音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

7thコードはなぜトニックになりうるか(2019)★★★★★

2017.10.18→2019.9.21更新

この問題は、
I7ーV7ーI7
において
「なぜI7で、人はトニック感を感じるか」という問いです。
こういう風に唐突に人に聞かれたら、皆さんは何と答えるのでしょう。不定調性論は答えを持っています。

 


「ブルース7th」と言われるこのI7、ブルース楽曲においてI度の位置にくる和音がI7とされ、それが伝統となりジャズとなり、ロックとなり、ポップスとなり基本的な和音になっています。


<いくつかの考え方として>
I7の根拠を、
"ひとつの基音の上にはI-III-V-VIIbの自然倍音ができるから、本当のトニックはI7である"
とか言っちゃうこともできるでしょう。でもこの理屈だとV7ーImではなぜ解決感を感じるかということについて答えることができませんから、これについてはそれぞれのケーデンスを説明するそれぞれ別の答えが必要です。答えはたった一つシンプルなものにまとめられなければなりません。


"I7はI△やIM7の変化和音だ"
という見方もあるでしょう。しかしこの意見だと、ではなぜその和音は"理論的に変化"する必要があったのでしょうか。もしそれが変化した理由が、作者の意図によるものだとしたらその変化させようという意図が理論的に必要なものでないとしたら、それはどの程度理論的な枠組みに収められる必要性があるものだといえるのでしょう。

ただの作者の気まぐれ?と言ってはいけないのでしょうか?

いや、もしそれを言ったら理論は枠組みを失います。

(ビートルズ研究では、ギターでの同じコードフォームをスライドさせることからできる進行感の拡張、と解説したりしましたね)。

変化が慣習に従った気まぐれなら、IM7(b5)がトニックになる音楽があってもいいんじゃない?またはI6sus4も極端な話、変化和音じゃない?

私はV7→I6sus4で解決感を感じるけど、これはなぜ?私が人とは違っている変わり者だから?これ、ほぼV7→IV9/Iに等しいんだけどね。


そして、

いやいや7thコードには解決感が伝統的に確立されてるけど、お前の言うIM7(b5)はそこまで認知されてないから、あるとは言い切れないんじゃん?

とかっていう話になります。


じゃあ、今は認知されていないとして、未来永劫認知されえない、と誰が断言できるでしょう?ここで音楽理論論争は自然消滅してしまいます。気が付くんです。

「あ、これ自分、ただ言い争いたいだけだ」って。

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<より音楽現場的な考え方を作りたい>

歴史がどうこう、理論がどうこう、を現場で議論している余裕などありません。

「今、この瞬間、この音楽はどうなのだ」という問題を討議できるような方法論を学習の現場でも並行して学ぶべきなのです。

「○○○○年にモーツァルトが使った手法」だから、今この音楽にも使える、なんていうことは最新の現場ではどうでもいいのです。それでなくても10秒幾ら、ってスタジオ代が掛かっているんです。もっとスマートな議論が展開できる方法論はないのでしょうか。

話を元に戻しましょう。

ここからが不定調性論になります。


この解決感がある理由に悩む人はまず、
V7ーI
はなぜ解決感を感じるのか、ということの答えを真剣に考えてみてください。

これは答えられますか?

あなたはこれを、トライトーンの半音解決で説明します??それとも自然倍音の発生と基音への帰結から説明しますか?それとも機能和声論の伝統理論から説明しますか?
とにかくある程度は音楽を勉強したことのある人なら答えられると思います。

 
それでは次の進行はどうでしょう。
V7ーImや、IVーIやIVmーI、VIbーVIIbーIm
に解決感を感じるのはなぜ?でしょうか。それぞれのIやImにあなたは解決感を感じますか?それはなぜですか?先ほどと同じ理由で説明できますか?

V7ーImは自然倍音で説明できますか?トライトーンの解決で本当に説明できるのでしょうか。
IVーIとかIVmーIにはトライトーンもないのに解決感があると思います。なぜでしょう?


VIbーVIIbーImなんてV度進行もしてません。でも私はこのImのところで「キマった」感を覚えます。なぜでしょう?

同じ一つの答えの仕方でこれらが解決する理由を説明してください。それぞれに異なる注釈や例外など付けないようにして説明してみてください。

     


さらに!
IVーVIIbーIはどうでしょう。
VIIbはIIIbに行くべきところなぜ、誰の意図によってIに行ったんですか。
誰の指示ですか。

理論的必然性や権力者からの命令でないとしたら、VIIbは曲の中のどんな因子がIIIbに行かねばならない理論的伝統性に反してIにいかせたのですか?

もしその曲を作っているのがあなたじゃなくて他の人だったら、そのアレンジの結果は万人において同じになるでしょうか?


では、IーIV#ーIはどうでしょう?
この進行感にニルヴァーナっぽい解決感を感じる私はおかしいですか?

そこで不定調性論、という脳のプラグインが必要になってきます。
不定調性論は伝統的思想や発想をまず「良し」としながらも、本当のあなたは今どんな印象をその音楽に抱いているか、をど真ん中に確立させることができます。

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この問題をもっと広げましょう。


犬や猫はこれらのケーデンスを感じていますか?人の脳だけの機能に属する問題なら、脳の機能を解明しないといけません。あなたの音楽人生はそこでストップするでしょう。研究とは生半可な仕事ではありません。

 

<結論>

簡単ですね。
"自分がそう思ったのなら、今はそう思うのが自然"

自分はI7に行ったとき、この和音の進行感に「トニックさ」「終止和音の感じ」「カッコよくキマった感じ」を覚える、という感覚を自分に認めてあげればいい、というだけです。殴られそうになったらとっさによけるでしょ?「なぜおれは今よけようと思ってるんだろう」とか考えないでしょ!?人が感じることは思考より先に来ます。

 

その他の和音進行も同じです。あなたがそう感じたから。

、、とするのが不定調性論です。

 

トライトーンが解決しなくてもあなたは進行感を感じるはずです。

そういう音楽をずっと聞いてきたからそういうあなたが出来ただけです。

 

「なぜ自分はそれを感じるのか」というのは今まさに研究が続いている分野です。だからその「なぜ」はこれから音楽以外の分野も含めた、「意識学」「脳科学」で解明されるのを待つしかありません。

しかしその仕組みがわからなくとも「そう思った」のはあなた自身であり、それは理由なくして活用できます。人生の積み重ねの結果、あなたが自我を作ったんです。他人に同意を得る必要はありません。


自分に自分を認めてやる、最初、これは恐怖です。勇気がいります。ゆえにそれを認めず、何か根拠を探したがるのだと思います。

音楽理論がそうした根拠のための学問に利用されていることは悲しことです。

 

「なんでI7ってトニックになるんだろうねえ」
という質問が、ちょっとずれた聞き方だと思います。

「俺あの娘が好みのタイプなんだけど、なんでだろうねぇ」

と聞いているようなものです。そして答えるほうも

「そりゃ、あの娘は、ハリウッド女優だから、スタイルもしぐさも魅力的だからさ、誰の眼にも好みに見えちまうのさ」

と答えるので、なるほどねぇ、じゃあ俺の責任じゃねえや。忘れよう。

 

で、ぱっと好みを忘れられれば良いのですが。

 

結局は、

「お前がそう考える理由なんてオレには分からんよ」

となります。

「おれはイイと思うんだけど、理論書にはダメ、って書いてあるから、俺この方法せっかくだけどやめるわ」

なんて思わなくていいんです、本当はww。

 

どうしても自分が良いと思うなら、悔いなく使ってみればいい。そしてさんざんこき下ろされてみて、がっかりして音楽辞めたくなったらそれでいいし、何くそ!って思えばもっとたくさん勉強するし、もっと良いものができます。どっちを選んでも良いのです。諦めるのも、頑張るのも理論のせいではなく、あなたの責任のもとにある話です。

 

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猫ちゃんがケーデンスを感じない理由は、「ああ、きっと猫は何も感じないんだろうなぁ」と感じることで済むわけです。本当にそうかどうは誰も分かりません。人間よりすぐれた感覚だって持っている彼らです。別の何かを聴いているかもしれませんよ。


また、こうした和声の進行感を理解できない人に出会っても、もはやその人が勉強不足とか、才能不足とは思わないでしょう。「その人は感じない」だけであって、もっとその他の感覚が研ぎ澄まされて、生き方をそちらに向けているのだ、と「理解」できるでしょう。
ビートルズを万人が好きにならないのと同じです。

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まず、素直にあなた自身がどう感じるか、その音はどんな感情か、その音はどんな展開を待っているか、その音とあなたとの間で決めていく、そうすれば次のステージはすぐそこにあります。

 

特に若い方、これからを背負って生きていかれる皆様、とにかく自分の感覚を研ぎ澄ませてください。教科書は勉強のためではなく、自分の感覚を研ぎ澄ますために読んでください。

 

7thコードがトニックになる理由、ではなくあなたが7thコードをトニックだと感じるのなら、それを信じていけばいい、となります。

だから現場でも一番偉い人、一番責任がある人、の感性に譲って、その人が「それで行こう!」ということを信じればいいだけです。またそう信じられるカリスマと出会ってください。見つけてください。

 

そして、この感覚は絶えず変わっていきます。あなたが進化すればこの感覚も変わっていきます。今の定義は明日の定義ではない可能性があります。

矛盾が起きます。その「矛盾をバランスで理解する」のが不定調性論の主たる目的です。相対主義ではありません。矛盾を認めるんですから。

I7は、今の自分にはガッツリ解決するトニックだ!

と感じることをみとめる、だけです。でもそれができるのはぶっ飛んだヤツだけなんですよね。だから音楽理論というのがあるわけです。これらの位置関係をしっかり把握していきましょう。

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