音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

(動画解説・補足)不定調性論全編解説10〜調向階段モデル

今回はこの動画の解説です。

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ここで説明しているのは「調性」っていうシステムって、具体的にどんな数理構造の解釈なの?ということを説明しています。

音楽における「調性」って、どこか人工的で、どこか想像された概念であり、所詮慣習の寄せ集めだから、そんなに具体的に問い詰めてもしょうがない、と思っているところはないでしょうか。

でもそれがゆえに、意識の中に「調性音楽」をおぼろげながら絶対し、又は中心的な存在として許してしまっている理由です。また調性音楽が余り無造作で根拠のない伝統の寄せ集めだと、分かってしまっても何の得もありませんし、これまで学んできたことや今教えていることがひっくり返って困る、などという潜在的な思考もそれを助けているのではないか、と思います。

 

しかしこの図の通り、調的システムは数理の完全な活用であり、その使用範囲の限定も理に適ったものであり、同時にその拡張をどのような意識で取り組めばいいか、ということも明らかになります。

これは調整のある音楽と調性のない音楽を隔てているのは、あなた自身の意識だけの問題であり、どちらがどう優れているか、とか、新しシステムを学ばなければならないとか、そういうたぐいの話にはならない、という点への理解が重要となるにすぎません。

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それが「調向階段モデル」です。

調性の仕組みを視覚的モデルにしたものです。

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そして今回の動画をまとめた図がこちらの「C△-Cmライン」の図です。

 

別にこれを理解しようとしなくても構いません。今、みなさんが使っている現行の調性音楽へのアプローチが変わるわけではないからです。

 

リディアン・クロマチック・コンセプトは「リディアン」こそが主たるものである。という発想に力点を置き、それまでの調性音楽があたかも不完全であるかのように暗に指摘していました。これにより人々は、「価値観を新たにして、不完全を完全なものにしなければならない」というような考え方を強要されました。

時代は人種差別、社会的構造差別を乗り越え、エレクトロニカルな新しい時代に合わせて人の古い思考構造を新たにしなければならない、という意欲に満ちた時代であったからこそ生まれたパワーのある表現方法だったと思います。

 

そこを超え、クラシック音楽は常に新たに評価され、その美しさが摩耗することはいまだあり得ていません。やはりバッハはいまだに感情と現実の価値観を超越したところにその音楽を響かせています。

 

つまり価値の刷新ではなく、価値の多様化を認めよ、ということにフューチャーすべきだったわけです。

 

そして価値の多様化を認めるためには、過去の価値がどのような形態を持っていたのか、もっと大きな目でみられなければならないということになります。

 

目の前にいる美しい女性が、唯一無二ではなく、世界には無数の素晴らしい女性がいる、というような発想に切り替えるのに似ています笑。

なかなか惚れ込んでしまうと難しいですが、まだ調性音楽という絶世の美女にぞっこんほれ込む前の若い方に、様々な世界中の美を探訪していただく必要がある、ということです。

 

いきなり教室で先生が「この子が一番美しい」と紹介してしまう前に、不定調性的思想によって、世界の様々な美しい姿を個人個人の価値観で判断して頂く時期を設ける、という意味です。

 

そしてそうしなければならない理由は、調性音楽の数理的構造が、上記に見るように絶妙な恣意的な線引きを人々が行ってきたからです。この「恣意的な線引き」は絶対に服従しなければならない、と教えるにはあまりに恣意的に過ぎるのです。

しかも説得力が十分な数理的美しさと対称性を備えています。

これにあまり惹かれすぎてしまうと、他の別の視点を持つ美しさを全く理解できなくなってしまう恐れがあります。

 

あなたが"美しい"と思う構造は、あなたにしかない

 

当たり前ですが、それを拒否させるに余りあるほどに機能和声論が持つ調的構造は美しいのです。

     

しかしながら、それらの機能和声的な美しさでない、別の美があることを大人になると理解します。

田舎のおばちゃんの民謡が持つ力強さ、だったり

アフリカの民族が奏でる即興的なカリンバの響きだったり、

海の波の音が自分を癒す力だったり、

生まれてくる子どもの心臓の音を初めて聞いたときの感動だったり、

これらは機能和声論に基づいていません。

だから「違う美しさ」だと考えるかもしれません。

 

おんなじです。

 

あなたが美しいと思うものはあなたにしか理解できない、のです。

 

それを他者の統制を図ることによって美しさの基準を統合し、管理下に置いたシステムの一つが機能和声論であった、というだけです。あなたは別に絶対的にいつもその管理下に置かれる必要はないのです。そして「なぜ管理下に置かれる必要はない」のか、というと、上記のような恣意的な構造がその根源であるからにすぎません。

あなたはそこから自在に自分が感じる美の範囲を拡張して良いのです。

 

そしてあなたが最も自然にできる行動と音楽を早い段階から実践する権利があるのです。勇気をもってその権利を行使しなさい。

私たちも思想的なサポートをします。

そして社会のために、人々の和平のためにその音楽を堂々と使ってください。

 

音楽は魔術であり、幻想であり、人の意識が進化する途中にであり、悟りを開いたら消えていく、というはかないものです。そこにこだわって留まる必要はない、という勇気さえ持てば、いかに自分が自由で勝手で、奔放に表現活動ができるかを知るでしょう。

 

そうしたことを自分の深いところに理解させるために、この図のフォルムはあります。

 

またはじめから「自分は自分のやり方で音楽をやる」と確信されて迷いのない方はすでに、その境地におられるのでそのまま突き進んでください。