音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

マイナーコードはなぜ悲しい響きがするのですか

二年に一度ぐらい、この質問を受けることがあります。つい先日も。
なんか新鮮でした。

こう返します。

では、 

カレーライスはなんでおいしいのか、と笑。

   

不定調性論の教材を作る時のテーマの一つもこれでした。
いろんな論文を読んだり、本を読みました。
理屈で語ることもできるのですが、どれも少なくとも自分にはしっくりこないというわがままなところがあり、困っていました笑。その発想が音楽の理解につながらないと意味がない、と思ったからです。

下記は参考までにお願い致します。

たとえば、この問題のとっかかりとして、

・本当にその感覚は自分で得たのですか。誰かから聞いた話ですか?
・『東京音頭』は、いわば短調だけど、あの曲、悲しいイメージありますか?
・もし悲しいなら、本当に「悲しい」というイメージだけですか?

などなど。でも行きつくところは、

あなたが本当にそう感じるのであれば、その和音は今のあなたにとって、そういう存在足り得ている

としか、言いようがありません。それでいいじゃないですか?

たとえば友達も「悲しい」と言った、としたら、なぜあなたの「悲しい」と、友達の「悲しい」がにている、と決めつけているのですか?

モーツァルトが弾いたCメジャーコードと、ショパンが弾いたCメジャーコードは同じですか?それらのCメジャーコードに対して、私が弾いたCメジャーコードは同じ「価値」を持ちますか?

 

違うと思います。それが印象です。言葉にうまくできないけれど、あなたが感じているあなた独自の感覚。それを見つけて、それを作品制作に活用する、という発想が不定調性論の音楽制作についての考え方の主幹です。

 

Bb-Cm-Dm
と流れた時のCmは、私はあまり暗いと感じません。


本来、物事はもっと複雑で定義付けなどできないものです(細かく考えれば)。
だから短三和音はなんで悲しい響きがするのか、という問題意識自体がまだまだユルユルなわけです。

もし倍音や、生理的、心理学的、生物学的な方面から勉強したいなら、その専門家に質問してください。最新の研究結果が聞けるでしょう。

 

でもとっても良い質問ですよね。

特にワタクシのレッスンでは、作曲と編曲研究の方面から述べることが多いので、そういうことを目指す人向けにいつもディスカッションします。その「悲しい」と感じた音楽的感性をもっと深く広く拡張いただきたいです。

 

・もし短調を悲しいと感じることに、あなたが同意するなら、そういう気分の曲を書くときに手がかりにすればよい。

 

・でもユーミン氏ぐらいになると、『ツバメのように』のように、自殺をテーマにしてもテンポの良い曲もあります。それが悲しみというものを越えて、もっと何か別の感受性になるところが新たな悲しみの表現になりえていると思います。

 

・『神田川』は、暗い歌、四畳半フォークの代表のように言われますが、学生運動が頻発した時代の不穏な先行きの中で、闘争を求めるか家庭を求めるか、つい女性の優しさに惹かれて自由への闘争を見失いそうになる男性を描いた、映画なような壮大な断片歌です。しかも当時の一時を削り取るのではなく、「貴方は もう忘れたかしら?」と何十年も経った後の時の歌のように歌われるこの歌詞の一節が秀逸なんです。結果的に家庭を選んだ日本男児らしさがあって、当時誰もが感じた時代を100%切り取って、「貴方は もう忘れたかしら?」の一節によって、いつの時代までも歌い継がれる歌になっていると思います。だからどちらかと言えば、暗くも悲しくもありません。甘酸っぱい歌です。こういう感じでもう一度読むと、どんどん「悲しさ」は変化していきませんか?

 

・『あの素晴らしい愛をもう一度』は、実はとっても暗い歌です。曲調が明るいことで、暗いメッセージを昇華させ変質させる、という特殊な効果が起きています。これは「ツバメのように」と同じで、もはや作曲の技法のひとつといってもいいでしょう。

 

・『We are the world』も、前向きな曲調ですが、その歌が生まれた背景にはたくさんの悲しみや絶望があったわけで、その先の一縷の希望が描かれているという意味では、とても切ない曲だと思います。こういう表現で悲しさの先にある何かを表現する技法があります。

 

     

短調は暗い、マイナーコードは悲しい、はあくまで理解の最初の一歩。

「何故悲しみを感じるのか」ではなく「悲しみを産み出してくれた」という事実しかないのです。カレーを食べて「美味しい!」を感じる事以外にその時考えることが何か必要でしょうか。その「悲しみ」を用いればよい、というだけです。当然感じない人もいます。


その魅力の詳細が見えれば見えるほど、マイナーコードが暗いかどうかなど全く問題ではなくなるし、数億の感情的反応の一つを切り取ったにすぎない、ということを知ります。

じゃあ、もっと暗いCdim7は絶望か?ということになります。

S.Wonderの『Christmastime』の下記0:08


Stevie Wonder - Christmas Time


のII#dim7はいかにもクリスマス!!って響きしませんか?

絶望的なシーンでももちろん使いますが、型どおりに思いこんでしまうと、クリスマスの曲で使う、という発想は生まれないと思うのです。またクリスマス=絶望、でもありません。

 

「和音の響きは、その前後関係によって元の性質を変質させ多解釈を生み出せる」

ということを知っていろんな実験をして活用頂きたいです。

現代って、やっぱり200年後の人から見たら四畳半フォークの時代であり、まだ混とんとして不便な時代だと思われるでしょうし、逆に未来よりも自然が豊富で、自由に生きられる時代と言われることも分かっているのですから、マイナーコードを悲しい、なんて言わず笑、生き生きとした響きと感じられる音楽家になっていただきたい、と思っています。

 

私は、マイナーコードの響きは、「マイナーコードの響き」そのものであり、そこから先の感じ方は自分のものであり、遺伝的、生物学的な根拠はともかく、そう感じることを大切にしてまいりたいです。

 

でも、切なさを感じることのほうが人生多いですから笑、マイナーコードの響きって単純に、人生への共感を喚起する響きなのかもしれません。そうなるとそうした響きを人が古来から扱ってきた理由にもなんとなく共感できるものです。

また切なさ、なんてあまり感じたくないときもあるでしょう、それが負の要因となって「悲しみ」と同等のある種の嫌悪感になっているときもあるでしょう。とにかく毎秒毎秒マイナーコードの色合いは変化していきます。それを感じれば、マイナーコードはもっと豊かな響きを持っていると思います。

 

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