音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

2,「ノルウェーの森」を参考に音楽学習を考える/The Beatles(2017)

ビートルズの不定調性コード進行研究の展開

2-Norwegian Wood~ノルウェーの森/The Beatles

   

 

AメロはEミクソリディアンモード的なメロディと解釈することもできます。
しかし「ジョンはこの曲をモーダルにしようとしたのだろうか?」
と考えてみて下さい。

音楽分析は、作者本人すら気が付かない魅力を明晰に示す。

は確かです。いくつかの曲を分析してもジョンがミクソリディアン的な好みを感じます。安定と不安定を中性的に持つ響きですね。

これを単なる好みや「メロディ癖」と考えるか、「ジョン・レノンはミクソリディアンな作曲家だ」と位置付けるか、でだいぶその後の分析が変わってきますよね。分析者本人が硬くそれを信じるなら、そこに新しい音楽が生まれる可能性も生み出します。

 

音楽分析は分析者の視点の数だけ答えがある。

であり、

解釈者の数だけ音楽理論がある。

となります。

それらのスタイルを勉強しつくすことはできない。

ですから、結果的に、

意見とは、その人だけの意見になってしまう。

となります。

やがて教育は、すべてインターネットでのAIによる無償教育になってしまうでしょう。ましてや「知識のインストール」が可能になれば、全地球の歴史の学習が3時間ぐらいで済む時代が20年ぐらい先には来るかもしれません。

 

不定調性論は、知識の補完より、解釈の仕方の促進を促そうと思っています。

吸収より発信する勇気を持とう、そしてその発信を通じて吸収と同等の効果を得よう、という考え方です。音楽理論の勉強を追求しないほうが早く自分の音楽人生に移れている人を何人も知っています。これは理論の学習が問題なのではなく、現状の学習形態が問題なのです。

勉強をしようとしないで進もうとする人をサポートしよう。

本当に助けるべきは、勉強をしないで人生を行おうとする人たちです。現代はそういう人に「勉強をしなさい」と言います。違うと思います。

「俺はあんたのいう『勉強形態』を経ず勉強したいんだ」

と彼らは言っているのです。それをサポートできるのは、指導要綱に基づかず教育仕事を創りだしている私たち私塾の人間だけです。

 

「ミクソリディアン」を知らなくてもいいんです。

それが音楽になって流れた時、どう感じるかを自分で認識できるなら。

音楽的クオリアが明確に自分で認知・再現・展開できれば学校のカリキュラムなどいりません。むしろ邪魔です(そういった個々のサポートをしようとしない講師のレッスンはなおさらです)。

ジョンは、E△の上でミクソリディアン的なフレージングを思いついた、と解釈すると、それを踏襲するのはリファレンスへ追随する時のテクニックになります。コンペなどで「ノルウェーの森っぽくしてください」という要望があれば、人によっては、シタールを使おう!とか、ミドルテンポの8/12にしよう!とか、このモーダルアプローチこそ「ノルウェーの森だ」と考える人もいるでしょう。これも解釈であると思います。

全員が全地球の知識を学習して持っていても、「解釈が異なる」がゆえに、同一テーマのコンペでも異なる曲が上がってくるのだと思います。大切なのはその知識をあなた自身の固有の脳細胞の組み合わせが何に重要性を置いて、どこを視点に考えていくか、であると思います。

 AD

     

モードという点に限定して、その解釈を発展させて何かクリエイティブな所作のほうに行ってみると、例えば、

「E△の上で使える他のモードを想定して、メロディを作ってみたらどうだろう??」

とか考えることもできますね。

例えば、
e-g-g#-a#-b-c#-d-e
など。

ただミクソリディアンだ、と分かることは、知識をインストールした状態だけなのだ、ということです。

 

===

また、キーをEメジャーと考えると、Bメロで突然E△がEmになります。主調転調です。それも別に言葉など知らなくていいです。

「それまでのほのぼのとした雰囲気が、急に危うくなった。」

が分かるなら転調などの概念を知る必要はありません。そういったタイプの学習方法で人が進化のスピードを個別で上げていくのを恐れている人たちがいます。またその効果の有無も知らないのに認めようとしない人がいます。

 

「あ、同じEを持ってるコード繋げるって面白いなぁ」と解釈したなら、もっとEを持つ和音を列挙してみましょう。

Eをルートに・・・E,Em,EM7,Em7...
Eを三度に・・・C,C7,CM7...
Eを五度に・・・A,Am,A7...
Eを七度に・・・F#7.F#m7...
Eを九度に・・・Dadd9,DM7(9),Dm7(9)...

...などなど。適宜つなげてみましょう。

E△ |Dadd9 |A7 |G#7(b13) :|

これは調を考えて作っていません。また、

E△ |Em |A7(13) |AmM7(13) :|

というような進行でテーマメロディを創ってみましょう。

 

その曲からどんなヒントを得るか、ということについて他人を参考にする必要はないとおもいます(あなたがそう思うなら)。よって学習の速度、深度、方向性、視点を他人に合わせる必要はない、と考えています。

それに対して「お前はオカシイ」と言われても、もし自分がやっていることを信じるなら気にしてほしくありません。時間もったいないです。

ただ、"他人に認められたい"人にはちょっと難しいアプローチですね。それは搾取される貨幣経済のワナに陥る最初の欲望だと最近思います。


最後にsus4解決について、考えてみます。

1、Esus4-E△
2、E-EM7-E7-E6

これら二つは不定調性論では「静進行」としているものです。通例「クリシェ」とされているものです。和声の構成音が前にあるコードの一音だけを変えて進む進行です。

これを展開すると、
E-Esus4-Esus4(b5)-Esus4M7(b5)-Esus4M7-EM7-EmM7-Eb△/E-Em7(b5)~
とうような進行も作れます。

こんな進行で音楽なんて作れるわけがない、というまず自分が縛られている常識を取っ払ってまずは音楽を作ってみてください。「クリシェ」という言葉に憑りつかれると

この手の発展ができませんが、「和音が一音変わっていくだけ」と考えれば、あなたは自由になれるでしょう。ポイントは「あなた自身がそうしたいか」と思える思考ができるかです。

その自己を確立するためには現状の学習方法だけでは「現状の学習方法がやっぱり素晴らしい」と思わされるだけです。世の中自分の知らないことばかり、知っても理解できないことばかりです。

じゃあ、どうする?を自分で答え出したら結構前に進めるかな??