音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

和音の印象と進行感について考える~独自感覚の再起動

2017.9.13-2019.9.9更新

われわれは感覚が不完全なので真実を判断することができない

-Anaxagoras  c. 510 – c. 428 BC-

 

感覚の能力は、万人に共通でもなく、同じ人の中でも常に同じではないのである

人は真実を求めようとするが、それゆえに、変わりやすい判断をたよりにするしかないのである

-Anicius Manlius Severinus Boëthius c.480–524 AD-

音楽の心理学 ダイアン・ドイチェ著、寺西立年/大串健吾/宮崎謙一監訳 西村書店上巻 序文より

古代ギリシャから、人が不完全な判断しかできないことが嘆かれています。

何千年も経って、果たして人はちゃんと判断できるようになれたのでしょうか。

 

ちゃんと自分で判断できているかなんて、私はわかりません。

教科書に「私がどうすればいいか」の答えは書かれてありませんでしたい。

だから今は「自分の行動に責任を取る」ことを信条にすればいいのかな、と考えています。

 

あとは自分で判断することを恐れないで突き進むしかありません。

まずは「自分がどう感じているかを把握すること」です。

あなたは周囲と同じやり方や考え方に我慢してあわせたりしませんでしたか?

誰もが音楽を聴いて背筋がゾクッとするわけではありません(または脳の特殊構造?)。

 

私の例を書きますので、あとはみなさん自身のやり方に落とし込んでみてください。

 

作曲しているときと、方法論を考えているときは脳の状態は全く違う感じを覚えていました。

「理論的に考えていたら曲はできない」

と思ってしまったんです。だから作曲しているときの脳でも扱える方法論が必要だと思い至りました。

「音の印象を自分の言葉感で語ることで理解・展開する」というやり方を不定調性論は提唱してきました。音楽理論研究会などでも発表してまいりました。

www.youtube.com

こちらの動画で、実際に作っている感じも出せるようになりました。

=====

重要だと思うことを書きます。

・あなたが聴いた感覚をあなた以外とリアルタイムで完全に共有できる人はいない。

・和音に進行感があるのは、和音が内部でそう感じるような動きをしているのではなく、あなたがその和声の動きに対して、そう感じているだけに過ぎない。 

 

音楽の分析時はまた違う脳の部位がはたらきます。詳しくはこちらのシリーズを。

作曲時に、論理よりも「脳」というスーパーコンピューターが持つ機能を起動させるような方法論はできないだろうか?と考えました。

例えば、フェスで盛り上がってモッシュ状態にいるお客さんは和音の声部の動きを分析的に感じてはいないでしょう(推測)。もっとエキサイティングな音の動きを抽象的にとらえ、体が先に動いている(音の律動に反応する脳機能があることは証明されている)、とするなら、そのありのままのモッシュ感覚を体感/分析できる方法のほうが実感に近い分析、といえます。

 

作曲家も、このシンセの音色がエキサイティングだ!とか、このビートは腹にくる!とか、そういうことを感じて音楽を作る時があります。

理屈ではなく、そういう雰囲気がお客さんを盛り上げることを直観的に知るから、その音を使うわけです(この音への翻訳作業をも才能ではありますが)。

 

頭の中で理屈や根拠を起動させるのではなく、頭の中でお客さんと一体化してモッシュしている感覚を思い出した時に・・・それに乗じて旋律が思い浮かぶような作曲感覚が欲しい、を具体化したかったわけです。

 

=====

長い前置きでした。

 

音楽に対する感覚は、自分だけのものです。

 

最初は受け入れるのは難しいです。

30人いて自分の感覚だけがその他全員と違っていても、自分の感覚を信じることが出来ますか?

 

初期学習時は「音楽の価値観」を他者から学習します(学校音楽)。

しかしあなたが好きと思える音楽は、母親の胎内にいる頃から音を感じ、細胞にその音を刻みながら形成されています。

不定調性論はあなたに残る"あなた自身"をもう一度揺り起こすための方法論です。

 

あなたと他者と全てが同じのはずがありません。

でも普段はなぜか「共感」を探して求めてしまいます。

だから自分で自己を確立するのは勇気が要るんですね。

 

自分にとって不定調性論的思考の発見は奇跡でした。

こんなに音楽って楽しくて、やり易いんだ!!!

って今も思います。

   

 

早速その感覚を感じてみましょう。

和音の印象を創造してみる

CM7


この和音、単品で弾くと、どんなイメージを感じますか?

下記は私が考えた印象ですが、
「さわやか」「洗練的」「都会的」「すずやか」「さみしげ」「白色的」

音楽的感性のある方は、いろいろなクオリアを感じると思います。

このように音現象がなんらかの言語的表現になるきっかけとなる心象を「音楽的なクオリア」と言います(拙論的表現)。不定調性論は音楽学習の前にこの音楽的なクオリアの表現力を鍛えていきます。こうやって音の意味を把握できれば、続く和音も、その印象だけで展開できます。機能や調の知識がいらなくなります。

最初じゃこの回路が曖昧なので普段から「自分が感じた印象を言葉にする」「自分が感じたイメージに浸ってみる」「ふと浮かぶ感覚を捉えて脳内で追求してみる」ということを習慣にします。数ヶ月もするとそういう脳回路が出来上がり、音に対しての自分なりの印象を持てるようになります(個人差あります)。


では、

CM7 |AbM7 |EbM7 |GM7 |

rechord.cc(↑こちらで音が聴けます)

(もし速い!という場合は、

f:id:terraxart:20190920192853p:plain

リンク先の操作画面で、テンポ数を下げて聴いてみてください。上の「piano」のところで音色とかも変えられるよ!セルフサービスですみません。)

というコードの流れには、どんな"感じ"を得ますか?

「うーん、微妙だなあ、別に何も感じないね」

でしょうか(最初はそうかも)。それとも

「あぁ、これは春のさわやかな風だね」

とぱっと印象が決められるでしょうか。

不定調性論は、より後者のような人のためにある方法論です。

これは最初は、無理くり感じようとしないとなかなか出てきません。逆にこれが出来れば、街のノイズにさえ「郷愁」を感じてしまうことができます。そしてそれを音楽に使おう、というアイディアになります。音楽的素養の完成です。

 

普段は「自分が学んだ美意識は、世に言う美しい音楽でこそ感じるべきものだ」というフィルターを作らされているので、ノイズから美しさなど感じる必要はない、と勝手に決め込んでいるので感じないだけです。

 


Cm7

これはどうでしょう。先のCM7と比べると、
「さみしげ」「だんまり」「ひとり」「すきま風」「秋」
ちょっと淋しいイメージが多いでしょうか。CM7でもさびしげ、という言葉が出ているのが面白いです。CM7は「寂しげ」で、Cm7は「淋しげ」でしょうか。

 

何でも感じたままを書いてみたりしてください。「真夏!」って思う人がいてもいいと思います。サーフミュージックではテレキャスギターでCmガギョーン!で常夏!でしたしね。

 

しかし、これを並べると、

Cm7--Ebm7--Bm7--C#m7→最後にもう一回Cm7 

rechord.cc


どうでしょう。音楽的クオリアが進化すると、淋しい、というわかりやすい感覚よよりも「淡々とした冷静さ」とか「面倒くさい焦り」とか、より具体的な感覚の混じった状態になる方もおられるでしょう。

まず何より悲しさとかは無くなります。というか変質します。

脳は人が思う以上に複雑な反応を示しているのだと思います。

もちろん最初は言葉にできなくても具体的になんらかのクオリア=質感、を強く感じればOKです。それが先々「音楽する動機」となります。

まず音を聴いて、何かを感じること、それが不定調性論では重要になり、それが個人らしさを生み出します。

私たちは自分の体と脳と意識の機能についてまだ何も知りません。何より他人からあなた自身のことは教わっていないはずです。

あなた自身を知る手掛かりを、こうして外部刺激から生まれる感情を通して"識る"わけです。

トニック、ドミナントという感覚はF.リーマンらが作った独自論の体系の名残りです。 

あなたが伝統理論の全て賛同する必要はなく、そもそも100%の受諾は難しいです。

あなたとリーマンは人種も、生まれた時代も環境も思想も全て異なるからです。

 

     

 

Cm7(11)


いわゆるテンションコードです。テンションと言うとなんだか硬いイメージがしますが、この和音は、大変柔らかいです。
「雨上がり」「静かな午後」「しっとり」「思い過ごし」「忘却的」
とか。

どことなく空虚感がありながらも、暖かい感覚を残してくれると感じます。

m7だから常に暗いんだろう、というのは先入観です。

あなたもあなたなりに感じたことを描いてください。私と違えば違うほど面白いです。
 

Cdim(M7)


クリスタルコードですね。島岡譲先生の門下生の皆様にはおなじみです。ジャジーなサウンドですが、バッハの時代から使われているそうです。
どんなイメージですか?

「近代音楽的」「コンテンポラリージャズ的」「解決しない疑問」「水銀の味」
まさにきらきらとしたクリスタル、ですね。

2014年3月の音楽理論研究会発表では、これを「台座からずれた墓石」という印象を堂々と宣言し、ちょっとへんてこな小楽曲を作りました。当然島岡先生、青木先生以外ちょっと白い目で見られました。

 

 

===

不定調性論では、どんな和音にも、情感を作れる、と考えて積極的に活用します。

近代音楽を作り上げた作曲家が感じていたように。

結果として既存の機能感を一切伴わず、連鎖を作れます。

その代り調からの逸脱がすぐ起きるので、「調性を定めず」という「不定調性」と言う名前がついています。 

具体例は例えばこういう感じです。

www.youtube.com

これは音の流れだけを聴いて作っています。

もちろん直感的にここは◯7だ、IIb7thだ、みたいな感覚が出てきたらそれを採用しています(上記アレンジ解説記事)。

 

普段の音楽のように考えてしまうと、美しいけど自分の響きではありません。

細身のサイズのスタイルの良い服を着ても、あなたの体に合わなければ明日には壊疽しています。

あなたにはあなたに合うサイズがあるはずです。

 

そしてそれが売れる音楽であった人は「あたり!」です。羨ましい!笑。

 

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たとえば、メロディ音にc音があったとしましょう。
そしてそれらのcの音をそれぞれの和音の一番高い音(トップノート)において弾いてみてください。ただあなたはcを弾いていれば良いです。

「ドードードードー」ってずっと同じ音でみて歌ってください。

C△-Cm-Csus4-Caug-Cdim-CM7-Cm7-CmM7-C7-Cm7(b5)-B7(b9)-BbM7(9)-Bbm7(9)-A7(#9)-Am7-AbM7-Ab7-G7sus4-F#M7(#11)-FM7-Fm7-E7(b13)-EbM7(13)-Ebm6-D7-Dm7-C#M7

同じcでもこれだけの音色を背後に備えることができるわけです。

これと同じことが島岡先生の「総合和声」にも載っていた(p464下)ので感銘を受けました。

rechord.cc

 

そうなると、この音楽が示すのは「響きの連鎖」であり「響きが作る言語」です。

そう考えると、一般学習的に分析しようとするのではなく、自分だけの印象や序列を紐解くしか解読の糸口はありません。

 

では

問;「寒々とした灰色の空の湿り気」を和音四つで表現してみてください。

 

どうでしょう。例えば、私なら、


CM7(b5) |Bm7(11) |A7sus4 |Db7(#9) | 

とかかな。

rechord.cc

どう作ったか、というと、最初のCM7(b5)はなんとなく楽器を持って直感的に置いただけです。あとはイメージと照合しながら、CM7(b5)からのヴォイスリーディングを展開しただけです。だから最初の和音は別にこれでなくても良かったんです。

そして、私にとっては和音だけでももう十分に音楽です

 

 

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