音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

137,Lemon / 米津玄師(2・「Lemonの"ふぇ"」編)

137,Lemon / 米津玄師

そして核心です。

 

あれは人の声をサンプリングしたものであり自分のなかで重要な音なのだが、それが何故なのかは自分でも分からない
この答えを真に受ける必要はないと思います。動画のほうでは意図的である旨が語られていますね。
 
もともとアートの表現の答えなどないので、本当はこの2行で終えていい話なのですが、表現手法として新しいお題がここに含まれて、一般に賛否両論を巻き起こしたことで、「不協和音」教育=違和感が引き起こす観念の活用についての議論、が再燃し進んでいくであろうと、と考えております。
 
ご本人の言葉を良い意味で無視して、考えてみましょう。批判はありません。
肯定的な話しかしません。
 
0:12ですね。最初に聞いたときは一瞬違和感でした。
でも、あ、このレベルでの違和感をドラマの曲で出せるような時代になったんだ!とも思いました。
 
違和感は義務教育で慣らされた協和音教育の洗脳の賜物かも、です。
でも何度も聞くうちに、これがないと只の普通の名曲で終わり、になっていることがわかります。ご本人のアイデンティティがここにちゃんと出ています。これがないと米津楽曲ではありません(これは言い過ぎですが、賛美として受け止めてください)。
そしてまだこの手の教育が日本で進んでいないので(不定調性論しかこれを説明できる方法論がない-とか言っちゃう奴-)、気になる人全員が半信半疑のままドラマの熱も冷めようとしていきます。だからここに提言しておきましょう。
 
この音は「曲の雰囲気との不協和」ともいえる音ですから、これはこのアーティストがずっとやってきたことです。
その違和感に社会がついていけていません。
なかなか分かりづらい話ですし、感情ですから、ご当人のあのような回答が出くるのは、なんとなくうなずけます。
でも動画文化人のなかでは、いまさら何言ってんの?って言う話です。
 
どんどんやれ!!
みんな分かってるぞ、あなたの音世界!!
 
ですよね。
 
私など凡人だったら、たとえば作曲しているとき、この「ふぇ」音が入ってしまって
「お、いいねえ」
とはおもわず「押す鍵盤間違った」と言ってすぐ削除してしまって曲の雰囲気に合う音にしてしまうでしょう。FX系の音は鍵盤にランダムに並んでいるので、作業のミスでそうした音が入ってしまう時があります。
EDMなどでも変わった音をアクセントで入れるのは習慣ですから、別に不思議はないのですが、これをそこで持ってくるか!っていうとこですよね。
 
だってワタクシなんかは、 
いいメロディできたし!!こんな声ネタ要らねーし!
 
なんて思ってしまうからです。。だから「これ出したらあかん音だろ」みたいに思って消してしまうと思うんです。この時もし「自分のなかで重要な音なのだが、それが何故なのかは自分でも分からない」なんて思えたら、ホント才人ですよ。
動画では、頭の中でこれが鳴っていた、ということなので、これがほんとならもう全然違う次元っす。
 
通例絶対即却下。これが義務教育のせいだ、みたいに思ってしまう心の狭い自分もいるわけです。感性がそこにしっかりあれば関係ないのに自分の無能を、国のせいにしている自分。ダメダメですね。
だから、そこを悔やむより、米津楽曲聞けよ!こんなに自由に新しい融合をやってるじゃないか!ですよね。
 
これ、結婚式と同時に葬式やってるようなもんだぞ!!
 
最高じゃないか。
 
さすがに、一生に一度の結婚式と同時に親戚の葬式やっちゃダメだろ。
 
とかって思うのが、もう洗脳なんですよ。ひょっとすると故人は喜んでるかもしれないじゃん!
我々の世代は、霊柩車が通ると親指を隠す、みたいなことを教えてくれたご老体がいた時代です。でもフリーになって思うことは、ひょっとするとあの人の孫が自分の曲聞いてくれてるかもしれないよな、って思うと、死すら忌避すべきものではなく、全て繋がってる境目のない現実以外の何物でもないんだな、って気が付きます。インターネットの力か。
それが学びによって身に付けるのではなく、元来持っていて表現に活用できる人がいる、ということです。
 
 
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このような自分の作曲時の予期せぬ音(この音は意図的です)がもしあなたの楽曲制作時に生まれたら、立ち止まって聴いてみることをお勧めします。そういう時でしか、過去の自分を越えられないからです。
 
そういう教育はあまりなされていないと思います。
 偶然に起きた事が人生にもたらす意味を探求する素養について、です。
 
でもあなたのパートナーとの出会いは、偶然と言えませんか?
人生の意味のある出来事のなかに偶然であったことはいくつありますか?
 
でもそうした偶然も潜在意識がどこかで求めていれば、そうなる、という風にもう人類はすでに知ってるんです。
 
「求めよ、さらば与えられん」
 
ていう言葉は、何を求めていいか分からなくても、ちゃんと何らかの結果を求めていれば、その過程で必要なことに気がつく、ということを示しています。この言葉、紀元前ぐらいの話です。既に潜在意識がもたらす力について知られていたわけです。
 
だから義務教育のせいとか、国家のせいではなく、自分の感性を、こうした楽曲を聴きながら磨いていくしかありません。
音楽は、国家の教育体系を越えて存在する知恵の宝庫だと思います。だから楽しいし、自由だし、面白いし、やりがいがあるんです。偉そうなこと言ってすみません。でも事実なので。
 
あとは吸収の仕方、鑑賞の仕方、ですよね。それを教えてくれる人にあなたが出会うことを祈ります。で、私は不定調性論、という考え方があれば、自分は何とかなるのかな、とは思っています。勝手な妄想なのかもしれませんが。
 
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でもこの音が入ることで、どんよりとしそうな音空間がドライになります。グーッと入り込みそうな感情を少し冷まして、冷静になれます。感動的な曲になってしまいすぎるのを押さえてくれます。違和感による調和が保たれています。そんな教育受けたことありません。私だけかもしれませんが。hiphopはそういう雰囲気を作ることが上手ですよね。

クラスの中に変な子がいると最初はいじめます(いじめてはいけませんが)。

でもこれからはそれを受け入れて新しいクラスの調和を作ろうとする感性がどんどん育つといいですね。不協和があるのを受け入れる、不具合を受け入れて活用する。改善する。役立たせる。

それ、どうやったらいい??

 

動画では葬式の時に鳴った指笛の話がされていますが、そういうことを美しい、と捉えられる感性がこのかたにあることに注目しましょう。違和感の中に潜んでいる意味を読み解く感性が作り出す美を持つアーティストだってことですよね。

 

たぶん一般的な違和感の例としては、

「もっと他の声ネタ・入れるべき音、があったんじゃねーの?」

って言うことだと思います。この記事ではその点も考慮して書いています。

(ちなみに声ネタ、というのはヒップホップでは「サンプリング」という手法で様々なレコードから短く切り取られた声ネタが使われてきた歴史があります。歌の一節、マーティン・ルーサーキングの言葉、叫び、話し言葉、なんでもありです。そういうサンプル集も売られていますし、打ち込み用のドラムセットのプリセットの中に一つそういったエフェクト音が一つ配置さえている場合もあります。

そこでそれらをあまりにそのまま使うのは芸がないので、楽曲のキーやテンポに合わせて加工したりして使います。だからこの「ふぇ」も元はもっと低い音だったかもしれませんし、別の言葉を切り取ったものかもしれませんし、わざと機種がわかるように、そのまんま使ったりしている場合もあります。でもそれを問いただしたり探るのは意味がありません。ブランコに乗って楽しかったけどブランコを止めてるネジの形がどうしても気になってどこのメーカーか調べるようなものです。それこそ個人が好きにやってみてください。)

 

 

 

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スタンダードジャズを全部三和音で弾いたら、どうなるか知ってますか? 

ダサいです(当社比)。

ジャズっていうスタイルからだけで言うとですよ?

 

又話逸れますが、

このジャズを三和音にして"良い"って思える音楽に作れたらそれはそれで才だと思います。

まあこれが"フォーク"なんですけどね。

フォークはカッコいいでしょ? 日本人の血がたぎる。EDMdeたぎる血っていうのは偽りではないんか、と思うくらい血がたぎる。

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恋愛について。

"要はな、愛する幸せと、愛される幸せのバランスがとれていれば、みんななんともないんだろ?"57分ごろのMCより。

歌もそうだけど、このトークな。。。これに何も感じない日本人がいるのだろうか、と思います。ここが原点、ていうのは変わりたくないなぁ、と密かに思ってます。

良さはそれぞれ、人はそれぞれ頑張っているので、只支えあえばいいじゃん感がフォークにはいつもあるんで。

 

まあそうなるとジャズが追及できなくなるので笑。

音楽の先生になる方以外は、1ジャンルにグッと絞って頂いて全然OKですからね!!

 

"ジャズの違和感"がフォークを作ったんですかね、、、。なんて思います。

 

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ジャズっていうスタイルの中だけで言うと、四和音にして、更にテンションを添えることで、グラデーションが美しく、クラシック音楽にはない調性音楽が生まれます。そして全曲Swingというのも徹底的な違和感の調和を作り上げています。

 

でも、曲がバラードなんだから、テンポ300で「枯葉」やってどうすんだよ、

 て今思う人はいません。ジャズが開発した、違和感をアートに仕上げる歴史がここにあります。そう思う人はポップスやってるはずです。ある意味では優等生。

 

で、四和音も、テンポ300の「枯葉」も違和感が無くなって、フリージャズが生まれ、ある程度体制が破壊されたところで、ロックが出てきて、プログレッシブが出来て、EDMが出てきて、映画のSEができて、リズムも音も混沌としても音楽表現が成り立つ、ということが理解されてきました。アイドルミュージックなんかの良い意味でのしょぼさも、そこい「意義」を与える行動が許されるようになってきた、と考えるべきでしょう。また同時にそれが嫌いな人は、そこを攻撃します。

 

で、次は商業音楽として、もっとも優等生なポップミュージック、Jpopというジャンルの音楽の中でどうやって、そうした違和感を昇華していく表現が出てくるか。という段階まで来ました。

 

それは、でも米津楽曲がやってくれていますよね。

 

不定調性論でも言っていますが「不協和音を感じようと思えば、そこに絵が浮かぶ」人は沢山いると思います。

汚い音でも、あなたの子どもが出した音なら愛らしいでしょう?それを「音楽的に間違った音」なんて思わないでしょう。永遠に記録に残しておきたいじゃないですか。

 

それが人の愛だし。愛というとなんですが、人のクオリアというのは国家が教える教育体系を常に超えて存在する知の資源であると思います。掘っても掘っても枯れない資源みたいなものです。 

だから、あなた自身が何かをやろうと思う時、表現しようと思う時、自分が作ったものを世間の標準的価値観で判断するのではなく、あなたが持って生まれた感性で捉えられたら、それが答えになる、という発想を持って頂きたいです。

 

違和感で立ち止まるな。

 

・・・って、自分にまず言いたい笑。人の事より自分の感性がこういう人たちの曲で磨かれる。磨いて頂いている。

 

それがなぜそこにあるのか、なんで自分はそう思うのかなんて説明できなくていいと思います。何でも解答を出させても意味がありません。ただ感じたことを受け入れる心があればそれだけで良いです。

感じた欲求を形にしてください(アートでは、ですよ。その他は捕まりますからね)

 

もともと人生そのものに意味などないものだし、無理やり意味を付けて遊んでいかないと、本当になんで生きてるんだろう、って毎日思うから仕方なく意味づけているだけです笑。

生命はそれだけなので自分のやりたいことが見つかれば其れに邁進していることで生命は輝くと思いますし他の存在の邪魔にもなりません。

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これはシャネルのCM。BGMが最新のトレンドなのでいつも見ているのですが、皆さんはこの画と音楽、合ってると思いますか?

「シャネルが選んだんだ、ケチはつけないよ」

っておもうのか

「好かん」「別に何でもいいんじゃない?」「口紅がいい」

と思うか、ここに自由があることは分かりますよね。で、その先に行って、じゃあ、あなたが音を付けるならどうするか、を明言できるかがやっぱり洗脳が解かれた表現能力だと思います。「自分なんかがやるのは恐れ多い」なんて思う必要はありません。そんなこと考えるだけ無駄です。

 

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綺麗な曲ですよね。これは非の打ち所がない、って感じると思います。

でも一歩斜めに行って

「ちょっとバスドラ重くない?」

って仮に誰かが言ったら(言ってる人なんていませんが)

「お前黙ってろ」

「まあ、これはこの音しかないだろ」

これも自由に思うことができます。でもその先、

 

このバスドラの重さが「安定」とか「お腹の底のほうの鈍い傷み」「悩みが心の奥に沈んではねかえって戻ってきた残響音」みたいにかんじる、ことができれば別に批判する要素は無くなります。そう聞いて、ああよかったな、そうだよな、って思って今日一日あなたの人生を頑張ればいいだけの事です。

どういうふうに仕上げるか、だけですよね。

 

「最高の音」なんて妄想ですから。あなたが最高だって思えばそれがあなたにとっての最高になるだけです。それ以外は権威による洗脳です。

 (でもこだわってる人がいるから、良い音の概念が刷新されるので、それを追求したい人はぜひお願い致します。あなたの最高の音を聴かせてください。)

 

そうした潜在的なポジティブな印象をどんどん音楽から得て、膨らませる表現能力が自在に各自が出来れば、学校は必要ありません。

 

動画文化の普及で、様々な音楽を聴くことができます。それぞれの価値観が反映された意思に感じ入ることができます。自分と違うヒト、社会と違うヒト、相容れない人、運命の人に接することができます。

 

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この「ふぇ」は一発だけでなく、その後どんどん出てきます。

これ冒頭の一発だけだったら、もっとすごいことになっていたと思いません?笑。

 

これについてはあまり触れません。クリエイターの心の奥の微妙なバランス感覚の問題なので。触れる必要もありません。

 

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多くの人が違和感を感じ、意味を見いだせずにいる音かもしれません。

でもまさに小さな「トリスタンとイゾルデ」がまた起きたな、って言う感じです。

これからは、「え?そんな音入れちゃうなんて、日本人クリエイターヤバくね?」って世界が言うようになるでしょう。それに気がついてもう活用と研究はされつくされるでしょうから。

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この曲のレコードノイズのリズム、カッコよくないですか?

これを「曲に合わない」っていう人もいると思いますが。こういう風潮になってるんで。この首絞められる感じの音。焦燥を感じます。そして焦燥を感じる画。良いなぁ、って思うだけ。

 

私たちの役割は、それを特定の音楽のマニアな文化に取り残すことではなく、一般の人が自分の生き方で迷っているときの違和感の昇華にまで辿り着かせる話題としてこの音を活用していきたいです。

 

不協和音と不協和音

違和感と違和感

を結び付けた時に生まれる、未知のクオリア、自分すら知らない感覚を観たこともない風景の創造というような形で理解してあげるトレーニングがしっかりなされていくことで洗脳されない感性が新たな文化を生み出し、人類を宇宙に出させていくのではないか、と思います。科学技術の進歩は意識の進化ですから、音楽的表現への解釈もその進化についていこうではありませんか。

 

あなたが思ったこと、それが言葉になるならないに関係なく、答えそのもの。

 

 

だからあなたが天才だろうが負け犬だろうが、その意味を探っても意味はありません。自分がやりたいことをやって今日が生きられたら奇跡。明日もそうなろうと思えます。

一緒に頑張りましょう。

 

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この記事内容も、皆さん自身で考えて自由に解釈してください。

あなたの嗜好についての悩みなどが少し軽減されたら嬉しいな、と思います。

 

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