音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

3,Michelle(dimコードの用法と同主調和音の混在) / The Beatles(2017)

ビートルズの不定調性コード進行研究
3,Michelle / The Beatles

まず、この作品の暗めの雰囲気が好きです。

   

皆さんはこの暗くどんよりとしたポールの声が乗った、どこか怪しい女性の影と華を歌うような曲の雰囲気は好きですか?

この曲を聴くと、「曇り空のパリ・・・車も通らない小さな建物と建物の間の路地にて。」みたいな映像感が子供の頃からありました。不思議ですね。刷り込みみたいになっています。

 

これを不定調性論では「音楽の心象=音楽のクオリア」と呼んでいます。

脳が作り出す音楽が翻訳した映像、ですね。

こうした心象があなたの心に浮かぶことを素通りしてはいけません。

その音を聴くと、なぜか、こんなふうに感じてしまう、みたいなことが実は一番大切なんです。ただの空気の振動現象に、あなたは情感を感じているのです。

空気を食べて栄養を取っているようなものです。仙人並みの能力だと思いませんか?

 

学校では、ビートルズはこうだ、歴史はこうだ、偉い先生の解釈はこうだ、といろいろなイメージを押し付けられると思います。それを現場でいえば「この人は良く勉強している人」と思ってもらえるからですね。

「そういう一般論を使わないで、この曲を表現して?」

っていって自分の表現ができれば、もちろんいくら勉強してもそれでいいです。

 

F |Bbm7 |Eb |Ddim |C Ddim |C C7 |
歌い始めの部分です。

最初だけFで全体がFmのダイアトニックに支配されています。

 

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Ddimは次のCに結びつくG7(b9)の部分的コードです。いわゆる代理コードですが、直接的にディミニッシュを使うことで「ディミニッシュコードにはどんな使い方があるか」をポピュラーミュージックという土俵で教えてくれる貴重な曲です。

 

最初のFは本来Fmになるべきですが、そうなっていません。

これも不思議な感じです。「不可思議」をそのまま音楽にしたような感じです。

 

このメジャーのFコードの雰囲気は「曇天の中の日差し」というクオリアがぴったりです。これは「主調」が無視されているのではなく、そもそもそんなことを考えなくても良い場合がある、ということをビートルズは教えてくれいるのです。

 

キーなんて考えてたら、みんな同じ展開しかできなくなるぜ、って。

 

     

これによって、知ってるコードが6つだけでも、曲想ができるんだ!!

とかって、これって勇気を与えてくれましたよね。

あとは工夫すればいいんじゃないか!って。難しい音楽の勉強を何十年もしてからじゃなきゃ音楽作っちゃいけない、なんて思わなくていいんだ!みたいなこと。

好きな音楽は研究しないと、ですがね。

 

ちなみに同曲の発想は下記の二つのキーのダイアトニックコードを混合手法の発展から展開することができるでしょう。詳細は省略しますが、CメジャーキーとCマイナーキーという同主調のダイアトニックコードを列挙してみます。

<Cメジャーキーのダイアトニックコード>
CM7-Dm7-Em7-FM7-G7-Am7-Bm7(b5)

<Cマイナーキーのダイアトニックコード>

Cm7-Dm7(b5)-EbM7-Fm7-Gm7-AbM7-B7


※島岡譲先生によれば、このCメジャーとCマイナーを一緒にした「ハ調」の概念を用いるべき、とおっしゃっている、日本音楽理論研究会2016.3.27(東京例会)で楠瀬敏則先生が述べておられました。近著が楽しみですね。(2016談)

 

これらを自由に組み合わせて曲を作る練習します。ちょっと極端に混ぜてみます。

 

|:Dm7(b5) |Bm7(b5) |Dm7(b5) |Bm7(b5) |
EbM7 |CM7 |EbM7 |CM7 |
Fm7 | Dm7 |Gm7 |Em7 |
Am7 |Fm7 |Am7 |AbM7 G7 :|

 

さてさて、どんなメロディが乗るんでしょうか?

 

いろいろ試してみてくださいね。

 

この時、キーや機能を考えるのが機能和声論、それらを考えず、音楽的心象とクオリアを優先して音楽の構築を行うのが不定調性論です。

 

どっちもできたら便利でしょ?

 

たとえば、がっつり対位法を勉強して一生かけてバッハをマスターするんだ!って思っている人が、結婚して、子どもができて、子どもが始めて歌った歌に感動した時、それをどうとらえるか、ですよ。

 

それはバッハほど美しくないけど、心に迫るものがあるじゃないですか。かわいらしさ、というか、命の力強さ、というか。それがあなたの心をとらえた時、「これは音楽の美しさではなく、感情の話だ」と片づけるか、その声も、フーガも同じように自分の心に同様に素晴らしい心象を与えてくれる、と捉えられるのがグローバルな価値観を作ってくれると思います。

 

フーガの美しさは機能和声論の美しさで解説できる、

子どもの初めての歌のすばらしさは(   )で解説できる、

 

という区分けがあるのではなく、どちらも音現象に対して、あなたの心が単純に動かされているだけです。そこに敷居を設けないことで、フーガの学習後も独自性が失われることはないでしょう。以下の事が受け入れられるようにしていきましょう笑。

・「機能和声論の美しさ」というものなど存在しない

・音楽に貴賤などない

・音楽に美しさなどない

・音現象に区別などない

・ようは、あなたがどう思うか、だけしか存在しない

 

ということです。

そして最後は「あなたも存在しない」っていう話になるのが仏教の世界ですよね。

そこが悟りの境地であるとしたら、音楽っていうのはだいぶ煩悩によって構成されていることになります。だから悟るよりも難しい、なんて言われますよね。煩悩との戦いなんて笑。

 

 

自分が思うことを真ん中に置いて考えると、逆にいろんな人の意見が見えてきます。

他の誰かの権威が自分の真ん中にあると、派閥になってしまい、意外と争いの感情になってしまうんですよね。