音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

(動画解説・補足)不定調性論全編解説8〜和声単位と和音構築法

今日はこちらの動画の解説補足でございます。

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C△という洗脳

コードネームなどなかった時代は、また違ったのかもしれませんが、コードネームが出てきたことで、音楽がステレオナイズしていったということは無きにしも非ず、だと思います。

 

不定調性論は、それをいったん白紙に戻すわけですが、それならコードネームのなかった時代と変わらないじゃないか、と思い、「和声単位」というグルーピングによって、和音の構造を分類することにしました。

 

その素材となるのは機能和声論と同じ、自然倍音です。

しかし実際に鳴る音だけではなく、実際に鳴る音を包含する数理によって定めます。

 

ちょっと難しいので、省きます。

下記の記事における表の音群が関係音としてまとめられるのです。

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たとえば、上方領域ですと、

基音がcのとき、3,4,5倍音にc,e,gが現れます。

これをひとまとめにしてC△とし、cが基音であり主音である、としたのはジャズ理論までの流れですが、その先に進みましょう。

C△の基音、すなわち数理的な発生の基準となる音はたしかにcですが、実際はどの音を意識的な中心にしても音楽を作ることはできますから、c,e,gが実音となった瞬間に、これらの音は「音楽的に平等である」としました。

 

たとえば、C△ってgを中心に書くと

G6sus4omit5

となります。いかにもこの和音はgを中心にすると書けない、だからこの和音は二次的なものだ、としようとする作為を感じます。

C/Gと書けばよいのですがね。

これだと機能和声の理屈の範囲内で書き換えたよ!というだけで、何も変わっていません。これだけだと漠然と、三つの音は「まあ、実際は何やってもいいんだけどね」とアフレコで述べるだけに留められてしまい、「機能和声論はその後進化してないけどね」

みたいな印象が与えられます。これだと学問としての音楽が、まるで学校教育上で止まっているような印象を与えます。音楽家の中ではすでに拡張されているけど、まあ理論はあくまで手ほどきだから、という気分になり、学習者は目の前にいる音楽家の言葉を信じなければなりません。

それは昔ながらの教育であり、洗脳です。

 

学習者は自分で全てを独学で学べる必要があります。

その先に権威ある教育者に洗脳されたいと思うならそれでも結構です。

でも、自分で考えてください。

 

そのために不定調性論は300ページもかけて、12音をバラバラにする方法論とアイディアを述べているのです。後はあなたの解釈が、新しい音楽への発想になるのです。明確な信念を根拠とした新しい音楽表現がそこから生まれます。

あなたは何も、誰か偉い人から芸術を学ぶ必要など1ミリもないのです。

 

 

だから、あえてジャズ理論機能和声的に書くと、

C/E

C/G

もそれぞれ「別の表情」を感じられる意識を最初に身につけるわけです。

これらは「あ、Cの転回形でしょ?」と最初から考えない、ということです。

 

これらの集合は似ていますが、全く違う類似性を持っている同じグループに属すが、それぞれを置いたときそれぞれ違う表情を作る。と認めるのです。

 

でもどこかでは認めているし、教わっていると思います。

それを音楽理論の方法論の中に組み込んでください。そうすれば、機能和声のその先には適切な応用法がある、という事に気が付くでしょう。

不定調性論もその一つですし、皆さんが創り出す個々人の方法論も然りです。

     

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さらに自然倍音の数理からできる三和音は何も長三和音だけではない、同じ位置に後三種類あるではないか、としたのが「基本和声単位」です。

 

上下第8倍音までに拡張して作り出す四つの三和音です。

 

c-e-g-b♭-c(上方八倍音までの出現音)

c-a♭-f-d-c(上方八倍音までの出現音)

これらを分断して、四つの和音を作ります。

 

c-e-g=Cu5

c-g-b♭=Cu4

c-f-a♭=Cl5

c-f-d=Cl4

としました。

そんなの使わんだろ!!とおっしゃる方も学んだことに洗脳されています(悪い洗脳ではないので別に問題しなくてよいです)。

音楽の方法論と構造をブルースや民族音楽、現代音楽にまで広めて、それらの音楽を平等に考えていこうとおもうと、絶対にこれらの範囲にまで三和音集合の基礎を拡張する必要があります。

 

現代音楽と機能和声音楽は違う、とか

アフリカの音楽と白人の音楽は違う、とか

現代のグローバル社会で区分けしてどうするのですか。みんな同じです。崇高さとか、音楽を扱う霊的レベルで云ったら、我々が一番下なのではないか、と思うほどです。

だからそうしたワールドな音楽を同じように自分たちの意識で翻訳するとき、どうしてもこれらの平等性が必要になります。それを設けた、というわけです。

 

あとは皆さんの感覚でこれらの和声単位を組み合わせて様々な和音連鎖や、音楽構造を作ることが方法論的に許容されるわけです。

 

これらの方法論は、やみくもに現代的音楽に走ろうとする前に、また機能和声論に納得のいかないようなタイプの方が、自分の方法論を獲得する前のステップとして参考になさっていただけると幸いです。