音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ユーミン音楽の進化の道筋~ユーミン歌詞・コード考58

ユーミンの不定調性コード進行研究

ユーミン歌詞・コード考71 / アルバム「スユアの波」

 

 

Sunny day Holiday

「ひとりにして きみがどんなに 大事だったかかみしめている
Make me crazy 苦しませて ぼくがどんなに ばかだったかわかるために」

「愛していさえすれば きみはいつでも そばにいると思っていた」

「長いあいだ探していた 幸せ降る虹の街は
激しい雨が過ぎたあとの つかのまにあると知った」

"苦しませて"的な文章もちょっと"叱って"系の表現ですね。


パーティーへ行こう
(ユーミンレポートより)
Aメロ(アルバム収録タイム 0:28-)
G |F/G |C/G |F |
Am |Em |D7sus4 |D7sus4 |
G |F/G |C/G |F |
Am |Em |D7sus4 |D7sus4 |

Bメロ
F/G |G/A |F/G |G/A |
Am Bm |CM7 D |
サビ
A |Bm |Cm |D |
A |Bm |Esus4 |Esus4 |

AメロのキーはGメジャー、サビのキーはAメジャーへと全音転調。
それぞれ分数コードで浮遊感を出しながら、pivotコードの多解釈性を活用している。サビに向かう前のDはGのキーのVであり、AのキーのIVである。ドミナントVへの進行感と、サブドミナントIVからの進行感がミックスされたようなまた別の進行感となってサビにジャンプするようにつながっている。
サビに向かっての転調感というのは「なんとも言えない斬新な」転調感が意味ありげになる。
またサビの展開がI-II-III-IVというオーソドックスな展開であるだけに、おかしな転調感にどぎまぎする、といった逆効果はない。
聴き逃すような絶妙な転調感が、曲を単調な展開にしていないのがわかる。

 

 AD

   

   

 

人生ほど素敵なショーはない
「人生ほど素敵なショーはない そんな言葉 ばかにしてた
どうせ何も起こりはしないと 斜にかまえて 生きて来たけれど
勇気がひとさじあれば 一歩前にふみ出せば」

(ユーミンレポートより)
Aメロ(アルバム収録タイム 0:34-)
Em7 |A7 |Em7 |A7 |Em7 |A7 |Em7 |A7 |
Bメロ
F/G |G/A | A♭/B♭ |G/C |
A♭/B♭ |B♭/C |C/D |
サビ
Em9 |Em9 |Em9 |Em9 |
Em9 |Em9 |C7(♭5) |C7(♭5) |
FM7 |G/A |
B♭/Cの流れは正確かどうか断言できない。
またC7(♭5)もこれまでの聴取のパターンからしても、もっと複雑なコードにしているかもしれない。
しかしながら一定の法則を見いだすことができる。
特にBメロのように同一形式の分数コードによる連鎖や規則性は、不定調性論でいう「和声単位の連鎖」であり、調的束縛に変わる規則性を持った和声連鎖である。

こうした響きの連鎖に何らかのイメージが持てる場合は、それが音楽的脈絡に意識の上でつながる可能性もあり、その可能性の尊重と拡張のためのトレーニングを積んでみる価値があるだろう。


結婚式をブッ飛ばせ
「バージンロードに立ったら これはまちがいとわかった」
異変はここで起ったの 誓いの言葉が言えない」
「My God! だってそうじゃない うそはつけない
Oh yes! いくら好きでも一生なんて愛せない」
「My God! あわてるあなた あきれる神父
Oh yes! いくら好きでも私の愛は縛れない」


時のカンツォーネ
「ゆうべの夢は金色の窓辺 いつか遊んだ庭
たたずむあなたの そばへ走って
ゆこうとするけど もつれて もつれて 涙 枕濡らす」
(ユーミンレポートより)

Aメロ(アルバム収録タイム 0:33-)
E♭m |D♭/E♭ |B/E♭ |D♭m7 G♭7 |
BM7 |B♭7 |E♭m7 |D♭m7 G♭7 |
Bメロ
BM7 |BM7 |E♭m7 |E♭m7 |
BM7 G♭/B♭ |A E/A♭ |G♭ F |B♭ |
サビ
A♭m7 |B♭7 |E♭m7 |E♭m/D♭ |
A♭m7 |B♭7 |E♭m7 |Fm7(♭5) B♭7 |~Aメロ
VI♭M7のBM7から何段もの渦のある危険な急流を下るように、見事V7=B♭7に落とし来んで、キャッチーなサビにつなげている。


Saint of Love
「あなたを近くに感じる夜がなぜかあるの
ああ なのに 心はあなたにつなげない」
「あなたを遠くに感じる夜がなぜかあるの
言葉も何も通じない世界の果てのよう」
「愛して 愛して もっと愛し合えば
いつかは答えがわかるのでしょうか」
「憎んで 憎んで もっと憎み合えば
いつかはやすらぐことができますか」

落ちていく音楽のラインは、人を説得させるような効果があります。

この民族音楽への傾倒は、どのような意味があるのでしょうか。
でも単純にユーミンの音楽をずっと聴いていれば必然的のようにも感じます。
恋愛や宇宙を歌詞の大きなテーマに掲げ、音楽を書いていこうと思えば、結果、恋愛観や宇宙観、人生の意味が共鳴するのも確かなことでしょう。

根源が「人が作り出す音→鼓動」がビートであるとわかれば、にわかに生まれた電子楽器よりも、ホーミーのほうが、人々の息遣いに近い感受性がサウンドに反映される、と考えるのは自然です。
ファンはユーミン音楽と一緒に歳を重ね、一緒に進化していけるんですかね。

スユアの波