音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

なぜユーミン作品は、人に叱ってほしがるのか。~ユーミン歌詞・コード考25

ユーミンの不定調性コード進行研究

ユーミン歌詞・コード考 / アルバム「時のないホテル」2

 

以前まとめたブログ記事を現在の不定調性考を用いてリライトいきます。レポートの語調が"である調"なので一部引用部分の表現はご容赦くださいませ。

各種レポートはM-Bankにお問い合わせいただければPDF似て無償で配布しております。宜しくお願い致します(日本音楽理論研究会にて発表も行いました)。

 

3,ためらい

 

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曲中には何をためらっているかの説明はありませんが、新しい恋をして今度は、より大きく深く踏み込んでいくことへのためらい、を読み取れます。

サビがなく、Aメロのメロディを最後に繰り返すタイプのコーラスです。

ブリッジの部分。これがサビかもしれませんが、
Dm |A7 |Dm |Bb |
もしも新しいこの~
Am Dm |Am Dm |G7 |C7 |
心の傷あともうひとつ~

 

というところのA7はDmに向かうドミナントなんですが、短調でのドミナントですから、憂いがありますよね。で、そのあとに続くAm DmはドミナントマイナーのDmで優しく弾いてしまいます。

 

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ふつうは、下記のようにすると思います。
例;

Dm |A7 |Dm |Bb |
A7 Dm |A7 Dm |G7 |C7 |
こうしてA7で統一して憂いをだしまくる。
でもそうしないでAmを使ってくるあたりが、コード感を使い分けてる、という印象があります。

 

A7→Dm

Am→Dm

 

「新しい」という言葉でグッと来る憂いは、反動的思考かもしれません。
だって新しい出会いはいいことじゃないですか。でもそこに憂いを感じてしまうほど前の恋愛で傷ついている主人公の「ためらい」がぎゅっと詰まっているようで、なんともこれもテクニックだと思います。

 

4,よそゆき顔で

 


得意の「しかって欲しい」系のメッセージがここでも出てきますね。
記憶が正しければ三曲目です。

 

なぜ誰かにユーミンさんは叱ってほしいのでしょう。


現代では誰かに叱られたい、と思う時はどんな時でしょう。

 

人の感情を荒げさせ、自分も冷静でいられなくさせることを強いる、というのはどんな感情でしょう。

 

自伝などを読むと、絵画の先生とのやり取りが書かれています。

ルージュの伝言 (角川文庫 (5754)) 

 

このアーティストの「叱って」っていうのは、すごく挑発的に感じることもあれば、実はすごくナイーブなんだ!というような裏返しの感情も感じたりします。作曲家が自分の意志を含ませるときって、とても難しいですよね。音楽は公共のものになるわけですが、そこに作家の感情が入る、というのは、いってみれば、電車の車両に一つ一つその車両を作った時の気持ちとか、創った人の人となりが掛かれているようなもので、タダのモノだと思っていた電車に対して急に人の温かさとか、人であること、音楽もまた人によってできていること、等を感じます。

強い自我の表れでもあり、また天才的な感覚がゆえにそれを押し出してしまうタイミング、みたいなこと。

 

あまり考えなくてもいいことですが、世界が本当は虚構であり、公私の線引きなどどこにもなく、本来誰が誰の感情を逆なでしようと、それをどうすることもできないのだ、ということを教えてくれます。

ユーミン歌詞の凄さは、長いキャリアの中でずーっと語られ続けるユーミン宇宙が別のどこかにあって、それが絶えることなく存在し続けていることです。

だからそこに書かれた感情やストーリーはアニメにもなるし、ドラマにもなる、というぐらい多くの世代に現実感として存在している凄さがあります。

 

だから普通スルーしてしまうようなこうした表現も、実にドラマでも見ているように、主人公の内面を除いてみたくなるわけです。刹那的に忘れられてしまう音楽には絶対ない魅力ですよね。

 

時のないホテル 

 

 

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