音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

(動画解説・補足)不定調性論全編解説9〜領域の連関が作る数理の調べ

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今日はこちらの動画です。

   

ポピュラー理論学習者がいつかはぶつかる問題です。

 

ブルースの7thコードはなぜトニックに成り得るか。

www.terrax.site

こちらもご参考になってください。

この問題はとうに個々人では解決されているはずです。教科書のどこにも適切に書かれていないだけで、又は個々人が自在に解釈できるがゆえに、時々「実際はどうなんだ」というレベルの話になる、というだけの事です。

不定調性論も最初からこれは、和音の構成論をひっくり返すことで解決しております。

こういうことで悩んだり、惹かれたりして、音楽理論の学習にのめり込むのは意味がありません。またこのような質問を先生に浴びせるのも時間の無駄です。

「大事なのは君の人生の成果を何にしたいか」

について考えることです。そうした上でどうしても研究者になりたいのなら、音楽大学に行って博士号を取りなさい。それしか道はありません。紹介しますし。日本音楽理論研究会みたいなところも実は相当の猛者がいますので、いかに自分が無知か、ということを教えてくれます笑。生半可に独自研究しないで、プロの研究家になってください。

わたくしもそういった路線を考えていたのですが、明らかに既存の価値観を自分が持っていないことが分かり、命を懸けて独自論に徹することを選んだんです。これは自分でも「あーぁ」という感じなのですが、自分を見極めていく現場をどこに置くか、と考えた時この選択肢しか残っていなかったように思います。ま、この先分からないけど。

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動画の下記の図が今回のメインイベントその1です。

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平均律の音関係をビジュアルで理解出来るようにした図です。

こんな構造を書いても、音楽は美しいか美しくないかしかないじゃないか、音の数理なんて関係ないよ。とおっしゃるかもしれません。

でもあなたはあなたの美意識に従って音楽を判断するはずです。あなたが創ったメロディが本当に社会に受け入れられるかどうかを考えて音楽を始めたわけではないと思います。あなたがしたいと思ったから始めたはずです。

そしてそれはあなたの勝手であり、あなたの責任です。

そしてあなたが感じた美意識の根本にあるのは、理論ではなく、音楽でもなく、音という自然現象が持っている共通の構造美から発せられたものです。人類が勝手に作った音楽理論という構造にそれらの自然現象の全てを覆い隠してはいけません。

つまり上記の構造が宇宙の根源としてあった上で、万人が万人万様の美の解釈をしている、ということになります。またこれは不定調性論ですから数理の近似解釈をしています。その他の民族音楽であれば、同様に音の関係性を数理で下記表わすことができます。またあなたが自分でその構造に対して独自の分類をする権利があります。これは科学ではなく音楽だからです。

 

つまりG7→Cというものがもたらす感覚はあなたがこれまで学んだものであり、表面的なもの、文化の局地的なものですが、音現象の数理は全宇宙共通(まあ、少なくとも全地球上の音現象において)なわけです。それがあった上で、初めてあなたの解釈が成り立つわけです。だから学ぶべきは音楽ではなく、自然そのものであるべき、というわけです。もしくはあなたのことそのものを学ぶべき、と言ってもいいかもしれません。

 

だからG7→Cはいやだ!!!と思っても良いのです。

そしてG6sus4(b9)→Cadd9(#11)がイイ!!と思ってもそれでいい、ということがこれらの理屈によって可能になるのです。多種多様な才能が集う学習の場ではこうした未知の価値の発見がとても大切な事です。

 

いきなりG7→Cになんらかの特性を与えてしまうと、自分独自の解釈が埋もれてしまう

 

のです。これを認める前に「機能和声という解釈を認めてあげる」という余裕がないといけません。これを絶対視してしまうと、いつか誰かを非難しなくてはならなくなります。

その音楽観が好きか、そうでない音楽を求めるか、をあなたは学習段階で選ぶことができるべきなのです。なぜでしょう。最後に述べますが、音楽そのものは自我の追及を逃れられないからです。

もしこうした価値観の選択が自由になれば、あなたがどんなにアンダーグラウンドな現代音楽をやっても、それはチャートを駆け上がる音楽と同様な価値がそこにある、と認められる人たちが増えていく、というわけです。

 

音楽性少数派弱者に対する差別

に対する緩和をここで行っているわけです。ニーズが少ない音楽をやっているから自分は貧乏でも仕方がない、なんて絶対に思ってはいけません。一瞬でも思ってはくぃけません。あなたは唯一無二です。人を貶める必要もありません。あなたが呼吸するように出てくる音楽をするべきであり、その未知なニーズを見つけられるべきです。

「ニーズが無くてもいい」と思っているからニーズがないままに留まっているのです。

この言い分が無理がある、と思うならもっと心理学を勉強して頂かなければなりません。

 

さらに

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それぞれの発生音に共通したものがあります。

これを機能和声論の根拠として提示することもできますし、そうすることで「機能和声論が絶対なのではなく、その数理をどう扱うかの自由が問われるべきだ」ということが分かります。

 

機能和声論はそうした幾多もの解釈の中の一つの解釈であって、あなたがそれに絶対に従わなければならない、というルールは何もありません。

もし機能和声が魅力的であれば、別にわざわざ反抗する必要もありません。

しかし正直に自分の価値観を見つめた時、もしあなたが少数派の考えに属した人間である、と自覚したのであれば、それを推し進める権利がある、ということを不定調性論は理論的側面からサポートできるわけです。

問題は「数理の解釈」その一点だけです。過去の事例や、慣習に従う必要は全くありません。機能和声論は上記の構造を効率よく扱い伝統となってきた、というだけです。しかもその伝統は現代人の耳に追いついていません。現代人の耳はもっと進化し、もっと自在に表現できる、解釈できる能力を持っています。

新たな表現は生まれ続けるべきです。それによって新たな生き方が生まれ、地球との共存もより豊かになるのでは、と思います。

 

既存の権威に頼る前に、十分に自己の好きなことを追求し続けてください。

 

あと一点。この動画シリーズでは触れていませんが、

音楽は「自我の欲求」そのものです。

バッハやモーツァルトのように自我を究極な抽象的素材にまで昇華した音楽はなかなか作れません。天から音が降ってこないと。

絶対にあなたが「こうしたい」と思わなければ音楽はできません。自我なくして音楽は作れないのです。

でも自我は恐れを抱いていますし、最も肉体にストレスを与える存在です。

だから、いくら自分の音楽が見つかったからと言って、究極に幸せになれるか、と言うとそんなことはないということになります。そして音楽文化そのものが自我そのものなので音楽をやっている限り、真の心の平安は訪れない、ということも覚悟して音楽を焼ていると思います笑。

もちろん達人中の達人がどう考えるかは分かりませんが、そういう人の気持ちはほとんどの人が理解できませんから一般論にできません。

 

ゆえに、まず音楽に究極の心の場所はない、としっかり諦めましょう。音楽に対する良い諦めは良い音楽を生むはずです。

そうしたうえでも音楽を続けられるあなたは、不思議な因果の上で音楽を生業にする人であると思います。答えのないところに躍起になれる、というのは最上の戯れです。いつも「その先がある」「音楽の先はどこだ」「音楽文化の先の文化形態がこれから現れる」とどこかで考えながら肩の力を抜いて活動されると、締め切りに追われることもないでしょう笑。

そんな動画も作りました。

youtu.be