音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

音楽のレッスンは"受け"るな

音楽スクールですが、音楽スクールだからこそ。

   

 

 

最初はレッスンしようと思って取り組みましたが、私が教えられることなどあまりない、と気がつきました。重要なのは、その人の人生を完成に導くことであり、自分ができることは助けることだけでした。

つまり、サポート、です。

 

忙しくて練習することができない人のためにどうやって練習せずに年二回のライブを無事にこなせるのか、について考えたり、

作曲がしたいけどもう70過ぎてるし、パソコンで作曲は無理、という人にどうやってその人の満足を提供するか、を考えたり、

三日後に映画の撮影で、ピアノを弾かないといけないのですが、というキッズに、どうやって三日でピアノが弾けるようになるかを考えたり、

芸能事務所の忘年会で、何か受けることをしたいのですが、何をしたらいいか、ということを考えたり。

 

受講生のイメージの具現化をサポートをすることで、上達する事と同様の価値を提供しようと今日まで試みています。

 

恐らくそういう時代なのだと思います。

レッスン内容や、カリキュラムはyou tubeでだいたい把握できまる時代です。

 

彼等に必要なのは「サポート」、人生を一緒に考えてくれる人です。もちろん、音楽というものが主軸にあるわけですが。

自分の音楽について考えてくれる人って、意外といないんですよね。

 


私のこの希望のために、先生は何をしてくれますか?

 に対して、どう答えるか、です。

 

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ボーカルレッスンをして、「基本がなっていない」「まるで小学生に施すような内容を君に教えなければならない」と言われた人がいて、相談に乗りました、というかそんな話になりました。

 

こういうレッスン方法を「ショック療法」と言います。

故勝新太郎氏は、若手が演技を覚えるために、わざわざ助手席に若手を乗せて、いきなり電柱に車をぶつけて、今驚いたか?驚くってのはどういうことかよく覚えておきなさい、と言ったとか言わないとか、というようなネタも、これに該当しますね。

 

たしかにいきなり現実の車が、電柱に正面衝突したら驚きます。こんなに実践的な訓練はありません笑。

そうやって、相手を脅かして、相手のコンプレックスに立ち向かわそうとするのは古典的な教育方法です。

 

でもそれによって人は不安になり、自信を失います。バランスを崩すんです。

人は褒めねば上達しません。特に日本人はそうです。山本五十六の言葉ですね。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」

 

これを音楽レッスンに置き換えてみて下さい。

講師は例をみせ、やってもらい、褒めて、任せて、信頼してあげることで上達するのです。

  

褒めてやることなど誰でもできます。

 

やってみせることなど誰でもできます。順序だけの問題です。

 

「自分は生徒だ」と相手が思った瞬間、それらはプラシーボで隠れてしまいます。

先生は凄そうに見えるのです。

しかしそれでは何にもなりません。

虚構のやり取りが続くだけで、来週生徒は来ないでしょう。レッスンが義務になってしまうからです。義務を誰かに施すのは他者を奴隷にして仕えさせることです。

いずれストレスになってしまいます。

     

 

教わる人がストレスを感じるレッスンは、洗脳と言います。

先生は、サポートする存在であり、適切に導く存在です。強制しては個人を抹殺するだけです。

指導を受ける側が何か実習で間違ったら、それは講師の責任です。

指導不足です。

 

あなたは自分自身で上達できます。先生などいりません。

むしろ先生などに頼っているから上達できないのです。

ただ金銭的余裕があるが為に、音楽教室に通っているだけです。その方が少し上達への道のりが安易になるからです。何よりコミュニケーションしながら上達できるなんて最高だ!と思っている人が嗜む趣味である、とも言えます。

あとはレコーディングとか、編曲とか、自分に持っていないスキルを提供してくれる人がいてくれた方が良い、という人など。

 

それが分かっているので、こちらはその上を提供しなければなりません。

相手が享受できると思った倍の価値を創造し提供する、というスキルです。

 

音楽教育にはゴール設定による誘惑と、嗜好の一致による誘惑があります。

 

「レッスンを受けてくれれば、メジャーデビューさせてあげよう」

がゴール設定による誘惑です。

「あの先生の考え方には共感できる。実際うまくなっている!」

が嗜好の一致による誘惑です。

どちらも不安定です。

ゴールが見せてあげられなければ生徒はいなくなります。共感する相手でないと分かれば生徒は来なくなります。

そもそも個人はすべて違うものなので、相手に共感をする、というのは半分以上プラシーボでしょう。

 

教育業はyoutubeにもはや乗っ取られているのです。

 

あなたができるのは「サポート」だけです。

 

君は将来何がしたいのかね?と聞いたとき

「大手レコード会社からメジャーデビューしたいです!」

だったら、まず得意なジャンルを見つけてあげて、そのデモを作ってあげて、オーディション情報を見つけてあげて、応募するまでを一緒にやりませんか?

と提案してください。絶対にやめません。もし合格しなかったらどうしよう、とか考えなくていいんです。先生が責任を取ればいいんです。でも本気でやったら、受講生は気がつきます。いろんなことに気がついて、そこでどのような結果でも達成感を感じます。大事なのはそこです。結果は見方で変わります。

 

「とにかく作曲できるようになりたいんです」

では、君の好きなアーティストを教えてくれ、来週までにどうやればいいか考えてくる、それで一緒に曲を創ろう、といえば絶対にやめません。

 

「音楽理論を勉強したいです」

OK、ではなんで君がそんな風に思ったのか、経緯を聞かせてくれ、私が来週までにどうすればいいか考えてこよう、と言えば絶対にやめません。

 

その人のニーズが明確であるのに、それをサポートせずに彼が満足するでしょうか。

 

編曲の仕方、というレッスンがあれば、そんな御題はやめて、その人の話を聞きましょう。なんとなく編曲、という言葉に惹かれただけで、ニーズはもっと細やかなものです。それが編曲に関係なくてもまずサポートしてあげましょう。そしてそれにこたえることで、いずれ必ずあなたの専門分野で彼を助けることができるでしょう。

 

ボイトレ、というレッスンでも、いきなりボイトレをするのはやめましょう。よく話を聞いてあげましょう。実は彼女に歌がへたくそね!!と言われて受けに来たのかもしれません。そうしたらまずいきなり歌ってもらって、歌の良さを見つけて褒めてあげましょう。その先に、彼はきっとあなたのボイトレとの兼ね合いを見つける事でしょう。冷静に人の良さを見つける、というのがとても大事です。「自信を失っている」というのもノーシーボの一種です。自信を失わせて一生懸命練習させて上達させる、というのは、家畜にしているのと同じです。家畜だって愛を注がれているべきです。奴隷になってはいけません。

 

音楽スクールに来ているから、音楽を勉強したいのではありません。

 

なんとなく、分からないけど価値がありそうだから、来てくれたのです。

あなたの後輩が何の気なしに相談に来てくれたのと同じです。

まず心よく向かえ、話を聞いて宿題をもらってください。

それを来週までにこなし、次の課題をもらってください。

宿題を取り組むべきは講師のほうなのです。受講生は自分の意志で宿題を作るでしょう。

 

そうやって受講生の難題に取り組むうちに、あなたは必要な存在になります。

 

この痒い所に手が届くサポートは、youtubeでは今はまだできていません。

いまがチャンスです。

 

話を聞いてあげましょう。あなたがあなたの覚えてきたことを語るのはもっと先で良いのです。

 

さて、そうした先生がいるスクールを選んだあなたは幸福です。

レッスンを受ける必要はありません。講師に宿題を出しましょう。

そしてあなたはやりたいことをやり、自分の求める道を見極めましょう。

 

音楽は素敵な幻想です。

心を豊かにしてくれ、人生を豊かにし、家族との関係を整え、社会との関係を整えます。そして何より感動できます。毎日のなかで感動できる最もシンプルな存在は歌を感じること、音楽を感じることです。

その感覚が身につけば、先生と一緒に音楽を聴いてワンワン泣くこともできます笑

笑っちゃいますが、人生はとても素晴らしい、と知ることができます。

 

音楽には、素晴らしいことしかないんです。

 

レッスンをただ受けないで。共に楽しめる先生と過ごしてください。それはとても平穏で素晴らしい時間です。そういう時間を何としても作ろう!!と双方が思うことがとても大切です。そんな風な関係をまず自分のほうから歩み寄り、作ろうと心がけましょう。

 

 

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