音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

不定調性論ってなに?(2018)

こんにちは。
普段はmusic school M-Bankの運営やレッスン、音楽制作などを行っています。

下記は、数年程度一般理論の学習を経た方が対象になります。

これから音楽を学校でしっかり学ぶ、という方は学校で教えていただく内容を真ん中にしっかり置いてください。その過程でどうしても産まれてしまう違和感をよく記録してきてください。そのポイントを解消しようと試みているのが不定調性論です。

なお、拙論はあくまで私自身がどのように音楽を考えて自分の理解や活動につなげているかを述べたものです。独自の体系があなたにフィットするとは思っていません。「独自法の作り方」を当サイトや教材で身に付けていただき、もしインスピレーションを受けたらご自身でも独自法を作り、より自分が活動しやすい方法論を形成していってください。


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皆さんの中に、周囲と同じやり方や考え方で音楽をやることに妙な閉塞感を感じている人はいませんか?

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不定調性論は、音楽の新たな(古くて新しい)制作・解釈・鑑賞の方法論です。

この記事は2013年から毎年編集をしています。

自分の思う通りに音楽を創ろうとする人のための(現在進行形)方法論集です。作曲意識学、といった見栄えでしょうか

(それでもし満足して、伝統技法への憧れを感じたら、ちゃんと勉強してください。伝統音楽や技法は深く、面白いです。)

 

不定調性論的発想は、自己の作曲や表現を本格的に追求して数年経ったようなキャリアの方が一番必要とするステップかもしれません。

その考え方を応用することでリスナー側にも展開できますし、各種教室でのレッスンコンセプトにも使えると信じています。

 

極端な例を挙げますと、あなたがピアノの上に乗って踊って、「これが自分の表現だ!」と叫んだ時、不定調性論はその表現方法がその個人にとって如何に妥当かを指し示すことができ、その人にとって正当な表現物、である、とすることができます。

またこのことはV7がIに解決することを示してきた思考のアプローチの延長線上に示すことができますので既存論にも反しません。

それまでの学習も無駄になりません。

 

何より大切なのは、あなたが「本当にそれをしたい!と願っていることの実現」のために必要なことは何かを見つけることです。その意志がなければ奇抜なことになるだけで脈絡がなくなり次が続きません。

 

あなたの意志が自信を持って構築されれば、普段クライアントのリファレンスに基づいてお金のために音楽を作る=能力と後天的学習によってできてしまう音楽制作、と「あなた自身の真の音楽表現活動=先天的な音楽表現欲求」を一旦切り離して考えることができます。

そして再度両者をすり合わせ、できる限り仕事でも趣味でも自分の思う通りの活動をできるよう自分を導くわけです。

早い人はこれが中学の頃からできている、というわけですね。

大切なのはあなたの意思であり、理論書に書かれたセオリーでは全くありません。勉強しなくてよいという意味ではありません。勉強に囚われたら自己が死ぬ、という意味です。

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不定調性論」のコンセプトは既に広く活用されています。

「このコード進行の雰囲気は、〇〇〇〇〇のような雰囲気がしませんか?」

というような問いかけや、

「この音色は、自分には〇〇〇〇のような印象を覚える」

「この曲は理論によらず、自分の感じるままに作った」

「このメロディはフォルダにあったサンプルをただランダムに張り付けて感じるままに作っただけだ」

というような主張を見かけたことはありませんか?

これらはすべて不定調性論的な思考です。この手の発想はずっと昔からありましたが、感覚で出来た音楽は突発的な霊感によってできた特殊な音楽で、その他多くの音楽は理論的に作られているものだ、と思いがちです。

そうではなく、こうした発想こそ本来の音楽制作の原初的なものだ、とするわけです。

 

合気道の達人、塩田剛三氏は「合気道で一番強い技はなんですか?」と聞かれ「それは自分を殺しに来た相手と友達になることさ」と答えた、と言います。

こう聞くと「合気道の人が、戦わないで解決、なんて面白くない」と思うかもしれませんが、音楽だって究極の理想は「理論や経験的学習知識によらず曲ができてしまうこと」です。

相手と和解できることが合気道の目的、と考えるか、相手を殺すことを目的とするか、で目指す頂点は変わってきます。

音楽も「絶対和声のルールから反しないで名曲を作りたい」と思うか、思わないかで違ってくるのと同じです。

 

そうなりますと、結局は「あなたが何を目指すか?」に落ち着きますでしょ?

だから自分にとってどんなやり方が自然なのかをひたすら考えていきます。

先生はそれをサポートするだけです。

 

 

音楽を学びたい、という人は早期から、自分の「印象力」「発想力」「解釈力」を磨くべき、と考えます。

その教授法の良い例がありますので添付します。

NHK趣味百科ショパンを弾く レッスン篇Vol.5 NHK Chopin masterclasses Vol.5 - YouTube

カツァリス先生に限らずですが、結果的に音楽を具体的に「解釈」していきます。音符の音を自分に向けて翻訳し、実際にそれを先生自身が見える風景にまで昇華して解説しています。

一見達人の思考に思えますが、誰でもできることです。また長い経験も必要とします。

でもたどり着きたいのは誰でもこの「音楽の翻訳能力」であると思います。それを実現するために、どのようにフィジカルを使うかを自分で探していくわけです。知識や技術は誰かが教えてくれる、というのは幻想だったりするわけですね。上記のようなレッスンはあくまで作り上げられた世界で、こういうレッスン空間は本当に真面目に先生を探さないと出会えません。または自分で追求した方が早いです。

 

「音楽の翻訳能力」は普段気にしていないだけで誰も持っています。

好きな人の声を聞いたら、気持ちいいなぁ、と感じることを自分に認め、上司のイライラした声が聞こえてきたら、やだなぁ、と感じることを自分に認めてあげればいいだけです。

音楽をする人は、それを音楽に置き換えて表現するために自己の意識を把握する勉強が必要であり、そういうことは大抵、本には書いてありません。一般論は書かれていてもあなたのことを書いてある本はないんです。

ゆえに既存学習と並行して感性の鍛錬をする必要があります。これには個人個人のやり方があります。いっしょに見つけましょう。

だからカツァリス先生の言葉も鵜呑みにせず、自己のイメージを作るヒントにして活用頂きたいのです。

(そうなるとショパンの解釈を越えてしまう場合があります。そういう人はクラシック音楽はできません。どんどん自己解釈が進む人は、"できれば"再現芸術ではないポピュラーミュージックやジャズを志しましょう笑)

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Em7というコードを、「これはCメジャーキーのIIIm7でありトニックの代理コードです」というよりも、「甘くてセツナイ、いい感じの音」と感じられることのほうが大切です。前者の主張には進化はもうありませんが、後者の主張はあなたの経験によってどんどん深みのある表現になっていくでしょう。「枯れ木の最後の葉が誰も知らない夜更けに静かに落ちるよう」みたいに実際に絵が浮かぶようになれば、その和音をどのように弾いたらいいか分かるはずです(それを表現するフィジカルなテクニックはひたすら練習してください笑)。IIIm7のトニック代理コード、というのは他にもいくつも出てくるでしょうが、「枯れ木の最後の葉」である和音は一回しか出てこないでしょう。これらのイメージは、歌詞によっても、歌い手によっても、楽器の音色でも変わってきます。変わって当然です。それに順応すればいいだけです。音楽学習すると、こうしたことを無視して「IIIm7だ」と断言してスルーしがちです。これは単に合理性を学んだだけです。

 

そして印象力は音楽以外でも使えます。色の組み合わせや、今日自分は何を食べたいか、という何気ない意思にも、波の音や風の音にもあなたの情感をあてはめられると思います。

人生がたとえ虚構でも、ただの空気の振動である音に感動できればそれだけでも人生は素晴らしいものになります。

 

全てはあなたの感じ方次第です。気持ち良い、気持ち悪いは人が決めるのではなく、あなたが決めるのです。

あなたは自分にしっくりくる自分だけの音楽方法論を持つべきなのです。

 

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<ブログでは...>

実際の曲について、どう感覚的なことで理解していくか、という思考過程をいろいろ書いています。初期ブログの記事を書き直しながら移行していますが、主にコード進行に特化してアイディアを考えています。しかし「コード進行が大事」という意味ではありません。ポピュラー各曲の魅力のほんのさわりを述べるとき活用しやすいテーマがコード進行だからです。

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<教材では...>
本教材の方では「不定調性論の根拠」を列挙していきます。
12音の関係性を再構成し、現行の音楽理論そのものを一旦解体し、和音を作り直し、和声を作り直し、価値観を再構成していきます。

教材には自分の感性を作るための音楽思考がやや退屈に書かれています笑。このような発想を応援頂けるようであれば当教材をご購入いただければ大変嬉しく思います。
ameblo.jp

※一度ご購入いただきますと、翌年よりご希望があれば無償で改訂版を送らせていただいております。ご活用ください。
 

動画で概略を解説するシリーズもございます。

www.terrax.site

     

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もし既存の学習だけで十分自分が納得出来る曲を作ることが出来る人は、不定調性論は当然必要ありません。

これも大事なことです。

 

では、自由な感性、独自の解釈とはどういう感覚のものでしょう。


たとえば、このロールシャッハテストの絵、皆さんはどんな絵に見えますか?

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わたしは、テーブルの上で左肘を付いて拳を頬に当てて物思いにふける女性・・・。に見えました。

いやいやそれはないでしょ、と第三者が言っても、これは個人の感覚ですから、他者が巧みに否定しようとしてもどうにもなりません。

そしてあなたは他人になんと言われようとも自分の発想を信じる勇気を持たねばなりません。自分を成り立たせるには勇気が必要です。それをリスクという人もいますが、自己を確立する、とは、ワクワクする感じの方向に吸い寄せられていくような感覚なので私はそれをリスクとは感じません。


人と人との感じ方の差異があるからこそ、同じコード進行でも異なるメロディができるのだと思います。

また他のサイトや、専門文献も同時に参照ください。
知識は未知な部分が常にあります。
300年後の人達から見たら、私たちの知っている範囲もかなり限られている、と考えるべきです。
だから自分の考えを書き残し、必要な部分を次の世代に繋げていただくしかないと思います。


不定調性論はこちらで不定期的に研究発表しております。
日本音楽理論研究会
日本リズム協会 

※初期段階では自然倍音列の数理、和声の構造分析などを詳細に行いますが、これはあくまで理論的根拠を構築するためのステップですので、プレイヤーの方、実際に作曲を活用されたい方はすっ飛ばして頂いて、何ら問題はございません。
※受講内容の性質上、どのような方が受講されているかは一切外部に口外しておりません。世上に生み出される奇抜な曲、個性豊かな曲、インターネット上でみられる「この音楽の印象は、○○○○○である」等といった音楽の具体的な印象論の一端、またはそれを活用して作られた音楽のいくつかは、この不定調性論によって導き出されたものも多く含まれており、現状ではそれだけで十分な成果であると考えております。

 

まずあなた自身が感じることを自分に認めてあげてください。

そして他者が感じていることも認めましょう。そしてあなたが感じていることとの違いに敬意をもって接しましょう。

そう思えたなら、あなたの音楽活動もその瞬間正当なものに成っていると思います。

 

 

 

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www.terrax.site