。

そのためには三度堆積による方法とは違う和音集合法を考えなければなりません。

色々な方法が考えられると思います。不定調性論で紹介している方法はあくまで一つの例です。皆さんがCM7を作るとき、どんな意図を思って用いたかを説明できれば機能和声論を用いてもいいし、不定調性論の和声単位の考え方でもいいし、もちろん一番いいのはあなた自身が考えた方法論で音楽を創れればいいわけです。

 

既存の方法にただ乗って安易に音楽をしてしまうな、というわけです。

 

     

 

不定調性論の「領域」によってあらゆる和音が平等に作れます。また一つの和音がさまざまな方法で作ることができます。

さらに

低音に権利を与えすぎない

機能和声論は、低音に権力が集中しています。それゆえに分数コードや展開された和音の持つ権威はすべて軽んじられています。しかし誰でもそうした複層的和音が必要であることを知っています。

そこで和音構成の際にも、和音の構成のどの音でも「中心」にできる、という考え方を和音構成の根本に置きました。

 

c,e,gは基音をcにした時に現れる自然倍音からなる和音ですが、C△という和音は、c,e,g全ての音が実際になっているのです。つまり、このC△という和音は、

 

cとeとgという三つの音の集合

 

であるわけで、すべて基音の集合ですから、あなたの意志で自由に中心音を設定して良い、としたわけです。

これももちろん、機能和声論という優れた方法論体系があったからこそできたものです。

これにより、通例の三和音はもちろん、四度和音も、テンションコードも、分数コードも、クラスターも、ノイズも、波の音も、同じ「音現象」の範疇で扱え、それに区別を与えているのはすべてあなた自身である、ということにできるわけです。

 

あなたがノイズを「音楽的だ!!」「楽音だ!!」と思えば、それでよいのです。

だから本当にあなたがそう思っていないと、その活動はいつか自分で飽きてしまうでしょう。世の流れに乗るのではなく、あなた自身がどうしたいかを追求して徹する、ということです。

 

不完全和声単位を超えて

この命名は差別だなあ、とかって思います笑。いずれ変えていきましょう。

(追記2019;「原素和声単位」としました)

いろんな和声単位の呼び名で一旦区別していますが、学習段階上での区別です。実際に現代曲を作るときには、指の赴くまま、歓声の赴くまま、名前を定めずに和音を作って用いてよいと思います。

その和音がほんとうに意味があって響いているか、今の自分の感性のどういうところに呼応して、どのような意図で響いているのか理屈ではなく理解しようとするわけです。もやもやとした答えから核心を引き出す癖をつけてください。これはハ長調のIだから、ハ長調の曲で使っていい、というのはあくまで慣習です。

 

 

     

 

 

f:id:terraxart:20191109234151p:plaintopic image