音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

(動画解説・補足)不定調性論全編解説5〜音楽はなぜ存在するの?

今日の解説はこちらです。

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基本的に私が普通に作ると曲が、なんだかおどろおどろしい方に行ってしまうようです。基本ヒットメイカーではないようですが笑(コンペとかでは普通のピアノバラードとかよく採用になるのですが、、、)自分が自然と作れる音楽が持つニーズを今後も仕事と並行して求めていきたいと思います。

 

様々な音の歩幅の単位

 

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これは前回までの復習ですね。

12音というのは半音が最小単位である、というだけで実はさまざまな別の「歩幅」があります。これらを上手にとらえてください。どの単位で音楽をやっても構いません。

機能和声音楽が半音を最小単位として音楽を作っていく形態、というだけです。

これを意識の中で可能にしようと試みる理由は、これにより12音平均律以外も分割、活用が可能になるからです。

 

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これで今回のメインの話は、

なぜ音楽は存在するか

を考えるところにあります。もちろん答えを出すわけではありません。音楽家を目指される方がこの問いを若いうちの学習時に魂の真ん中に置いて頂ければいいなと。

 

職業としての音楽、お金を頂くための音楽、自分の信念の表現、、

様々なことが音楽活動の中でごっちゃになってしまいます。そしてごっちゃになってしまう事に耐えられるようになるのがプロ音楽家といえるでしょう。

 

自分のやりたいことができず悩む、とか、自分の理想のみに走ってしまう、というのは芸術家っぽいですが、あまり世間では受け入れられません。

 

ここには一つクリアしなければならない精神的状態があるように思います。

つまり、人に喜んでもらうがための仕事としての音楽、エンターテインメントとしての音楽と、真の芸術としての自己の音楽の追及は、全く異なる次元の音を用いた音楽表現ある、と言う点です。

 

個性が強いから、わがままだから、変態だから、エンターテインメントの世界で「オレ流」をパフォーマンスとして実践することは良いですが、それが本当に信念になってしまうと芸術になります。

まあ言ってみれば芸術は、作者が死なないとその価値に魂が移りません。これは比喩ですが。故に必要以上に抵抗に遭う人生になってしまいます。それを最初から望んで入ればいいのですが、望んでいない人、覚悟ができていない人がほとんどですから、そこに陥ると何十年も泣くことになります。要はそれが準備できているなら別にどうぞ、という話なのですが。

 

だから作曲家やアーティストは、「自分のやりたい音楽」と「職業としての音楽」の立ち位置を完全に把握しておく必要があります。そして仕事を得ながら、その一つ一つが持つ商業的側面、人間の欲求的側面が、真の芸術的価値を持たせるべき音楽にはあまりにも稚拙な動機である事に気が付きながら、上手にふるまうことでしっかりと世の中があなたに求める音楽を表現できる精神性を持っている必要がある、という意味です。

 

そしてこのことをしっかりと理解するために、音楽を学習するときに、この商業的な要素を持つ側面と、真の芸術としての音楽がまるで異なり、自分が今進む方向には両方の道が並行して存在して、どちらも上手に歩いていかなければならないことを知る必要があります。そして上手に選び、自分の中で高いエネルギーがあるとき、芸術としての音楽に取り組み、あとは職業としての音楽を楽しみ、二つの精神性を上手に出し入れしながらこなしていくすべを学ばなければならないわけです。

おそらく音楽がARTで有る限りどちらかに徹する、というのは並大抵の人では難しいでしょう。単純にいきづらくなるから、普通は避ける、という意味において、です。

ですからそれも人の自由です。

 

その精神的知識のための最初の問いが「そもそも音楽って何だ??」であるかと思います。

そしてそれを十分に自分に問いかけてその時々の答えをメモっていくことで、二種類の音楽の世界を無用にミックスしないようにするわけです。

   

 

動画の方では、「変えられない過去」について話をしていますね。全く話題が違うように見えますが、根本は同じです。

音楽は様々な情感の表現に用いられます。

 

人の情感は、職業とか、社会的地位とか、経験とか、立場とかに関係なく発生しますよね。

 

アーティスティックなものもあれば、ビジネス的な天啓もあるでしょう。

これらが微妙な割合で混ざって訪れるからたまったものではありません。

 

あるとき「そのアルバムをさらにヒットさせる一つのアーティスティックな企画」が浮かんだとしましょう。レコード会社は大喜びです。それが本当に売れるような内容だったら。いかにもそれをビジネスとは言わず、そのアーティストの精神性に訴えるようなエールを送ります。「あんたは本物のアーティストだ」とか何とか。

 

誰もだまそうと思って言っているのではありません。単純にエールを送っているだけです。だって結果的に皆がハッピーになるのだとしたらそれでいいのですから。

 

でもアーティストは混乱します。

その売れた姿は本来の自分でないとして、葛藤するわけです。

 

そこに学びが必要です。

 

最初の段階で、「音楽とは何か」をもっと真剣に考えさせてくれさえすれば、今自分が感じているのはビジネスの喜びか、アートの喜びか判断できるはずです。そしてこの二つの道は決して交わることはりません。食事と排泄を、葬儀と結婚式を、眠りと目覚めを同時に行おうとするようなものです。できないとは言いませんが何かが破綻するでしょう。破綻は本能的に避けられてしまいます。

(でも本当は、広く世界を見れば、それらは同時に起きています。そこに意味はありません。狭い司会で生きる社会の人たちと同じ目で見た場合の視線の立場を考えれば、という意味での破綻です)

 

美しい街路樹で騒音が消され、歩きやすくなっている緑の歩道に平行して六車線の大通りが並走しているのです。歩道と車道は二つの並行する道です。人はここを上手に行き来しながら前に進む、という話をしています。

 

音楽は心のあらゆる感情を表現し、変化させ、変質させるものです。

そして心は、人間社会を超えたところに存在する、大きな未知の世界への扉です。そこには国家も政治家も、会社も、家族ですら入り込めない世界であり、それぞれがその扉へのアクセスを持っていて、永遠にプライベートな物であり、誰もが同じ処への同じ扉を持っています。

その「心」の欲求と、ビジネスの欲求、単純に喜びのための欲求についてよく考える時間を音楽学習中に持って頂くことで、自分がどんな音楽を目指したいのか、職業としての音楽はどうなのか、自分はどんな風に思うのか、我慢できそうか、理想と違ったときどんな状況なのか、それでも我慢できるか、音楽って自分にとって何なのか、どんな部分を癒してくれるのか、励ましてくれるのか、そういったことを講師と良くディスカッションすべきだ、ということを考えて頂ければ幸いです。

 

そしてこれからの未来で人類が解明すべき最も重要な素材である「心」というものを扱う音楽の様々な側面について、慎重に学習時に考えられる精神を持つことによって、音楽に対する覚悟や、真に自分が楽しむ準備ができるのではないか、と思い、この項目を設けました。

 

最終的には、自分の判断に迷わず、自分の世界の中で音楽を発信することができれば、別の世界が生まれるので、そこで迷わずいきていくことができる、というなんだか難しい話をしなければならなくなるので、とにかく「あなたが今やりたいもの」に対して心を開く、という矛盾への問いかけです。