音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ありきたりな進行には、意外性のある歌詞を載せる~ユーミン歌詞・コード考24

ユーミンの不定調性コード進行研究

ユーミン歌詞・コード考 / アルバム「時のないホテル」1

 

以前まとめたブログ記事を現在の不定調性考を用いてリライトいきます。レポートの語調が"である調"なので一部引用部分の表現はご容赦くださいませ。

各種レポートはM-Bankにお問い合わせいただければPDF似て無償で配布しております。宜しくお願い致します(日本音楽理論研究会にて発表も行いました)。

 

1,Miss Lonely
(ユーミンレポートより)

 

 AD

 


Cメロ(アルバム収録タイム1:48-)
F |C/E |Cm/E♭ |B♭/D |
B♭m/D♭ |F |G7 |C Cm/F |
サビ
A♭ |E♭ |B♭ F |B♭/A♭ Gm7 |
A♭ |E♭ |Cm7 Dm7 |E♭M7 D7 |Gm7
このCメロ部分を下記のように置き換えてみる。


Cメロ代理コード置き換え
F |C |E♭ |B♭ |
D♭ |F |G7 |C Cm/F |
となりメジャートライアドの連続となる。

 

ビートルズでもこうした進行は現れてくるが、当然ビートルズ的なサウンドではない。これらの進行感も、調の連続というよりも、和音の連鎖されたシークエンスでメロディと雰囲気をつなげられるようにトレーニングすると良い。


ここからサビに向かうのだが、この曲の原調はGmである。

それがサビでA♭によって始まっている。これはI=GmとしたらII♭である。これがCm7/Fからつながっていくのだから、Cm7/Fがいわゆるドミナント的な役割を担っていないのがわかる。
和音がその和音独自の響きによって用いられているのである。

またここでも和声の動きが四度進行をしていて
A♭→E♭→B♭→ F
というシークエンスを作っている。この曲でのコンセプトになっているのかもしれない。こうした響きの統一感が、調の揺れ動きに増して「別の統一感」を与えている。

 

用例;
F |G |C |C |
という「いかにもCメジャーな」進行において、FをIVと感じないようにするには、GをVと感じないようにするには、どうすればいいかを考えて頂きたい。そのために捨てるべきはF=CメジャーキーのIV、G=CメジャーキーのVである、という事実であり、これは皆がこれまでの学習によって身につけた先入感である。これを壊すトレーニングや用例をいくつも作っておくと良い。


用例;
Fsus4 |GM7 |C7 |
というように、一音だけダイアトニックの構成音から変えてみた時に、それを調的ではない別の脈絡で感じられるようにしておくことで、感覚的に「自分はいつでもフラットにできる」と思い込ませておくだけでも、作曲時のこだわりやしがらみからだいぶ解放されることだろう。上記の用例なら、Fsus4はIV感というよりI感である。これがGM7に進行することによって、空虚感がまろやかに塗り込められていくようなクオリアを私は感じた。これはIVがVに移行したいつものF-Gにはない感覚である。C7は属和音的でもあるし、ブルース的でもある。また純粋に「落ち着かない居心地」というクオリアを活かしても良い。


ここからまた
F |G |C |C |
に戻ってみてほしい。先ほどの少し変わった進行の「熱にうなされた」ような印象が薄まり、調的なただのIV-V-Iとは異なる質感をその進行に感じられるはずである。音楽は前後の印象で、一つ一つが刹那的に変化していく。これを利用するのである。

 

I-V7-IのV7は明るく、Im-V7-ImのV7が暗く感じるのもそのためである。人の印象は簡単に変化する。変化というよりも「対応する」といったほうが良いかもしれない。

 

音楽の印象力の強化を行ううちに、和音の機能性や理論的根拠に基づいて音楽が進行するのではなく、演奏者一人一人の音楽的脈絡を想像する心が「機能性」という言葉に還元されている、ということを知るわけである。音楽を進行させるのは、時間であり、機能ではない。そして機能が存在するのは、科学的根拠ではなく、人の心がそれを受諾しているからである。それを受諾する作用を心が行わなければ、またその仕方を心が知らなければ、音楽はただの騒音であろう。これは訓練によって、また環境によって育てられる感覚であり、脳の活用に過ぎないのではないだろうか。

 

 AD

   

   

 

2,雨に消えたジョガー


なんとも不思議な雰囲気をただよわせている曲です。
白血病でなくなった彼を思い出す歌だと思います。

 

ふと起きた朝に、向こうから走ってくる朝のランナーが、亡くなった彼に見えて、彼を思い出す、というワンシーンが歌になっています。

楽曲の雰囲気は柔らかく、尖っていません。
二拍ずつコードが変わることで、コード感や調性が通り抜ける風のようにすり抜けていくので、まるで詩の朗読のようにすら感じます。こういうコード感もあるのだな、と思わされました。

 

例として作ってみます。
例;
CM7 Dm7 |Dm7/G Em7 |Em7/A Am7 |AbM7 G7 |
Cm7 Cm7(b5) |Am7(b5) D7 |Dm7 Dm7/G |Em7 FM7 :|

こういうふうに動き過ぎると、なんだか何がしたいのか良く分からないですよね。

でも、これを詩の朗読のバックのBGMにすると、なんとなく柔らかい雰囲気が、ぼんやりとあるだけで、とても効果的のようにも思えてきます。

 

まさにこの曲がそうした雰囲気を持っています。
思い出のような、幻想のような。

 

いつもなら「コードの動き過ぎは良くない!」なんて思ってしまうところですが、
何だかそれを逆手に取ったユーミンのこの曲の雰囲気に、ちょっと音楽への価値観がまた一つ変わりました。

 

フツーの進行の普通の曲には、フツーのラブソングではなく、奇抜な内容の歌を、淡々と歌ってみたら、結構「聞きやすいし、コワイ」という効果が生まれるのではないでしょうか。ユーミン高度すぎる。。。。

時のないホテル 

 

 

AD