音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

そもそもあなたの感性は機能和声論に縛られてはいない~ビートルズ楽曲topic★★★

2017.11.27→2019.10.09更新

ほぼ全曲ビートルズのコード進行不定調性考察「Magical Mystery Tour」1(2017)

1、マジカル・ミステリー・ツアー - Magical Mystery Tour

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E |% |G |A |
E |% |G |A |
D |D/C |G/B |Gm/Bb |
D |A |

   

Eではじまりますよね。

GやAはEからみたIIIb,IVで、いつものビートルコードです。
そのあとVIIbとなるDもビートルコードの代表格ですね。

問題はその後、G→Gmの流れって、
これってこの感じだけ聞くと「IV-IVmの印象」っぽいです。いわゆる「サブドミナントマイナーに行った感」です。この「〇〇〇感」を理屈ではなく、体感で覚えてしまおう!とトレーニングするのが不定調性論です。

これが入ってしまえば、音楽理論を卒業できます。

もちろん学問的な追及は一生続きますが、いわば、松葉杖を手放して、自分の足で立てる、という意味です。

なにせ、和音が繋がったり、旋律が繋がれば、そこにあなたなりの「印象」「クオリア」「意味感」「模様感」が生まれるので、それが今作ろうとしている脈絡に一致しているか、だけを考えればいいからです。協和か不協和化、合うか合わないかを音で判断するのではなく、心で判断します。頭で理解します。

そこからはメンバーとのディスカッション、クライアントのディスカッションです。子のp段階で手際よくやり取りできることの方が重要です。音楽理論的な選択肢が役に立つのもこういうディスカッション時です。

 

最初はEなのでこれは、EからみたディグリーにするとG→GmはIIIb-IIIbmになります。。。。

この曲は、A→DでDに転調している、と機能和声的には云えます。

そうしないとG-Gmがもたらす「サブドミナントマイナーに行った感」が説明できませんよね。

IIIb-IIIbmだとトニックからトニックマイナーになったとしか解釈できない流れになっています(ポールもジョンも主調突然転調をやりますが。「ノルウェーの森」とか「ペニーレイン」とか)。

べつにどちらでも良いのですが、いきなりサビの後半で主調転調する曲っていきなり過ぎるし、ここでくるマイナー変化はSD-SDmが妥当です。

でもこうした「機能和声論に当てはめて何とかしようとする説明」はあなた自身の自在な感性によっていつか矛盾を引き起こします。次の言葉をよく覚えておいてください。

そもそもあなたの感性は機能和声論に縛られてはいない。

です。そこであなた自身の「心象」の正確さを極めて行く必要がある、というわけです。

「何をしてもいい」

「何でもあり」

ではありません。あなたの責任において、あなたがそれを真に望み、そうしたいということを確信してそれができる、という意味です。

犯罪だってでその理屈で出来ますが、あなたの責任となります。

残虐な事件が起きる時世になり、それを許した酷いことになりました。

何を望むか、という意思の方を十分に学び舎で鍛えなければ、ならない、ということだと思います。その部分の教育が至らないのかもしません。それをしたらどう相手が感じるか、どう思われるのか、そういったことに躊躇のない人間は芸術家化犯罪者しか道がありません。芸術家は命を奪わない分まだ多少ましかもしれません。だからせめて危険な欲望は芸術表現にとどめるような精神性だけでも獲得して大人になって頂きたいです。

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このA→Dに流れる感じは「転調感」というよりも、
A=Iとし、D=IVに進行したような印象と、
A=Vにした、D=Iに進行したような印象が、

「混ざっている感じ」といったほうが適切と、私は感じます。

でも音楽学校では、こうした「微妙に機能感がはっきりしない進行」については教えてもらえません。

     

これが今日のお題です。"機能解釈混合コード進行"です。

トニックとサブドミナントを混ぜたらどうなるのか。

サブドミナントとドミナントマイナーを混ぜたらどうなるのか。

トニックと別のキーのトニックマイナーを混ぜたらどうなるのか。

ここでの進行は、A→Dに向かう五度進行に自然と「展開感」があるので、それを活用した、と考えることができます。

作曲の過程でただ「お、これいいじゃん」となったのかもしれません。

 

DはEにとってのVIIbですから、ビートルコードと解釈できるのでいつもの作曲癖で自然と流れていったように感じます。

ポイントは、ここではまだDがセンターコード(曲を構成する上で意識の中央に置いた和音、トーナルセンターになることもあるし、単純に個人が曲を作る際の支点に置く場合の意志的中心和音になる場合もある)になり得ていないところです。


最初のE-G-Aが強烈ですからね。
本来このDが来る場所は、IVが来ます。この曲のこの部分を"機能和声論的に正しくなるように"置き換えてみましょう。

E|E|G|A|

E |E|G|A B7|

E|E7|A|Am|E|B7|

でしょう。これだと違和感なく曲頭に戻れます。


作曲経験者は、そもそもあのDを「曲の最初のキーのIVに行ったんだろうな感」を持って弾くと思います。

 でも全体から眺めると全然違う!というのが痛快ですよね。
E→DというI→VIIbではなく、もっとぶっきらぼうな転調的連鎖が起きているんです。
だから次のG-Gmがしっくり来るんですね。
ミスディレクションを用いたような進行。

 

あなたは作曲していて気がついたら転調してた、なんて経験ありません?

それで罪悪感を感じたりしていませんか笑?

不定調性論はそこで罪悪感など感じず、その理由や自分の感覚感をちゃんと理解してあげて、もしそれがおもしろいと思ったらそのままちゃんと作ってみる、という発想を持って頂きます。めちゃくちゃになっても、それを望むなら、ちゃんと最後まで表現してみてどうなるかを見定める、というやり方です。犯罪行為だと見逃せませんが、コード進行ならしまいまで見定められます。「何でもやっていい」というのはこういう次元の区分けが社会には必要です。でもとても曖昧です。そして簡単に一線を越えられます。

 

ビートルズはそれが自ずとできたので自分達の一風変わった音楽性に臆することなく食らいつき、独自性を築き、堂々とプロモーションし、世間を飲み込んで成功した、とも言えます。

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この曲、D→A→Eとまた戻るんですね。ここで転調感を覚えるでしょう。

この違和感最高。

でもVIIb-IV-Iというビートル進行だから彼らには自然。

だから、この曲、アカペラで歌ってみると、意外と上手に戻れない人いると思います。
カラオケで全音あげる転調のようなことをさせられるからです。

最初にがーん!とEがなるから戻れるんですね。

 

この曲から教えられることは

正しいアレンジに収めようとせず、自分が行きたい方向にまずは進み、ちゃんと組み立てよう、上手に理論的慣習(慣習による聴覚の思い込み)を活用せよ、ということではないでしょうか。

勉強が必要ないのではありません。その先で知識の上に胡坐をかいているようではそれは表現行為ではなく、ただの本の朗読だ、ということです。

 

音楽深すぎ。