音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

不定調性論ってなに?(2020)

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こんにちは。不定調性論のページにようこそ。

 

「自分らしく音楽をやる」ことが不定調性論の目的です。

今現在、人になんて言われようと気にせず自分の音楽活動がご自身のリスナーに対して出来ている、と言える人以外の方におすすめです。

 

不定調性論(着想1998~) 

本当に音楽に疑問を持ったのは高校時代後半だったと思います。和声を聴いていたら見たこともないイメージが浮かんだのが最初です。

20-30代はほとんど不定調性論の概略作りで終わってしまいました。

文字通り調の定まらないような現代的和音進行でコード進行を作るための方法論としてスタートしました。

「個人の感覚感」を利用する音楽方法論としては元祖だと思っています。

 

あなたの感覚は人とずれてない?

皆さんの中で、周囲と同じやり方や考え方で音楽をやることに妙な閉塞感を感じている人はいませんか?我慢して人にあわせたりしていませんか?

ひょっとするとあなたには、あなただけができる、まだ誰も見つけていない方法論があるかもしれませんよ

例えば誰もが音楽を聴いて背筋がゾクッとするわけではありません(または脳の特殊構造?)。そうなる人とそうならない人がいます。あなたが無感動なのではありません。

 

まずあなた自身が何をどう感じるか、それをあなた自身がちゃんと理解してあげてください。

表現のやり方を作るのはそのあとからです。


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すでに活用されている不定調性論的表現

これまでその筋の人たちにそれなりに教材を手にとっていただきました。またブログも読んでいただいています。それ以前から自己の感性を重視した創作方法は常に存在していました。「不定調性論」的な音楽の心象的表現はもともと広く活用されています。

「このコード進行の雰囲気は、まるで〇〇〇〇の風景みたいなので使った」

「自分はその時のイメージや感覚だけで音楽をやっている」

「サビのメロディーがふわっと降ってきて一気に作った」

「この和音や音色には、自分は〇〇〇〇の印象を持つ」

「この曲は夢の中で作った」

「この曲の展開部はサイコロを振った」...etc

 

このようなある種知識に基づかないような制作感覚表現は不定調性論的価値観を持っていない人に軽視されがちです。

このような表現が行われるのは、脳がそのように働いて音楽を作ることが可能だということを示しています。

どうやって、いつ、サビのメロディーは"降って"くるのでしょうか。知識ではなく感性や直感を用いて、自在に音楽をやる方法というものは、体系化できるのでしょうか。

 

本来教科書に「あなたがどうすればいいか」の答えは書かれていないんです。

最後は自分で考えるしありません。

しかし自分だけの方法なんて誰も教えてくれません。そのために私は、自分論をどう作るかというシミュレーション作りにトライしました。

不定調性論があなたの「自分だけのやり方」を作る指針になれば良いと思っています。

個人の再発見です。

もちろん学習過程で伝統技法への憧れを本当に感じたら、ぜひ勉強してください。一般音楽理論は知識の共有、歴史的な一般概念の相互理解を深めるために必須です。

不定調性論は伝統技法やルール、他者の手法を一切否定しません。ゆえに競合は起きません。


しかしそれでは自己論と矛盾するのではないか?と思われるかもしれません。

これについてはあとで説明します。

 

不定調性論的な教授法の例

NHK趣味百科ショパンを弾く レッスン篇Vol.5 NHK Chopin masterclasses Vol.5 - 

バラード一番の冒頭を「恋人達の会話と捉えて」とか「二人の対話をイメージしながら弾いて」とか「今度は春です、二人は幸せでいっぱい」とか「感動のフォルテ」などと形容します。

こうした指導は独善的な講師のイメージとして"無視"されてしまうものです。

しかしこれは講師のイメージをそのまま捉えよ、という意味ではないと思うのです。「春」にはあなたのイメージがあるはずです。それをこのピアノの旋律に伴わせて自分の解釈で演奏を創造せよ、という指示だと思います。

音符の音を自分に向けて翻訳する作業です。この作業と一般音楽理論を上手に組み合わせることころが秘訣なわけです。

(想像力が豊かだとショパンの楽曲においてショパンの解釈を越えてしまう場合があります。その場合、極端に再現芸術の美学探求は難しい、と感じたらポピュラーミュージックやジャズを探究されることをおススメします。)

 

まず日常生活で何をする? 〜自己の印象を重んじてみる

不定調性論的思考について、最初にやることはシンプルです。

例えば、学校や職場で好きな人の声を聞いたら、気持ちいいなぁ、と感じることを自分に認め、イライラした声が聞こえてきたら、やだなぁ、と感じることを自分に認めてあげる、そういうことからでOKです。今まで抑えてきたものを自分に認めてやります(表に出さなくていいですよ笑)。

それから好きな音に反応するようにしましょう。そして好きな音楽にも。

デスメタルを聴いて落ち着く人は、そう認めて睡眠時好きなだけ流しましょう(ボリュームには気をつけて、耳を大切に)。


やがてどんな変わった音にでもそれなりに好き嫌いを判別できます。表面的なことではなく、音が持ってる"感じ"と自分がどう同調するかをなんとなく感じます。

その"感じ"を感じることが最初のとっかかりです。理論学習はその後です。理論学習は近道ですが、その前に十分に迷っておかないと、近道の意義が感じられません。

 

Em7というコードを「これはCメジャーキーのIIIm7でありトニックの代理コードです」というよりも「甘くてセツナイ、いい感じの和音」と本当に感じられることのほうが利便性が高いと思います。

前者の主張には進化はもうありませんが、後者の主張はあなたの経験によってどんどん深みのある表現になります。

「枯れ木の最後の葉が誰も知らない夜更けに静かに落ちるような和音」を実際に感じて、絵が浮かぶようになれば、その和音の連鎖をどのように弾いたらいいか分かるはずです(それを表現するフィジカルなテクニックはひたすら練習)。

 

「IIIm7だ」というのは単に合理的表現を学んだだけです。

 

印象力は音楽以外でも使えます。デザインの色の組み合わせや、今日自分は何を食べたいか、という何気ない意思も豊かになります。

IIIm7という解釈は音楽分析でしか使えませんが、「この音、冬の感じ」という印象を明瞭に感じられる感覚を持つことは、音楽だけでなく色々な人や社会とのコミュニケーションをも豊かにしてくれます。人が好きだ、ということを宣言できることはとても尊いです。

孤独に生まれてきて、世界の中に好きなものが見つかるというのは奇跡です。

 

また、不定調性論がたとえあなたに合ったとしてもあなたは自分自身の原則を改めて作る必要があります。他者の発想に盲目的に従う必要はないと思います。

 

 

ブログの紹介

このブログは、不定調性論教材の第5巻め、と言えます。

最初はコード進行解説からスタート(X-artというHP(2002?~2007?)、MIXI~HPでのビートルズ解説2009〜アメブロ2013年頃~)しました。

邦・洋の昭和・平成の難しいコード進行を紹介してます。ビートルズやユーミンの音楽を解説しやすいのも不定調性論的思考ならではです。

それから興味を深めてコード進行にとどまらず旋律、リズム、ジャンル、時代背景、歌詞、民族性、作家の人生等に興味を一時期どんどん拡張してください。

 

教材の紹介

本教材では「不定調性論の根拠」を列挙しています。

直感的に自在に音を並べてそれをよし、と実感するためには、「どのように並べてもある種の方法論としての解釈が可能である」という自分の中での根拠を作らねばなりませんでした。
そのために12音の関係性を再構成し、現行の音楽理論そのものを一旦解体し、再構成しました。

精神的土台を作ることであなた自身が自在に音楽表現をできるようにしていくわけです。

これはとても重要なことです。自分がやっていることを理解して信じられず前には進めません。

研究教材「不定調性論教材」について

music school M-Bank 不定調性音楽論一般教材お申し込みフォーム


動画で概略を解説するシリーズ

テキスト動画(本人解説)〜不定調性論全編解説1-33

暇な日などにご覧いただければ嬉しいです。ちょい複雑ですが概略はつかめます。

   

同じコード進行でも同じメロディにならない理由

たとえば、このロールシャッハテストの絵、皆さんはどんな絵に見えますか?

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わたしは、テーブルの上で左肘を付いて拳を頬に当てて物思いにふける女性・・・。に見えました。

「いやいやそれはないでしょ」と第三者が言っても、これは個人の感覚ですから、他者が巧みに否定しようとしてもどうにもなりません。


人と人との感じ方に差異があるからこそ、同じコード進行でも異なるメロディができるのだと思います。

音楽は過去と同じ出題に対して「それまでにない答え」を創造することが目的であるのが最も面白いところです。

 

最終的には私自身が拙論に縛られる必要がない、ということにもなります。

どんどん追及すると、やがて矛盾してきます。

 

矛盾との付き合い方 

不定調性論では、この「矛盾する論理」に対して、矛盾が持つ雰囲気やニュアンスも「印象・心象」で受け入れ、バランスを創造することが奥義と考えています

人生の矛盾を受け入れられれば芸術家の苦悩はだいぶ減ります。実際ある程度社会生活に対して愚鈍でなければ音楽制作などできません。


「彼女のことは好きだけど嫌い」という文章の言いたいことは理解できると思います。

脳というブラックボックスを通して得られる"一見不可思議な解答"を柔軟に理解できるチカラを身につけるわけです。

「勉強したけど曲ができない」「学んだことを作曲で活かせない」「曲で使った方法論にぴんと来ない」などという答えを一挙に解決しようとしています。

 作曲は作曲しない限りできるようにはなりません。音楽理論は作曲を行った時に素材を接続するネジになります。ネジだけを見ていても、使い道は分からないし、音楽もできません。

 

最後に

こちらのページから色々な記事をかいつまんで読んでいただければ幸いです。

不定調性論は個人占有しないことが基本信念です。用語等の商標登録等の個人占有は、当ブログ並びに拙論とは無関係であることを承諾したものとします。

これら全ては提唱者の遺志です。ご理解いただけることを願っています。

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不定調性論は不定期に研究発表しております。
日本音楽理論研究会
日本リズム協会 

※受講内容の性質上、また私自身の信念として、どのような方が受講されているかは一切口外しておりません。