音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

下方倍音列について_その2★★★★

2017.10.15→2019.9.23更新

その1からの続きです。

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計算で出した値を、この数値によって割り振っていきます。
割り算と掛け算を駆使します。

   

たとえば2016年でしたら、c3の2016倍音が何の音になるか割り出してみましょう。

c3は261.6256として、

261.6256×2016=527437.2096
ですから、これを2でひたすら割って行って(2の倍数で割ると早いのですが,,,)上記の表のどの範囲に収まるかを見当します。
527437.2096÷2=263718.6048、、ふう。きりがないので、一気に64で割ってみましょうか。
263718.6048÷64=4120.6032、、まだまだ更に8でも割ってみましょうか。
4120.6032÷8=515.0754
この数値と表を見比べると、この音はbとcの間の音、となります。

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で、間を省略して、これらの整数倍の基音に対する共鳴振動数の音が何の音高になるか、というのをまとめたのが、自然倍音列の表になるわけです。よく楽典等の最初にでてきますね。

1=C1=基音、2=C2、3=G2、4=C3、5=E3、6=G3、7=Bb3、8=C4

本来音高は1違っても数学的には違う音の種類です。
しかし平均律は、先に述べたように、枠でくくって(この「音程を枠でくくる」発想は"ピッチクラス"という考え方に展開できます)、音名を定めたので、先の2016倍ではありませんが、どうしても近似値で音名を当て込み振り分けなければならなくなります。

よって自然の音概念に近づいた音高で音楽をやろう、と、
cとc#の間をもっと細かく分けたのが微分音の考え方も生まれるわけです。微分音の研究をされている清川さん(音理研で何度かご一緒しました)のページです。

sites.google.com

よく七倍音は近似値である、と言いますが、厳密に言えば、2倍音、4倍音、8倍音、という2の累乗倍以外の倍音は実は全部近似値です。近似の度合いを個人の常識の範囲で、それを近似とするか、しないかを判断しているにすぎません。

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<下方倍音列って何?>
この逆の下方倍音列は、整数の逆数倍で現れる、と濱瀬先生の著書『ブルーノートと調性』等を筆頭に知られています。そこからの音楽的考察の発想に魅了されない人が果たしているのでしょうか。何よりジャズというジャンルからポピュラーミュージックに最も近いところで、この概念を用いて読む者の想像力を刺激した、という点においてこれほどの力を持ったパワーブックは後にも先にもないように思っています。

私は三冊買いました。全部ボロボロになり、先日四冊目を買ってスクールに飾ってあります(「パーカー技法」と一緒に!)。

 

不定調性論は、基音が上部に現れるというところから発想を分岐して和声論を導いていますので、同書から生まれた方法論ではありますが、双方は異なる方法論と思って頂ければ幸いです。
(またさらに専門的な学習を希望される方は、長く研究職に就いておられる方の最新の論文等をご参考に、または必ず直接指導を仰いでください。)

  

ブルーノートと調性 インプロヴィゼーションと作曲のための基礎理論(CD付)

さっき2で割ったりしましたね。あれが下方倍音の計算方法です。
c3=261.6256の1/2倍音は、
261.6256÷2=130.8128
となります。
1/3倍音は、87.20853...となります。どんどん低くなっていくのですから、いずれは1以下の振動数になり、無音=無振動に限りなく近づきます。逆に上方倍音列は、どこまでも計算できます。

ここでは仮にC4=1としてみましょう。今度は割っていきます。そして同様に2で掛けていったりしながら先の表に該当する音名を割り当てます。

1=C4、1/2=C3、1/3=F2、1/4=C2、1/5=Ab1、1/6=F1、1/7=D1、1/8=C1

この音集合が自然倍音列に模した下方倍音列、です。

単純にある数を割って、割って、該当する音名を振って、表にしたものです。
この下方倍音は、自然現象として認知する、というよりも、数学的に、音楽的に活用する、というふうにしてわり切られたほうが(少なくとも音楽をやられる皆様は)良いと思います。

なぜ下方倍音が存在しているか否かを問われるか、というと、機能和声論が自然倍音の自然発生性を重視しているからです。
でも音楽は、あなたが楽器を弾いた音がすべてです。実際に聞こえようが、聞こえまいが、結果としてあなたの聴覚を通り、脳で認識された状態が全てです。そしてそこには個人差があり、「絶対にこの音こそが美しい」という主張は、それに同意する人以外には通じません。そしてこの同意は簡単に翻ります。

ゆえに、音を出さずして音を判断するのは、あくまで単純な議論や、準備、リハーサル、レコーディングの範囲においてのみであり、「絶対にこうだ!!」と決められないからこそ音楽がここまで先進な時代になってもいろいろな意味で「信じられている」のだと思います。

 

「ほら!これが理論的に正しい音だよ!」って宣言しても「そんなの、理屈では正しい音なのかもしれないけど、今の俺にはダサい音にしか聞こえないけど」と宣言する権利を市民は勝ちえたのです笑。

これはとても大切な事だと思います。

 

そしてこの嗜好の自由がより容認される方法論の一つとして不定調性論があると思っていただければ幸いです。信じた音を出し、信じる音が出せるように、勉強・練習・切磋琢磨するための発想です。

 

もちろん、そこから売れるために、とか、素晴らしい作品に、とか当然考えていくの人の性です。でもそれを考えて音楽に臨める状態、というのはある種幸福だと思います。

拙論や当ブログは、その前の段階にいる人を何とかサポートしたいです。

自分が何をやりたいのか、どうやって食べていきたいのかをまだ見つかっていない人のための様々な思考のツールが用意されています。

 

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下方倍音列の素材としての利用もこれにより可能になります。
詳しくは別途記事をご参照ください。

以下は独自論を含みます。
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その3へ続きます。

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