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音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

「不定調性論」の使い方(2020)

この記事では「不定調性」「不定調性論」という言葉や考え方をいつどんな感じで用いるか、等について書いています。生意気を書きますがご容赦願います。これからの才能の世代に伝えたいことを率直に書きます。

感性と知性のバランスを意識する

もしあなたが次に弾くコードを、次に歌うメロディを、刻むリズムを音楽理論的知識や理性によってではなく、感性によって、直感のうちに繰り出せたとしたら、それは不定調性論的思考を用いた、と言えます。

あなた自身の感覚的判断により、理屈で考えるよりも先にその和音を配置したとき、あなたは自分を信じて音を解き放っています。

これまではそういう手法はいい加減で我慢が足りず、無学故の安易で身勝手な行為と思われたり、または一部の達人だけに許された方法論でしたが、あなたがこれまで自分なりに勉強してきた結果を、存分に直観によって繰り出そうというのであれば、あなたはその次のステップへの扉を叩いたのだ、と拙論は宣言いたします。 

このやり方に名前がなかっただけです。脳が作り出す未知の力によって、行動を起こそうとすることは、学習成果を論理的に活用しようとするよりも、個性的=その時のあなたの意思が反映されたものが出来上がる可能性が高いと私は信じています。創作の脊髄反射です。

 

論理的思考を否定するつもりはありません。

感性だけになれば目を瞑って崖のそばを歩くようなものです。理屈だけに頼れば、あなたは必要ありません。理屈はあなたがいなくても成り立つんです。

私自身はその方法の達人でもなんでもありませんが、私ですらその方法によって「自分の作る音楽に意味を与えられる経験」ができました。

 【参考】

不定調性論ってなに?

 【不定調性論を用いて作った楽曲事例集】

理論的に考えない作曲心理状態を方法論化するということ

 

「不定調性」的な楽曲〜心象で情報を把握する

以下を機能和声アナライズしてみてください。

C |Bbm |Gb |Em |
B |G#m7 |E |Dm |

これは、P.メセニーの楽曲「Sirabhorn」です。

アナライズさせまい、という進行ですね。

しかしながら、この曲を聴いたとき、あなたは何らかの「印象」を感じるはずです。

当ブログ記事で紹介されているような音楽家、ビートルズ、ユーミン、スティービー・ワンダー、スティーリー・ダン、チック・コリア、パット・メセニー、その他ジャズ、プログレ、フュージョンミュージックが持つ自在な和声において、小刻みに転調解釈できる和声進行全般を「不定調性的な進行」と言います。ブルース進行も不定調性的な進行、といえます。 

 

C→Bbmに流れた時、あなたは何を感じますか?何でもいいです。

「変な感じ」でも「ただ疑問」とかでも。

人によっては「緑色を感じた」とか「倦怠を感じた」とか具体的に感じる人もあるでしょう。

脳は外界の刺激に様々な反応を返します。あなたはそれを受け取り、表現すれば良いだけです。学校ではこう言われます。

「作者はどう考えたのか」

と。拙論では作者は関係ありません。学校で教えられた知性で理解してもOKです。しかし同時にあなた自身(プロトタイプのあなた)はどう感じるのか、を具体的に表明できなければ知性はただの「トーク」にしかなりません。

つまりあなたが本当に感じ入る物事の中で人生を生きないと、あなたが活きない、という意味です。

 

綺麗な人を見たとき、美味しい食事を食べたとき、美しい風景を見たとき、頑張って仕事が完成したとき、強烈な感情の変化があると思います。それを信じなさい、認めなさい、大切にしなさい、という意味です。

考えれば簡単なことです。

つまづいて転んだら痛いと認めよ、ということです。音楽が生まれるのはそうやって感情が動いた時です。ただその瞬間はあなたにしかわからないんです。

 

一般には音楽と感情想起の論文も多数出ています

感情や思考は表現活動に欠かせません。

あなたがイイ!!と思ったものは他の誰かではなくあなたにとってのみイイのだ、ということを知ることは大切です。人に強要する必要はありません。だってそれはあなたにしか通じない快感だから。それが個人の営業トークによって拡散していくと「ヒットメイカー」が生まれます。彼がいいと思ったものをいいと思いたいと思うからです。

 

逆にこれらの印象論を、誰が見ても明らかなものとして、統一を試みたのが機能和声論でしょう。V7→I、ドミナントモーションには解決感がある、と決めて啓蒙してきた考え方であり商業的音楽の発展に寄与した成果は平和賞ものです。

人と共有し、共感できる音楽文化の形成は奇跡と言えます。

人・文化が持つ感覚のメタファーの活用が巧みな人こそが天才、と言えます。

 

しかし。本来バッハやモーツァルトなども優れた独自性を持っています。バッハを機能和声音楽に押し込めてもバッハはバッハ。あなたもあなた。

また近代音楽や現代音楽も印象で表現することが可能です。

無調=無表情・無意味ではありません。

ジョン・ケージの作品「4:33」だって、それそのものは「印象」を与えます。つまり不定調性論で応えられるわけです笑。


人の口調がイライラしているか、ウキウキしているのかを聴き分けるのと同じです。口調には「機能」がないのに、感情的な要素をくみとれるのはなぜですか?

それはあなたの中に入ってきたそれらの音情報に対して脳が解釈を自動的に生み出すからです。役者がイラついているようにしゃべれるのは「どのようにしゃべればイラついているように聞こえるか」を知っているからです。

一人一人「運命の人」が違うように、思想も感覚も本来あなただけのものです。

恋人は共有しようとしないのに、音楽は共有できると思うの?おかしくない笑?

 

意味のないものに意味を与えるのが音楽の楽しみです。

たとえばあなたの子供が、超ヘッタクソな歌や演奏を披露したとしましょう。あなたは「下手だな」と一瞬思っても、それを吹き飛ばしてつい笑顔になってしまうでしょう。

そのときあなたはその「下手さ」を正直に伝えますか?

それとも表情がいい、とか、元気がいい、とか良いところの印象を述べますか?

その感情は音楽の良し悪しが生み出したのではなく、相手の行為全体が、あなたに与えた印象からあなたが感じたい感情が作り出した結果です。

それを感じてそれを表現するのが不定調性論的な音楽思考です。

これを行うには愛と勇気が必要です笑。

 

波の音、風の音、虫の音、猫の声などにあなたが感情豊かに反応するなら、これもまた音に対する"印象"を持った、ということです。

 

非機能進行という用語からの脱却

「機能していない進行」が音楽になるのは変だ、と感じました。
それは「従来であれば機能しないとされた進行が持つ、新たな機能感による進行」です。
そもそも和音の機能も実際に「機能している」のではなく、聴き手の頭の中で機能しているだけであり、教育の賜物です。音楽は人の頭の中に入った時、その人だけのものになっています。

意味不明なノイズでも、現代絵画と一緒に流したら、それは意味を持ちます。

テンポ120の曲を1/4のスピードで聴いたら全く違う音現象になります。その曲を早回しして聴いても、オーディオのデータを眺めて「聴いた」と言ってもいいんです。あなたがそれを望めば。

社会に遠慮してきた自分の思考を解放せよ。です。

犯罪幇助ではないのでそう言う思想とは区別させていただきます。

 

自由に使用してください

こうしたことをなんとなくご理解いただき、あとは自由に「不定調性」という用語を使っていただいて構いません。

巷間で起こる不定調性論に対する齟齬は、私の紹介営業活動不足によるものですので、このブログを通して私の責任で可能な限り解決してまいります。

お互い、自分のやり方を自分のやり方で極めましょう。

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