音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

(動画解説・補足)不定調性論全編解説3〜音現象の心象を解き放つ

動画3本目の解説補足です。


不定調性論全編解説3〜音現象の心象を解き放つ

 

人は音に限らず、その感覚器官が機能している場合に、その感覚器官を用いて感じた感覚に対して、何らかの心象を与えることができます。

   

目で見た風景に対する感情、聞こえる声、音に対する反応、嗅覚、触覚。夢、記憶。。。

こうしたものに「一切反応しない」という人は、通例社会の中でそれなりに生きている人の中にはおられないでしょう。

 

音楽は特に「音楽っぽいものと認識できるものを聞くと沸き起こる感情」のようなものがあろうかと思います。

でもそれは、今掲げた感覚器官で感じる全ての反応に対して自覚できることと何ら代わりはありません。

音楽に対して熱心に聞くのは、「これはその人が作ったものだから」ちゃんと聞くだけ、かもしれません。でも鳥の声だって、海の音だって、地球が作ったものです。あなたの心臓の音だって、あなたの両親が与えてくれたものです。

それに行ったどんな違いがあるのでしょう。

 

「そんなこと言ったら音楽って意味ないじゃん」

そう、そもそも「意味」などないのです。「意味」を見出すのは個人であり、個人の自由であり、それを共有する自由を謳歌できる幸せな世界に生きている、というだけです。音楽が全面的に禁止になった世界を想像しましょう。

貪るように音楽を求める人もおられるでしょう。鳥の声では代用できないその人の好きな音楽ならではの「意味」をその人がその音楽に与えているからです。

自分自身が与える「意味」を大切にしましょう。

 

「意味」が自在に当てはめられるとすると、音楽が展開する唯一動機は、作り手が音楽に与えている「意味」だけです。機能和声論できっちり音楽を作ったとしても、あなたは自分で自在に音を配置していくことになります。あなたが不協和だな、と思ったら、音を変えるでしょうし、なんかつまらないな、と思ったら破棄するでしょう。

経験と勉強を重ねれば、不協和かどうか、面白いかつまらないかは機能和声論がなくても判断できるようになります。また、機能和声論で不協和とされたもの、非機能とされたものに美を感じてしまう場合、あなたは自分の感覚を信じていいのか、迷うかもしれません。自分が未熟が故に今自分が作ったこの音楽を美しいと感じているのではないか、と迷うのです。

不定調性論は、この迷いの段階を設けないように設定されています。あなたが美しいと思うなら、今は使ってみることです。それを発信して「君は間違っている」「君の感覚は人とずれている」と言われるかもしれません(不定調性感覚が広まることで、こうした横やり意見が減っていくことを願っています)。その時「自分は自分の感覚をどれほど信じているか」が問われるわけです。

そういう場合のために日頃から行っておくのは、理論の学習と、伝統への理解、そして一番重要なのは自分の感覚を信じる訓練です。

それを教材では「音楽的なクオリアの育成」と読んでいます。

印象力の爆発的開発です。

ペンが床に落ちる音を聞いたら、恋愛ストーリーがいくつも浮かぶぐらいの印象力になるまで鍛え上げていくわけです。

それが鍛え上げられても、ヒット曲ができるかどうかわからないのですから、どこからどんどん作り込んで行って制作数を伸ばしていくしかありません。迷っている時間はありません。

不定調性論の体系は膨大ですが、「音楽的な印象力を鍛える」が一番重要なポイントで、他は無視してもいい笑、といっても過言ではありません。

あとは勉強意欲が湧いた時に動画や教材をごらにただければ嬉しいです笑。

さらに、鳥の声を聞いた時の印象も一人一人違います。

同じバッハの曲を聴いても、印象は一人ひとり違うでしょう。これをコンサート会場で調べたら、それぞれがそれぞれの感動と興奮を訴えるでしょう。そのどれが正しいでしょう?そこに音楽評論家がいて、彼が述べた感想は、その会場の全てのお客さんの乾燥より上でしょうか。そこに有名なハリウッド俳優がいて、彼がその音楽に対して述べた感想は、その会場に来ていた他のお客さんの感想より優れたものでしょうか。あなたの感想に対する感覚に対して、あなた以上に優れた感覚を教えてくれる人はあなたがいないいるでしょうか。有名人のコメントに影響される、影響力のある人に影響される、というのは単純に洗脳されているだけです。もちろんそういう時期も人は必要ですが、どこかで自我を磨き上げていかなければなりません。だからあなた自身の感覚を信じるトレーニング期間が必要です。

もちろん「あなたの意見よりも優れた意見」というものが存在するように見えるでしょう。その時はそのポイントだけを受け取り「トレーニングできた」と思えばいいでしょう。

「君はこんなことも知らないのだから音楽をやめたほうがいい」と言われるかもしれません。普段から自分の感覚に対して信頼を置くことで、そういう部分は排除できると思います。自分の正当性を主張しようとする人は、恐れを抱いています。自信のない裏返しな訳です。大抵この手の人は大きな権威から「正しいという感覚を外部から埋め込まれた人」に多いです。

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オクターブレンジ

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自然倍音列において基音の振動数を足していくと、上記のようにオクターブを刻む音名に割り振られます。

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これらは基音の振動数×整数倍なので、上記のように倍数的に書き表すこともできます。

つまり12音というのは、ある基音から生み出せる、ということもできるわけです。

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そこでそれぞれオクターブで区切られる部分をそれぞれレンジ1、レンジ2と名前をつけておきます。これらの出現音と、分割される状態を不定調性論では音楽を考える基本的な要素にしていきます。機能和声論では、これらの倍音を「機能和声論」に有利なようにしか用いませんでした。それによって覆い隠されてしまった事実を平等に、これからの音楽解釈と音楽表現の可能性として列挙しよう、というわけです。

 

この中で基音以外に初めて現れる音が五度音ですが、下記のように音程が分割されます。

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基音cがg音によって分割される時、完全五度と完全四度が出現します。この二つの音程は裏返しな訳ですが、不定調性論では、それぞれを起点とした音楽生成を考えることで、七音音楽と五音音楽を構築していきます。とても大事な分割となります。

これは人が定めたものではなく、自然が定めた原理を12音組織に該当させて用いていきます。機能和声論と同じ音を用いなが全く違う音楽方法論ができる、というわけです。

同様にレンジ3では、C-E-G-Bbが現れ、完全五度と、完全四度を分割する音が出現します。さらにレンジ4では、倍音列音階とも言える集合が現れます。

 

あとはこれらをどのように拡張し、組み合わせて、音楽の素材とするか、です。

 

そしてこれから先は本来自分で作り出すべきものです。

本来自分の音楽理論は自分で作るべきなのです。

既存の権威は、こうすべし、として権威をふるい、権威と同じ価値観を植え付け、同じ価値を共有することで、権威を生み出した人に権威が集まり、それに従うことで財力が一つの場所に集中するように仕向ける洗脳とも言えます。

きびしい言葉ですが、別にそれが悪いとは申しません。洗脳は統治の最も原始的な手段です。つよいもの、狡猾なものが餌を奪っていくのです。自然界の掟です。だからそれに全面的に背く理由もありません。

ただ最初から、権威に屈服し、100年後は相手にもされていない現代の常識に捉え込まれ、盲目的に既存の(10年後にはあるかどうかもわからない)権威を「絶対的なもの」としてしまうと、人生はきつくなります。

そうしている自分が正しい、と信じるわけですから、周りはほとんど敵になります。

 

個人にとって最も正しいのは各個人だからです。主張すればするだけ人とぶつかります。それが自分の信念であれば良いのですが、実は他所から植え付けられたものだと、むやみに主張しようとします。権威を振るう人はそうならざるを得ないんです。自分が命を削って権威に添わせたのに、他人が自己流で進むことなど許さないからです。

 

 

この辺りは永遠の軋みになっています。

ですので、個人で音楽をされる方が、自分の考え方、自分なりのやり方に自信を持ってどんどん自己流で発信されていくことを願って、不定調性論における、自己印象力強化の話をさせていただいております。

 

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