2017-09-06→2019-8-26(更新)
大きな商業的成功を収めた二枚目「Nevermind」を題材に、この世界観について考えてみましょう。
先に結論です。
■ビートルズ楽曲には一部怪しい雰囲気を放っていた楽曲群があった。これらの楽曲が持っていた「不可思議さ」「厭世感」「けだるさ」「焦燥感」は、ニルヴァーナの音楽的背景に引き継がれ、カートの人生観によって拡張された。双方に共通するのはメジャートライアド(正確にはニルヴァーナはパワーコード)の自在なギター的活用にある。
■厭世観に特化したようなコード進行を、ビートルズは"サージェントペパーズ"において「不可思議な世界観」「非現実的な空気感」として完成させていた。ニルヴァーナの場合はその程度では飽き足らず、カートが惚れ込んでいたパンク・ロックの響きと融合され、より破滅的な雰囲気の体現に活用し、音楽が表現しうる負の理想郷ともいうべき限界値を一枚のアルバムで作り上げてしまった。
というところでしょうか。
このアルバム、
カート・コバーンが遺した日記、そして遺書。門外不出の資料と、400本以上のインタヴューによりカートの矛盾に満ちた人間像、死の本質的な謎を解き明かす決定的伝記。
結果的にカートは若い死を賜ってしまいましたが、決して希望を捨てていた、とか音楽によって殺されたとか、短絡的に考えず、彼が演じきった”カート・コベイン”の音楽性を創造的に解釈してみましょう。
★なお今回はノーマルチューニングのギターでコピーしています。キー感覚などに差異があるかもしれません。
1曲目"Smells Like Teen Spirit"
このリフはパワーコードで書くと、
F5 Bb5 |Ab5 Db5|
です。F5とはfのパワーコードです。
4弦の音(6弦の音のオクターブ上の音)まで入れる場合があります。
F=Iとすると、Bb=IV、Ab=IIIb、Db=VIbですから、この進行はFメジャーキーとFマイナーキーのダイアトニックを行ったり来たりしている、と考える事もできます。その場合、音楽理論的には、
Fm Bbm |Ab Db |
Fm
Bbm
Ab
Db
と表記する必要があります。。でもこれでこの曲を弾くとちょっと変ですよね。
なんか色がありすぎる、というか、危機感もないし、"ちゃんとしすぎ"ていて、これではパンクではありません。
三度の音は「性格音」と呼ばれます。これらがコードに加わると、コードに性格が現れトレンディードラマの登場人物のように明確なキャラ設定がされてしまいます。
人はもっと意味不明なものです。
パワーコードにはこうした"商業音楽っぽさ"を消す性格があります。
三度を省略するとパワーコードになります。形は皆同じです。
音楽理論もある意味で消滅します。
これでパンクを頭の悪い音楽、という人もいます。
全くそうではありません。
繊細に感じようとしないとパンクは分からないんです。
バッハの音楽と同じです。音だけ眺めていたら16部音符でびっしりになっている"音が多すぎる音楽"にすぎません。
その流れが持つ"テイスト"から喜びや憂いを吸い上げられる人だけが聴ける音楽です。
楽譜の音ではなく、鳴っている音の持っている雰囲気を感じられるかどうかなんです。
この曲の進行は、三度による性格付けを必要としません。
それがなくても四つのコードが言いたいことを感じ取れる人に向けた音楽です。
この世界観はパンクより先にハードロックが表明していましたね。
例えばこれを、
F Bb |Ab Db |
としましょう。すべてメジャーコードとして弾いてみてください。
これを商業的成功につなげたバンドのひとつがビートルズでしょう。
メジャーコードを繋げると全部ビートルズになります。
ギターでいうと、押さえ方がおんなじで、左右にフレットをずらすだけなので"学がなくても"できます。
これは発明だったんです。
これを最初にポピュラー音楽に持って来たのはブルースマンです。
近代和声の時代から考え方自体はありましたが、クラシックの潮流に飲まれて副次的な奇異な手法にとどまっていました。
アフリカンアメリカンが自由の国アメリカで作り出した、教会音楽とアフリカ民族音楽の融合の結果、聞いたこともないブルーなサウンドとなり、そこで生まれた"床屋和声"が全世界に広がるR&Bの大元を作り出していました。奇異な手法という偏見は明らかに無くなります。これはアフリカ民族のセンスの良さ、芸術性の高さというほかありません。
考えてみてください、もし奴隷としてアメリカに入った民族が日本民族だったら果たしてどんな音楽が当時生まれていたでしょう。
このリフの長三和音による、ポップスっぽさを打ち消しているのが、F→Bb→Abという長二度、短三度を含んだ移動です。
これもビートルズをはじめR&Bミュージシャンが活用した平行移動による進行です。
C |Eb |F |G Ab |
という和声進行に、皆さんはどんな雰囲気を感じますか?
疾走感ですか?
堂々さですか?
ロック的な感じ、ですか?
カートはこうした進行が「カッコ良さ」とか「行き詰まった感じ」とか「もうどうでもいいや的な退廃感」などと、自分が日頃感じている言葉にできない感情感を表現できる、と感じていたから用いたのではないか、と、ここで推測してみましょう。
これは共感覚的知覚です。
音と感情を強烈にリンクさせることができなければこれから記事で示すようなコード進行を"採用"しようと思わないでしょう。音が感情とリンクしているのは脳科学が証明してくれます。
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前置きが長くなりました。
今からその他の12曲を見ていくわけですが、リフが示す切実なまでのその不安定な退廃感はとても長く聴いていられるようなものではなく強烈です。
どこか人のあきらめ、不満、焦りを延々聞かされているような心持ちになります。
(ならない人もいます)
「人生をリセットしたい」という厭世観をどうやってサウンドにするか、を不幸にも実現できてしまった男。カート・コベイン、27才、ショットガンで自殺(1994)。
このアルバム、13曲ありますが、音楽において"暗さ""悲しみ"を象徴するあからさまなマイナーコード(短三和音)はアルバムの最後の曲まで出てきません。
Kurt Cobain - And I Love Her (Official Audio)
ここにカート・コバーンがビートルズを演奏した音源が残っています。
こうした感覚の持ち主が、ちょっと独特なコードのつなぎ方と相まってnevermindは完成するべくして完成したのかもしれません。
その2に続きます。