音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

The Beatles / THIS BOYのアヴォイドの響きから考えること★★★

2017.9.1→2019.8.15(更新)

アヴォイドノートは定義されるまではアヴォイドではなかった。

いきなり不定調性的発想ですみません。

現代はアヴォイドノートは定義されています。

   

しかしもしあなたが聴いて上手く響かなかったら、それは「あなたにとってのアヴォイド」であり、別に他人に伺いを立てることなどないのです。逆もしかりです。

変だな、と思ってもそれは身につけた理論的に発想しているだけであって、それに安住してしまっては「自らの意思」を見失います。あなたが教わった理論は「絶対にあなたがやろうとしているこれからの音楽に100%フィットする」という理由で教えられた、という保証はないんです。知識とあなたは違う存在です。ここを補うのは「修行」しかありません。ルパン一味の石川五右衛門の心持ちで技を磨きましょう。


今日のお題はTHIS BOY、ビートルズです。
使用した楽譜は、
「バンドスコア THE BEATLES COLLECTION Vol.1
1988年出版 第2版 シンコーミュージック刊行」
です。その他の楽譜(コンプリートスコア)も参照したうえで、臨んでいます。

 
まずは下記音源から。

open.spotify.com

使うのは0:10-0:58のいわゆるAセクションのコーラス部分です。
個々の部分のコードをポールのベースラインを基準に割り出すと(スコアも参照したうえで)、
D Bm |Em A |D Bm |Em A |D Bm |Em A |D Bm |Em A |
D Bm |Em A |D Bm |Em A |D Bm |Em A |D Bm |Em A |
D Bm |Em A |D D/A |D7 |
と聴こえました。。一部スコアと違いますが、こう聴こえます。

 

で、ここに三人のハーモニーをテンションとしてまぶすと、
DM7 Bm7 |Em A7(9,11) |DM7 Bm |Em A(9,11) |D Bm |Em7 A7(9,11,13を含有したライン) |D(9,11,13) Bm7 |Em A |
DM7 Bm7 |Em A7(9,11) |DM7 Bm |Em A(9,11) |D Bm |Em7 A7(9,11,13を含有したライン) |D(9,11,13) D/A |D7 |

となります。

これを見ますと、A7(9,11)やA(9,11)、A7時に(9,11,13)を含んだ感じ、そしてDコードで9,11,13と同様なテンションが入った感じが特徴的なハーモニーになっています。

特にDなどは、3rdと4thがぶつからないようにギター演奏になっていると感じます。
ギターのDコードは1弦が3度になるので、1弦は軽く触れる程度でおけば、ぶつかっても些細な感じになります。

コード表記すると、如実にアヴォイドノートが乗っているように見えますが、このコーラスを「綺麗とはいいがたい」という方はほぼおられないでしょう(ビートルズが嫌いな人はこのハーモニーは虫唾が走るかもしれません)。

この曲の冒頭Dの部分ではM7が綺麗にボーカルラインに響きます。
それに対して、後半のD、Aコードの時は11thがキラキラと響きます。本来は不協和になるのですが、ボーカルの11thに対して、ギターの微細に混じる3rdの感じですから、不協和は極力抑えられています。だから全体を通じて、常にキラキラ感のあるようなM7の音程(またはm2の音程)が響いていることになります。
このサウンドこそがThis Boyの"きれいなコーラス"と言われるゆえんではないでしょうか。

そしてその感じを私たちも身につけています。

 

     

 

osusume-beatles.com


コーラスについてのいきさつがこちらにもかかれていたのでリンク張らせてください。

まさかの逸話ですよね。

結果的にテンションが増え、11thのきしみは埋もれることになり、まるでM7thコードのようにm2が響く結果となりました。その響きを「This Boyの11th」と僕らは若かりしころ体に入れることになります。

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セオリーから音楽を教える方法は、だいぶ充実していると思います。そこから

現場に出て「理屈だけではどうにもならない」ことを学びます。

しかしそれって、同時に学べないのでしょうか。

理論の反対側から音楽を学ぶ方法を同時に身につければ「印象力」「対応力」「完成させる力」が早期から身に付くと思うのです。
「さっきの授業ではアヴォイドノートをやったけど、この授業では、それをいかに活用するかを考えてみよう。」というような学習の日々を就学時代に形成するわけです。
 

家を求める前に、野宿すべし

その音楽がどういう表情を持っているか、自分の考えで把握し、そこからどうしたいかの判断材料として、時に理論を用い、時に感性を信じ、発想を一方通行にしないで取り組む、というバランスを保つすべを同時に教えていく必要性を教える現場で日々感じています。

まず方法論に頼らず、自分で考えて実践した結果、理論書に書かれていることに納得がいくのです。

その二つのバランスの必要性を、この二つのM7thのきしみから考えてみましょう、というお題でした。
アヴォイドの概念を受け入れることができるなら、逆に「じゃあ、どんな時に自分にアヴォイドが許容できる体質なんだろう」という事態も考えてみてほしい、という事です。