音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

名曲「イエスタデイ」のモードの話〜ビートルズ楽曲topic★★★

ほぼ全曲ビートルズのコード進行不定調性考察 アルバム「Help!」4

9、夢の人 -


I've Just Seen A Face


この曲は、V→IV→Iを持つ曲です。

   

 

A | A/G# |F#m | F#m/E |
D |D E |A |
A | A/G# |F#m | F#m/E |
D |D E |A |
E |D |A D |A |

 

カントリー調の曲想。
サビの部分「E-D-A-D-A」において、IV-Iの終止がみられます(D-A)。
いわゆるアーメン終止だからといって、アーメン終止独特のサブドミナント終止感という印象はあんまりないと思います。つまり「これはサブドミナント終止です」と分析される進行とはちょっと違う感じがしませんか?
という問いかけです。でも、通常、これはIV-I、と分析するでしょう?

よく考えてください。それでこの音楽の何が分かったのでしょうか?

例えていうなら、「昨日見た女性はね、顔の部分に目と鼻があって、その下に口があったのだよ。まあこの辺は無難だな。しかし髪の毛が赤みを帯びていた。スタイルから言ってもセオリー通りと言えないことはないが。いやあ、他の人と同じような感じだが一部は変化があって素晴らしい。」

こんな感想言う人いませんよね。でもコード進行分析とは、このように、見た目をそのまんま述べているだけにすぎません。

 

最近はだいぶ不定調性的な「自己の感覚に照らし音楽の展開を自分なりに理解し、主張する」方法論がいろいろなブログや一般書籍でも見られるようになったと思います。全てとは言いませんが、M-Bank関連の方や、SNSでの関係者関連からの展開であったりします。

 

でもそれって、本来普通じゃね?

レストランでカレー食べて、誰かの分析を引用してブログで語る奴なんていません。

情報ブログなら、勝手に自分の感想を言うだけでは芸がないから、セオリーと不定調性的思想をミックスしてちゃんと自分が納得する形で分析する、みたいなスタイルだと思いまう。

問題はその後「分析できたからってそのレベルの曲が作れるわけではない」という問題です。これは逆に言えば、

「分析できてしまうと『ああ、こんなすごい曲自分は無理だな』と潜在意識が思ってしまうので出来ない」ということへの理解が大切です。

潜在意識との関連については、このブログでも相当抉ってます。

だからこんな風に自分に思わせない積極的な音楽解釈が必要です。

自分を進化させるような感じ方、をしたいですよね。

 =====

話が飛びました。

つまり、ここでのIV→Iはあなたにとって何か?を考えなければならないわけです。

あなたの中にある感覚、思想、経験、知識に基づいて判断すればよいです。そしてその判断はこれからも進化しますし、一回分析して「はい次」と行くのではなく、またこの曲に戻って聴くことで、音楽はさらにいろいろなことを教えてくれます。

難しい知識や背伸びもいらず、かつ謙虚になれます笑。

 

わたしにはこのDが、EのVIIbに感じます。つまりVIIbで強烈な乾燥した移動感をともなう「ぎゅいん!」といったコード連鎖に感じるのです。だからこれを見ると、

「なるほど、必要ない、と思えたところでも一瞬だけ別のコードを挟むことで、こんなに曲がダイナミックになるのか」とか学んじゃうわけです。

もちろん「機能和声をやっていたらそれは学べない」とは申しません。通例の学習でこれがちゃんとできる人は、もともと不定調性的感覚をお持ちか、先生が良かったか、です。

 

さて、

「あなたの知り合いのU子さんてどんな女性ですか?」

と聞かれたら、改めて、なんて答えますか?

=====

じゃあ 

「『夢の人』ってビートルズの曲、どんな曲?」

って聞かれた時、コードアナライズの結果を話してもしょうがないでしょう?

「ああ、ぼくにとっては画期的だったよ。ぼくは作曲が趣味だから、カントリー風な曲作りたいときは、もろカントリーにいくんじゃなくて、『夢の人』を一回弾くんだ。それから作曲に取り組むと結構イメージに近いものができるんだ。」

とか、そういうプライベートな答えで良いと思います。なぜなら、

「何年の作品で、どんなアルバムに入っていて、世間的評価はどんな感じで、偉い人は何何々って言ってて、ポール自身は〇〇〇て言ってる」みたいなことはwikipediaに書かれているからです。コードアナライズも調べればインターネットに載っているでしょう。

それは誰でもわかることです。

自分が納得する答えや学びは自分でしか考えつきません。そしてそれが最も大切です。

 

     

10、イエスタデイ - Yesterday
オリジナルキーはFです、、曲を聴くと分析するのがいつも馬鹿らしくなる普遍的なポップソング。


The Beatles Yesterday (Original)

この曲のポイントは、なんといっても歌い出しのI-VIIm7のリディアン的進行とメロディックマイナー、そしてエンディングラインです。


通常はVIIはVIIm7ではなく、VIIm7(b5)にならないといけません。

G |F#m7 B7 |Em Em/D |C D7 |
G |Em7 A7 |C G |

最初のF#mです。これを、
例;G |F#m7(b5) B7 |Em~
が"正しい機能和声解釈"です。でもこれだとメロディと合わないんですね。
ポールは完全にF#m7で合うメロディを作っています。時々ポールが使うクセ進行です。

 

メロディラインも「メロディックマイナースケール」で最初の部分ができています。通常の短音階ではないんですね。
"yesterday all my trouble seemed so~"
のmyとtroubleの音に#がついて、c#とd#になっているんです。そうすることによって母体となる音階が、
e-f#-g#-a-b-c#-d#
となります。これがEメロディックマイナースケールです。


この曲はGメジャー/Eマイナーですから、本来なら
(Gメジャースケール)g-a-b-c-d-e-f#-g
(Eマイナースケール)e-f#-g-a-b-c-d-e
となっていないといけないところが、上記のように変化しています。


でも別にメロディックマイナースケールを使おうとしたのではなかったかもしれません。

 

m7を使っても、これは理論的にヘン、なんていう感覚ではなく、ふっと出てきた流れで、なんかイイカンジだな、ナンカコレ使えないかな、というクリエイティビティですね。

ポールはこのVIIm7、クセで時折使ってます。

 

また「リディアン進行」と言われる所以ですが、リディアンモードの七つのコードは、
IM7-II7-IIIm7-IV#m7(b5)-VM7-VIIm7-VIIm7
となり、IM7とVIIm7がでてきます。これがI-VIIm7とリンクするわけです。他のモードも調べてみて頂くと分かりますが、IM7とVIIm7を持つのは汎用的なモードではリディアンだけです。

これによって、IM7→VIIm7はリディアンの特性進行だ!、と考えることができます。

結果使用できるモードもリディアンになります。
Gリディアンは、
g-a-b-c#-d-e-f#-g
です。
G=g,b,d
F#m7=f#,a,c#,e
これでGリディアンが成立してしまうんですね。

もちろんリディアンがどうこう、とか分かってもなんの足しにもなりません。

ビートルズが使った手法だ、と自慢する以外特に役に立ちません。作曲時にこのことをいくら知っていてもあまり役に立たないでしょう。大事なのはそういうことではなく、

「こうした手法がある、と普段知っておくことで、作曲時に脳が使いどころを自動的に探してくれる」

です。

 

自分はビートルズみたいになれない、と潜在意識が思ったとたん、そうはなれません。せっかく音楽をやる時間に恵まれたのですから、シンプルに音楽を謳歌すればよいと思います。

 

鍛えるべきは感受性であり、普段音楽を聴いたら、あ、今の良いなぁ〇〇の時のこういうときに使えるな、あ、今のやつは自分は使わないなぁ、とかはっきり“判断”する癖をつければ、自ずと自分がどんな好みかはっきりします。

 

展開部
B7sus4 B7 |Em D C Em |Am6 D7 |G |
B7sus4 B7 |Em D C Em |Am6 D7 |G |

ここではAm6が良く取り上げられます。
演奏はAmでも良いのですが、メロディがナチュラル6thの音を用いています。
ここは不定調性的には、C(#11)でもF#m7(b5)でも良いです。

m6のサウンドって、どう覚えれば良いですか?という時にもyesterdayは活用できますね。
なんとも、取り戻せない昨日感、やるせない今日感、変わりないだろう明日感がこの6thのサウンド周辺にちゃんと出ていてインスピレーションをえぐられるアヴォイドノートの使用ですね。


このAmにおける六度音も、メロディックマイナーに内在しています。

本来はAmの三度cとトライトーンになり、ドミナントの響きを与えることからAmのトニックとしての響きを本来阻害する音なのでアヴォイドされないといけない、と考えることもできますが、メロディックマイナーは昔から使われていますし、この切ない感じは不協和というよりも切実な傷心というイメージが湧き、アヴォイド感が逆に効果的になっています。

この曲では冒頭にメロディックマイナーの旋律が出てきますので、ここでのm6はとても説得力を持ちます。この辺りのバランスや、繊細な音利用の感じ全体を眺めても、ポール・マッカートニーという人の凄さ、というか、イケイケだったんだろうな、みたいに感じます。

あなただってそこに行けます。あなたが可能性を自分で遮断しなければ。

普段楽器を弾いたとき、

あぁこんな音使ってるようだからいつまでも自分ダメなんだよなぁ

と思うか、

やべーこの音最高。よく知らんけど最高。今日は不定調性感を取る!

と思うかでだいぶ楽しさが違うと思います。その感覚を覚えてもらうのがレッスンです。勉強は売れてからしても遅くありません。勉強させよう、というのはビジネスですから、「このツボ買うと幸福になれます」と全く同じです。これはタブーです。本来の勉強とビジネスの勉強が巧み濁っちゃいなっています。それはこの世界にいるのでよくわかります。だからできる限りビジネスではない、サービスとしてのレッスンに対価を感じていただけるように提供してまいりたいです。

 

似た例で除外されている例は、IIm7のviです。これは逆にIIm6がトニックマイナー6thの響きを持ちすぎる、として基本アヴォイドです。いろいろ理屈を優先させようとすると、面倒ですよね。理論は創る人の個性やイレギュラーなケースまでを考えていないからです。不定調性論はそこに独自の「余地」をつくることで、100年後どんな音楽手法が来ても、不定調性論で把握ができるように作っています(と努力してます汗)。

「理論を覚えた後、全てを忘れろ」といいますが、その忘れ方の教授法の一つが不定調性論です。

 


エンディング


G A7 |C G |

このA7はドッペルドミナントです。II7です。
これを、
例;G Am |C G |
としてみてください。これでも歌えますが、A7にした方がお洒落になりますよね。
これぞドッペルドミナント!という印象です。ちょっとアゲアゲになる雰囲気(Amより躍進感がある)が独特な魅力です。

しかしこのA7はドッペルの役割を果たしていません。
VであるDにいかず、IVであるCにいくからです。しかし
例;G A7 |D G |
これでは、「あの美しいエンディング」にはなりません(ビートルズを子供の頃聞き込んでいた人にとっては、です)。

なのでII7の使い方、というときの一つの用例としてこの進行を紹介することもできます。つまり

「II7はドッペルドミナントとかそういう汎用的なものだ、なんて先入観を持って使ってはいけない。」

という事例として、です。

潜在意識は怖いですよ。「こうあるべき」と思っていると、そういう曲しかできないですから。ビートルズの曲はどれも自由です。「芸術作品精製心理学」というのが無いのがいたたまれます。