音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

M-Bankの最近の集客システムと制作業

手前どもの制作は、広く一般に、ご縁のある方々から様々な制作業務を頂き、音楽関連の部分はすべて私が一手に引き受けております。

   

 

自分にとっての自然体の制作作業を提案し続け、こちらが求めるお客様を呼びこむ

お客様を選ぶわけではありません。こちらができる作業範囲内でご満足いただけるお客様を呼び込んでいく運営形態です。

これはHPでの告知や、普段の仕事っぷり公開とかで戦略的に行うのではありません。自然体で一つ一つの仕事にアプローチしていくと、そういう流れが生まれます。

変な言い方ですが、安易な気持ち、心に隙があると、トラブルになるようなお客様がやってきます。というより、お客様にその気がなくても、その心のすきがどんどん広がり、最後にはトラブルを生み出してしまう、という意味です。

で、自然体、というのは、自分のやり方ですが、何処何処のビジネスマネージメント法、とか、誰誰のマインドコントロール法とか、そういうものを頼るわけではありません。もちろん様々な著書は読みますが、「本は自分の中に入れない」「気が付いた点を自分用に加工して中に取り込む」だけです。

つまり勉強した結果を不定調性論同様、自分で編み出した手法に磨きをかけていくやり方で重厚にしていくわけです。その結果「守破離」が実践され、どっしり自分の色が出る制作方法、運営方法になっていくわけです。そしてそれが「やりやすい」と思って頂ける方がクライアントになります。

 

まずメールやお電話でお問い合わせをいただきます。

こちらで料金、体制、音質のクオリティなどを添付ファイルなどを駆使してお送りして吟味いただきます。

自分の制作費に自信が持てるかどうかは、やはり日頃の自分の仕事っぷりが自信になり、主張に繋がります。もちろん最初は、安請け合いして、つらいだけ辛い体験をして、何かがおかしい、などといろいろ考えたうえで辿り着くものですから、この記事を読んで実践しても、ご自身の中に経験値が重なってこないとなかなか難しいでしょう。

 

あとは何度もやり取りをして作っていきます。

料金は、デモがある程度形になって、「これならお願いしてもいいかな」と思って頂けるレベルになった時点で、お客様の意志でお手続きいただけます。そういうお客様をこちらが呼び込みたい、と思って仕事をしているからです。修正は二回まで、とか決めたほうがいいのではないか、とかいろいろ考えてやった時期もありましたが、結局相手が納得いかないものを創るわけにはいかないのでやめました。手間よりもやりやすさ重視しました。それは結果的に精神的な健全さを呼び込みます。

ただ「思うだけでいいの?」「営業は?」等とおっしゃるかもしれません。

でも営業を行う必要があるうちは、まだ一人前ではありません。そのような時はむしろどんどん営業をしていっていいでしょう。我々も人数がいないので一人で一日1000枚チラシを配ってから帰る、という日々でした。それで翌日首が痛くて起きれなくて仕事を休む、みたいな日々もありました。それで「こんなことをしていたらいかん」と何度も何度も思ってたどり着いた結論が、「営業しないでお客さんが来てくれる方法を作るしかない」

でした。

     

その方法は「潜在的クチコミシステム」を作り上げることでした。ひとりの人間には、100人単位の知り合いがいるものです。知り合いとは、日常会話を交わすレベルの相手の人数です。これを活用します。ひとり来校があり、M-Bnkを知って頂けたら、そしてこちらの何んらかの印象を持って頂けたら、その方は、誰かにそれを必ず話します。一人で良いんです。家族のひとでも、会社のひとでも。

そして話された人にも当然100人単位の知り合いがいます。そして聞いた話を人に話すかもしれません。そういうことを強くイメージしてお客さんと対応できるかどうか、あとはそれだけです。意識の問題。

 

では、その「良いクチコミ」のために、お客さんに良い顔して仕事をすればよいのか、と言うとそれも違います。クチコミは良い・普通が半分、悪いが半分です。それでもいいのです。人の悪い印象は正確には伝わりません。良いクチコミの半分が逆印象として取られ、悪いクチコミの半分が「好印象」で伝わるでしょう。つまり、そこまでをこちらでは管理できません。

M-Bankは地域密着型のゆるーい音楽教室です。プロフェッショナルですが、別にグラミー賞を取ったわけでも、ビートルズに楽曲を提供したわけでもありません。

つまり飾る必要のない普通の音楽教室です。

 

だからお客様には自然体で接しています。そういうふうなところに行きたい、と思ってくださる方に広めて頂くためです。そうすれば、そういう方がいらして活用いただけます。制作業も同じです。自分ができる事はこういうこと!と相手に示します。それが良いと思うかどうかは相手次第であり、こちらの見せ方でいくら良く見せてタイプと異なる仕事が来て大金が入ってもその後も相手が気になってしまい苦しいだけ、と学んだからです。

 

本当に好きなものを体感してもらう

音楽制作は大変ですが、自分の得意分野ですし、それが誰かの役に立つ、というのは素晴らしいことです。お金に換えていますが、お金には代えられない価値です。そういう仕事をしている自分を見て頂く、のが一番のアピールであり、営業です。だからスマートに仕事をすれば人がやってくるわけではないと思います。音楽大好きな人がそこにいる、から同じような空気感でやりたい人が集まってくるんです。

他にも素敵な音楽スクールはたくさんありますので、他もご覧になって、我々とテンションが合うのであれば、ぜひご受講、ご依頼ください。安心できますから。

 

制作時のやり取りについての「制作心理学」

 こちらがデモを作る場合、相手がこちらの音に慣れるまでは、だいたいが「どうなんだろ、、」という印象から入ります。これはプラシーボの記事でも述べましたが、人はそういうふうに解釈するものなんです。

www.terrax.site

だから最初は相手もナーバスになって「もっとドラムが生っぽい方がいい」とか「もう少しギターを人が弾いたみたいにできませんか?」とか「ピアノの音が気に入らない」という話にふとなります。無意識的に。発注に慣れていない人であればあるほど。これは当然です。これが「小室哲哉さんに曲を書いて頂きました!」となったら、上記の事は思いません。思っても気にしません。「こういうのが今は売れるんだろう」と考えてしまうからです。もちろん小室さんのやる音楽に間違いはないですが。日本人の遺伝子レベルにまで浸透した音ですからね。何が出てきても納得いく、ということはあるでしょう。

でも自分の場合は、そうはいきません。だから当然疑心を持たれてしまうと、それを払しょくするまでが大変です。でも大丈夫です。ここから街の制作屋の「制作心理学」です。

 

慣れてくると、そういう心の仕組みが分かってくるので、上記のような指摘を受けても焦りません。ギターを10種類ぐらい変えて、最終的に最初提案した音に決まる、ということもありますよね。しかしこちらの理解が誤っていた場合、決定的に嗜好が違うことに気が付くこともあります。

相手が「人が弾いたみたいに」という指摘が実はこちらが思っている以上に機械的であったり、荒い感じだったりする場合、なかなか初対面では好みや表現の癖がわからないものです。ましてや電話やメールだけではなおさらです。だから焦らず、一つ一つ同じ気分で提案します。ちょっとでもこちらが「この音の方がいいのになぁ」という気持ちを持ってしまうと、それは相手に伝わり、相手はさらに気分を害してしまいます。最初は気のせいだったことがトラブルにまで発展してしまうんです。

この辺も、心に隙があるとダメ、という意味です。さすがにトラブルになったことはありませんが、最初の頃は「こういう音がおすすめです」等と固い信念みたいなものを提案してしまったことはあります。

音楽は100%好き嫌い

なのです。他に何の理由もありません。たとえ音楽の理論書であっても「私はそうは思わないが、こう教えられたのでこれを進める」という著者は居ません笑。ぶっちゃけ好き嫌いで判断しているんです。

だから、こちらは「相手がどんなことを求めているか」をちゃんと導けるかどうかがスキルです。こうもいえます。

こっちが良いとも何とも思わない音を指定する人をお客さんに呼び寄せるようでは、まだまだ制作者としてのスキルが低い。

「1000万払うから、自分が人を殺した映像に音楽載せてほしい」というような人はウチにはきません笑。求めていないからです。でもそういう狂人はどこかにいるでしょう。どういうお客さんに来てほしいか、を明確に描いておかないとビジネスってどんどん荒んでいきます。稼げるけど苦しい、という選択を自分がしないだけ、とでもいいましょうか。「それを受けた後に来られる次のお客様に誠意を持って自分が音楽を作れるかどうかが今の仕事でも問われている」わけです。

 

音楽は100%好き嫌いなので、相手が「これ最高!!!」と思う音を提供する必要があります。そのためにYoutubeの参考音源を頂いたりします。できる限り短時間でその音ができないと、相手はこちらのスキルよりも自分の嗜好を疑ってしまうからです。

「やっぱり最初のデモより、俺が提案した音の方がしっくりくるじゃんか」

と思ってほしいから、出来る限り素早く対応するスキルをつけます。それを行えるようになるには、もちろんたくさん作らないといけません。最終的に「お願いして良かった」と言ってもらえるかどうかです。

音楽そのものに価値はないのです。やり取りする人の心と心に価値が生まれ、音楽はそれを具現化しているだけです。だからカバー曲の演奏が下手だと曲が魅力的に感じられないときもあるでしょう。人の心がとても大事。価値を作るのは心です。

「結局は好き嫌い」という点に異論もあるでしょう。好き嫌いで人殺しをしていいのか、という話に飛躍するかもしれません。そうかもしれません。でもちゃんと自分の理想を掲げていれば、こちらが「好きになれない」と思う人は絶対にやってきません。こちらが「私はこういう人」というものを掲げているからです。明らかにコイツ虫が好かん、というひとはこの記事一つを見ても判断できるでしょう。そのくらいスキキライ、というセンサーは敏感であると思います。それを封じ込めて仕事をする、というのはよほどストレスに慣れた人です。

 

無償で制作をすること

自分はよくあります。これも最初の頃は、「自分のレベルなら無償でもありがたい」と思って受けて、やがて「タダでなんかできるか!!」と憤る段階があり、好きに囲まれると、「それはタダでもやらせてくれ!」という

仕事があります。

だから先ほどから申し上げている通り「納品しても金を払ってくれない」という人に出逢っているうちは自分に隙があるのです。もちろん今自分に隙がないのか、と言われれば半信半疑ですから、そういう人に自分自身が遭うかもしれません。

どういう気質になろうか、と目指していますが、できれば江戸の職人である、という思いを持てるように張り切っています。

江戸の職人は、自分が気に入ったものはタダでもやり、気に入らない仕事はお上の仕事でもやらない、銭は腕で稼ぎ、宵越しの銭は持たない、なんてとこまではいきませんが、とても大切な事であると思っています。日本人ですから。

まずは一曲一曲、一人一人、自分の対応できる範囲で全力を尽くしていくしかありませんね。江戸っ子の話が出てきたので、最後はこのお噺で。おあとがよろしいようで。

この流ちょうなグルーヴなノリ、最高だ。

 

 
古今亭志ん朝 三方一両損