音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ビートルズのコード進行〜自分のイメージを具現化することについて〜(2017)★★★

「ビートルズのコード進行は変わってる。」

と一言で済ますのは簡単です。

でもその曲が作られた背景には多くの人の人生が詰まっているわけで、容易に雑誌の記事の文字数の範囲内で評価するように落とし込み慣れるのはリアリティを奪い取るだけです。

   

 

彼らの作品の中にもボツになった沢山の曲があるわけで、発表された曲だけについて語らうことでも、彼らの音楽性を適切に評価できるとは思えません。

また、アーティストを語るなら一曲だけを見るのではなく、全曲聴きこまないといけないし、一人のアーティストだけではなくその時代の別のアーティストも全員、全曲聴くことではじめて適切な自分なりの判断ができるでしょう。そうしないといかにもな独自論が混じってしまうことでしょう。

 

 

 

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まず"創造"する

ある時間と時間の間を「ある和音集合が支配している」と想定し、音楽的脈絡を作るのが不定調性論です。

ビートルズのコードの使い方、その方法による作曲の仕方は、ポピュラーミュージックというジャンルの中で極めてしっくりくる、シンプルで、説得力のある音楽制作手法だと思います。

ビートルズ的作曲法の浸透は「コードから曲を作る」という作曲法を一新し、再確立した、とも言えます(ビートルズがコードから作ったかは問題ではなく、結果的に確立されたこととして)。 

ビートルズが全て最初にやったわけではないでしょうが、彼らの前代未聞の商業的成功により、それらの音楽的スタイルが大きな地位を持ち、意味を持ってきたのは間違いありません。

コードを三つ知っていたら、世界を変えるヒット曲を作れる可能性があるのだ、と改めて世界に示したのです。

音楽大学なんて行かなくても、音楽で世界を変えられる、というわけです。

これは決して音楽大学がどうこうではなく、貧しく教育が受けられなくても、安いレコードしか聞けなかったとしても、音楽で夢を叶える、という可能性は誰にでもあるのだ、という概念を彼らは世界中に示した、という価値観の一新なのです。

 

だから勉強できないことを嘆く前に、創造していけば良い、という学習概念の全ての根本を覆し、それを彼らはとてつもない商業的成功を持って証明したのです。

 

作曲経験者なら楽曲の展開に困った時、コードを並べて曲の展開の概略を作る、ということを試してみたことがあるでしょう。

では、その今弾いたコード、「ここからメロディができるんじゃないか?」とあなたはなぜ思えたのでしょう?
ただキャンバスを目の前に置いたからと言って絵が描けるわけでもないのに。


ある順番でキャンバスを並べると書きたい絵が見えてくる能力。和音を並べたら「これだ!」って思える能力。メロディが浮かぶ能力。

不定調性論ではこの脳の仕事を「音楽のクオリアが生み出す脈絡」という言葉をヒントに展開してきました。


CM7 |DM7 |EM7 |BM7 :|


という進行の上で、歌いやすいメロディが出てくる人、自然なソロが取れる皆さんは、不定調性感覚をすでにお持ちです。その"感覚"に私が勝手に名前をつけただけです。

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その力を認知し、早期から育成し、これからの未来のための素晴らしい音楽を作る才能に育てる!というのは音楽教育産業にとっては使命であると思っています。

ちょっと歌が歌える子供には、ピアノをやらせてみれば良い、という程度が音楽教室の役目だと思われていますが、そうではないと思います。

     

音楽だけに限らず、「感覚教育」といいますか「イメージ力強化教育」と言いますか、全てのことに実践力を伴う「想像力」「創造力」を磨くことが必要だと感じています。

それを音楽だけでなく、社会性として育て、将来の仕事に役立てるようにイメージし、人間関係充実、人間力向上を図るわけです。

 

そのあとに"学習"する

音楽活動をしながら、「学習しなければならない」という意思を持つことの重要性を講師が与えれば良いと思います。

おもちゃを買って欲しいとせがむ子供に、買ってあげない理由を考えるのではなく、買った上で学習することを約束させ続けます。

社会的規範を自分が欲する分野の中から学んでもらうわけです。

ビートルズを三曲演奏できるようになれば、一年間音楽理論や楽譜の勉強だけをしている人よりも音楽性が活性化されていることでしょう。

楽譜の勉強で得られる感覚が演奏で身につき、音楽理論で得られる成果は用語ではない形で体の中に入っていくわけです。

例えば、

I-IV-VIIb-I

という進行は、サブドミナントマイナー終止的な流れですが、これがどういう意味なのか、いつ使うのか、自分にとってどんな音楽的印象なのか、ということは音楽理論の学習では学べません。

でも演奏して身につけた彼にとっては、その進行のビートルズっぽさ、ドライな肯定感、自分の曲でいつ使うかの判断ができるようになっています。

 

私はこれを音楽理論の学習時にできなくては意味がない、と考え、音楽的クオリア、すなわち音楽的印象力の強化を不定調性論の学習段階で身につけられるよう組み込みました。

すなわち用語で羅列するのではなく、その進行の有用性を自分の音楽性と照合し、その使い勝手を見つけられる、というゴールです。

 

「フランジャー」というエフェクターの機能の科学的根拠はわからなくても、どんな雰囲気をそれが作り、どんな時に使うべきか、自分でわかると思います。

 

音楽理論学習で大切なのは、人の感覚の多様性を認め、一日でも早く自己の方法論を確立し、音楽的活動の成熟を目指す段階に移ることであると思います。

 

故に音楽を学習する、ということはもっと精神的な体験なので、まず講師の指導のもと、初日から音楽活動を発信し、その中で「感じること」を学習体験とする必要があると思います。

 

 

 

家でお母さんから算数を学んでも、学校で学んでも、そこに同じような成果が生まれるなら、それは等しい教育である、ということを認めるわけです。

そうなることで「学校は意味がない」とか「高い金を払う意味がない」と思ってはいけません。そこに問題点を置くのではなく、そうした営みによって払った対価の価値を倍増させよう、と思えるかどうかだと思います。

 

教科書はいりません。あなたの感性が、そう感じるという原因を追求していけば、学習は勝手に様々な素材を通して出来上がっていきます。

どうしても学習の無駄を省きたいなら、学んだことをブログで発信して広告を貼ったら小遣いになります。道は色々あります。

 

そんな全体学習によって自分のイメージを具体化して発信する側に回れたら楽しいと思います。あとはちょっと矢面に立つ勇気、ですね。

 

ビートルズコードのいろんな側面をほぼ前曲で解説しています。

www.terrax.site

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==コーヒーブレイク〜M-Bankのロビーの話題から==

にゃん、にゃん、にゃんんー。PC周りにネコグッズがあるとプレゼンも和やかに進みます。

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