音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

不定調性論ってなに?(2020)

当ブログは数年程度一般音楽理論の学習を経た方が対象になりますが、初学者の皆様でも文章の言葉のイメージだけを感じ取って読んで頂くだけでも何となく言いたいことはご理解頂けると思います。

 

これから音楽を学校で学ぶ、という方は学校で教えていただく内容を真ん中に置いてください。その過程でどうしても自分が感じてしまう"違和感"を同時によく覚えておいてこのブログに来ていただければ嬉しいです。

の「違和感」こそが、あなたと社会を隔てるもの=個性です。

 

そしてその個性と社会との違和感を表現活動に生かす試みのひとつが不定調性論的思考だと思っています。

 

こんにちは。
普段はmusic school M-Bankの運営やレッスン、音楽制作などを行っています。

 

不定調性論の理論的展開

こちらに実際の方法論的な詳細がまとまっています。

不定調性論の方法論的展開その1

不定調性論の方法論的展開その2

 

独学のためのインデックスです。

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<不定調性論を用いて作った楽曲事例集を下記にまとめました>

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<和音の進行感の正体を創作に生かす>

音楽があなたに引き起こす心象とそれを作曲に活用する方法について考える記事です(重要)

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不定調性論(着想1998~) 

不定調性論は、もともとは文字通り、調の定まらないような現代的和音進行による楽曲の骨格(メロディ・コード)作成のための方法論でした。

伝統的音楽理論や教材などの方法論、歴史的な技法などの学習を得てあなた得た「音楽観」を音楽理解の真ん中に起き、あなた自身の音楽的なクオリア、イメージをベースに音楽を構築しよう、という考え方です。「感覚感」を利用する音楽方法論としては元祖と言っていいです。古くはデカルトなども「情念」という発想で、感情が入り込むことについて語られてきました。しかし拙論では情念というより「着想や音現象から得る漠然とした意図」こそが音楽を理解、創作する動機である、として、積極的に個人の情感を音楽に活用していきます。

このブログではその方法論を全方位の話題に拡張しています。

 

そしてどのページのネタも自由に真似して頂いて問題ありません。

不定調性論は個人占有しないことが基本信念です。商標登録等の個人占有は、当ブログ並びに拙論とは無関係であることを承諾したものとします。

これら全ては提唱者の遺志です。

 

<方法論概略>

皆さんの中に、周囲と同じやり方や考え方で音楽をやることに妙な閉塞感を感じている人はいませんか?我慢して人にあわせたりしていませんか?

だれもが音楽を聴いて"背筋がゾクッとするような感動"を味わうわけではありません。この感覚は共感覚的な知覚(または脳の特殊構造?)であり、そうなる人とそうならない人がいます。あなたが冷めているのではありません。変わっているのでもありません。人と違うのでもありません。

だからまずあなた自身が感じることをあなた自身が理解してあげてください。表現に活かすのはその先です。

 

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不定調性論」のコンセプトは広く活用されています。聴覚感覚での音楽印象判断や独自解釈で音楽を考えることを良しとするスタイルです。

「この和音とこの和音を組み合わせると〇〇〇〇な雰囲気になる」

「このコード進行の雰囲気は、まるで〇〇〇〇のような風景だ」

というような音楽の具体的個人の感想や、

「この音色は、自分には〇〇〇〇のような印象を覚える」

「このコード進行は、自分には〇〇〇〇のような印象を覚える」

という主観的表現や

「この曲は理論によらず、自分の感じるままに作った」

「このメロディはフォルダにあったサンプルをただランダムに張り付けて感じるままに作っただけだ」

というような利己的、自動的制作表現も拙論以前の昔からありました。

伝統技法に沿っていないですが、そこには必ず「そうしたいと思った個人の意思」があります。

主観的感覚優先で出来た音楽は、突発的な霊感によってできた異質な存在だ、と思われがちでした。拙論はそれに名前をつけたわけです。 

しかしこのような"我儘"は無視されることが社会の常ですので、あなたが不定調性論的な思考を発信して無視されても気にしてはいけません。社会はそれでないと成り立ちません。法を無視して良い、という人に誰が"表立って"同調するでしょう。こうした視点に立つと、当然ながら教科書に「あなたがどうすればいいか」の答えは書かれていない、ということを認めねばなりません。自分で考えるしかありません。

法云々は別として、自分論をどう作るかの一例として不定調性論の構築法が少しでもご参考になれば嬉しいです。

 

また、その学習過程で伝統技法への憧れを本当に感じたら、ぜひ勉強してください。

先人の研ぎ澄まされた手法やアイディアに舌を巻くことでしょう。それこそが「真の学習意欲」です。

 不定調性論は伝統技法やルール、他者の手法を一切否定しません。ゆえに競合は起きません。

しかしそれでは自己と矛盾するのではないか?とおそれるかもしれません。

拙論では「矛盾のバランスを保つこと」が肝です。あとで説明します。

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教授法の良い例がありますので添付します。

NHK趣味百科ショパンを弾く レッスン篇Vol.5 NHK Chopin masterclasses Vol.5 - 

バラード一番の冒頭を「恋人達の会話と捉えて」とか「二人の対話をイメージしながら弾いて」とか「今度は春です、二人は幸せでいっぱい」とか「感動のフォルテ」などと形容します。もちろん技巧的な説明もふんだんに丁寧にされていますから、レッスンとしてすごくイメージが湧きますね。なかなかこうした指導は「曖昧、独善的、講師のイメージ」として"無視"されてしまうものです。しかしこれはその講師のイメージをそのまま捉えよ、という意味ではありません。「春」にはあなたのイメージがあるはずです。それをこのピアノの旋律に伴わせて自分の解釈で演奏を創造せよ、ということです。演奏する瞬間には講師は存在しません。あなたがちゃんと自主的にイメージしなければ演奏は意味を持ちません。

カツァリス先生に限らず、音楽を理論用語的解説だけではなく、鮮やかに具体的に「解釈」することができる人がいます。音符の音を自分に向けて翻訳し、自身が見える風景にまで昇華して解説しています。一見達人の思考に思えますが、訓練すればある程度できます。クオリア、共感覚的に人生を感じられれば鬼に金棒です。

"感じたことを感じられる実感"を得る。

です。

作曲でも、演奏でも、音楽鑑賞でも、はたまた生きること全てにおいてもあなたはあなたの意思がなければあなたの人生にはならないということを、数学者なら数学から、画家は絵画から、音楽家は音楽から学ぶべきだと思います。

 

やることはシンプルです。好きな人の声を聞いたら、気持ちいいなぁ、と感じることを自分に認め、上司のイライラした声が聞こえてきたら、やだなぁ、と感じることを自分に認めてあげればいいだけです。音の翻訳です。これまで「そう思ってはならない、勝手な自分の意見など持ってはいけない」という教育のために洗脳を受けていたであろう感覚を解放してやるんです。

これは表立ってやると、かなり危険です笑。そして安易であれば安易であるほど行き着く先はいろいろ思想的危険が伴いますのでちゃんと勉強・鍛錬・追及が必要になります。他者を考えない安易な個人の解放を、社会では「犯罪」としています。

 

たとえカツァリス先生の言葉でも鵜呑みにせず、自己のイメージで解釈し活用してください。

(そうなるとショパンの楽曲においてショパンの解釈を越えてしまう場合があります。そういう人は クラシック音楽の再現芸術の美学探求は難しいかもしれません。どんどん自己解釈が進む人は、"可能なのであれば"ポピュラーミュージックやジャズをおススメします。)

 

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Em7というコードを「これはCメジャーキーのIIIm7でありトニックの代理コードです」というよりも「甘くてセツナイ、いい感じの和音」と感じられることのほうが利便性が高いと思っています。前者の主張には進化はもうありませんが、後者の主張はあなたの経験によってどんどん深みのある表現になっていくでしょう。「枯れ木の最後の葉が誰も知らない夜更けに静かに落ちるような和音(または和声)」みたいに実際に感じて、実際に絵が浮かぶようになれば、その和音の連鎖をどのように弾いたらいいか分かるはずです(それを表現するフィジカルなテクニックはひたすら練習してください)。

 

「IIIm7だ」というのは単に合理的表現を学んだだけです。

 

印象力は音楽以外でも使えます。デザインの色の組み合わせや、今日自分は何を食べたいか、という何気ない意思も豊かになります。

IIIm7という解釈は音楽分析でしか使えませんが、「冬の感じ」という印象を明瞭に感じられる感覚を持つことは、音楽だけでなく色々な人とのコミュニケーションを豊かにしてくれます。

 

不定調性論が例えあなたに合ったとしてもあなたは自分自身の原則を改めて自分で作る必要があります。考え方に同意できるからと言って拙論の根拠にまで従う必要はありません。そういう姿勢はこれまでの教育風習です。

 

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<ブログでは...>

実際の曲のコード進行解説から前ブログはスタート(2013年頃~)しました。

その当時は「音楽の印象を自分の言葉で語る」を分析手段の一つとする方法論はあまりポピュラーではありませんでした(ウチだけでした)。ただ個人の感想を述べたところで意味は無い、というのが集団社会の同調圧力だったからです。最近は「僕はこう思う、こう感じる」と堂々という人が増えてきて助かります。それが稚拙なものでも良いと思うのです。これから鍛えていく、と本人が思ってさえいれば。

 

またコード進行分析は楽曲の理解の最もシンプルな入り口です。コード進行への理解が進んだらどんどん旋律、リズム、ジャンル、時代背景、歌詞、民族性、作家の人生に興味を拡張してください。研究に向いている人はそのまま突き進めますし、独自解釈が過ぎる人は独自論を作って"研究される側"に回った方が良いと思います。

いずれにせよ自分が何をしたいか見えてくるって最高じゃない?

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<教材では...>
本教材の方では「不定調性論の根拠」を列挙していきます。

直感的に自在に音を並べてそれをよし、と実感するには、「どのように並べてもある種の方法論としての解釈が可能である」という根拠を作らねばなりませんでした。
そのために12音の関係性を再構成し、現行の音楽理論そのものを一旦解体し、和音を作り直し、和声を作り直し、価値観を再構成しました。この精神的土台が出来上がるとこで初めて「理論や伝統に反している」「根拠がないことをしている」などと感じなくて済みます。これはとても重要なことです。

こうすることであなたが学んで独自に解釈している既存論や、あなた自身の経験的背景、価値観、理解がはじめて「個性」となってその音楽表現に反映されると思います。

「こうあらねばならない」を一つでも採用してしまうと、あなたは失われるんです。

教材内容はめちゃくちゃ退屈です笑。ブログの方がまだ面白いです。

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※一度ご購入いただきますと、翌年よりご希望があれば無償で改訂版を送らせていただいております。ご活用ください。

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動画で概略を解説するシリーズもございます。

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動画シリーズはかなり端折った内容ですが、体系の概略はつかめます。

雨の日とか、雪の日、台風の日、暇で仕方のない日などにご覧いただければ嬉しいです。

   

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もしあなたが十分自分が納得出来る曲を作れるなら、不定調性論は必要ありません。既に自由な感性を扱う能力が備わっているからです。自己主張ができて、それを体現できる、ということが不定調性論的思考の完成とイコールなんです。

 

では、自由な感性、独自の解釈とはどういうものでしょう。


たとえば、このロールシャッハテストの絵、皆さんはどんな絵に見えますか?

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わたしは、テーブルの上で左肘を付いて拳を頬に当てて物思いにふける女性・・・。に見えました。

「いやいやそれはないでしょ」と第三者が言っても、これは個人の感覚ですから、他者が巧みに否定しようとしてもどうにもなりません。


人と人との感じ方に差異があるからこそ、同じコード進行でも異なるメロディができるのだと思います。正解を求める芸能ではありません。過去と同じ出題に対して「それまでにない答え」を創造することが目的であるのが最も面白いところです。

これは最終的には私自身が拙論に縛られる必要がない、ということにもなります。

どんどん追及すると、やがて矛盾してきます。

 

見えてくるのは「矛盾する両者の存在」です。

 

不定調性論では、この「矛盾する論理」に対して、矛盾が持つ雰囲気やニュアンスにも「印象・心象」を感じて自分なりに受け入れ、バランスを創造することが奥義、と考えています

矛盾を受け入れられれば芸術家の苦悩はだいぶ減ります。

「彼女のことは好きだけど嫌い」みたいなことは理屈では理解できませんが、そのニュアンスは理解できると思います。意識とか脳とか、直観力はまだまだ現行の科学理解を越えているので、完璧な回答を理屈で提示が出来ません。

そえりょりも未解明な脳というブラックボックスを通すことで得られる"一見不可思議な解答"を真剣に感じて理解しようとする柔軟なチカラを身につけよう、というわけです。

あとはそれをどう創作表現にするか、の脳回路を作っていきます。下記でその創作方法の一端を動画にしました。

www.youtube.com

創作しているときの脳の在り様を確立する、ことが創作に向かうスタートラインです。

曲を作っているとき、何を考えてるかという状態と「音楽理論・方法論」を合致させる試みです。不定調性論は「何も考えずにそれを出す」ために900ページの教材を書きました。 少なくとも私はそれで何とか自分なりの制作活動に移ることができました。

あなたが「勉強したけど曲が出ができない」「学んだことを作曲で活かせない」「曲で使った方法論にぴんと来ない」などという答えを一挙に解決しようとしています。

また独自論が出来れば、それは解消されるでしょう。

また他のサイトや、専門文献も同時に参照ください。
知識は未知な部分が常にあります。
300年後の人達から見たら、私たちの知っている範囲もかなり限られている、と考えるべきです。同時代人どうし、批判し合うのではなく高めあえれば幸いです(我々もいずれ100年前の人たち、になるんです!)。

 

困ったことに、また幸いなことに、確かなことは何一つない、とすることで前に進めるまだまだ未知なことが多い現代なのではないか、と思っています。

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→こちらもどうぞ

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不定調性論は不定期に研究発表しております。
日本音楽理論研究会
日本リズム協会 

※受講内容の性質上、また私自身の信念として、どのような方が受講されているかは一切口外しておりません。自ら体験ください。

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