音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

"Nevermind" 1 / Nirvanaのコード進行研究

愛情を注いでもらえないことへの恐怖心とともに、この痛みは生涯を通して彼の心の奥底に潜んでいた。すべてはいとも簡単に消えてしまうことを知っていたカートは、どれだけのお金や注目や、まして愛情を手に入れても、決して満足できなくなったのだ。

...Heavier Than Heaven

                      

だんだん消えていくくらいなら、一気に燃え尽きたほうがマシだ。

カート・コバーン

 

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カート・コヴァーンの不思議な魅力は、幼少時から変わっていないつぶらな澄んだ蒼い瞳と、あの声、生き方や音楽の凄まじいギャップです。

彼はりっぱな意志を抱きながら強烈な自己嫌悪にも駆り立てられていた

行動力と意欲を口にし実行するが、行動するまではベッドから出ることも嫌がるタイプ。歩く矛盾。

恋人のコートニーは朝起きてベッドの下に落ちて意識不明になっていたカートを幾度も必死に蘇生するのが日課だったことも。

それでも写真に写る彼の瞳は、まるで何の罪もない無垢な少年のまま(生まれた病院の看護師をはじめ、人は口々にその美しさを口にした)。

そうした人間が作る強烈な音楽の矛盾に惹かれない理由があるでしょうか。

人間が作る矛盾は、物語であり、魅力であり、格好のゴシップであり、それは映画になるほどの商業的価値を持っています。矛盾は人が作り出した発明品かも。

 

 

ここではカートの生き様とは少し切り離して、大きな商業的成功を収めた二枚目「Nevermind」を題材に、この世界観について考えています。

 

先に結論です。
■ビートルズ楽曲には一部怪しい雰囲気を放っていた楽曲群があった。これらの楽曲が持っていた「不可思議さ」「厭世感」「けだるさ」「焦燥感」は、ニルヴァーナの音楽的背景に引き継がれ、カートの人生観によって拡張された。双方に共通するのはメジャートライアド(正確にはニルヴァーナはパワーコードフォームでの扱いが多い)の自在なギター的活用にある。

 

■厭世観に特化したようなコード進行を、ビートルズは"サージェントペパーズ"において「不可思議な世界観」「非現実的な空気感」として完成させていた。ニルヴァーナの場合はその程度では飽き足らず、カートが惚れ込んでいたパンク・ロックの響きと融合され、より破滅的な雰囲気の体現に活用し、音楽が表現しうる負の理想郷ともいうべき限界値を一枚のアルバムで作り上げてしまった。

 

というところでしょうか。

 

 

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カート・コバーンが遺した日記、そして遺書。門外不出の資料と、400本以上のインタヴューによりカートの矛盾に満ちた人間像、死の本質的な謎を解き明かす決定的伝記。

当ブログの引用のほとんどはこの伝記からです。

 

★なお今回はノーマルチューニングのギターでコピーしています。キー感覚などに差異があるかもしれません。

 

1曲目"Smells Like Teen Spirit"

ある晩、カートの家でパーティーをして大騒ぎをしていたとき、ハンナが寝室の壁に「カート・スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」と、つまり、「カートはティーン・スピリットの匂いがする」とスプレー・ペイントで落書きした。ティーン・ スピリットとは、十代の女の子向けデオドラントの商品名で、この落書きはある暗示だった。 つまり、トビはティーン・スピリットを使っていたのでキャスリーンはこの落書きで、カードはトビの匂いがすると、つまり、ふたりに肉体関係があることをからかっていたのだ。

この曲は彼女(トビ)と別れた直後に書かれているが、「見捨てられた10代のキングとクイーンに選ばれるのは誰だ?」と言う歌詞が、最終的には削除された。この問いの答えは、ある時点までカートの想像の中ではカート・コバーンとトビ・ヴェイルだったのだろう。

歌詞も五、六回書き換えられていた。その中の1つを見ると、コーラス部分は「否定、見知らぬ人たちからの/復活、好意からの/俺たちはここにいる、俺たちは有名だ/俺たちは愚か者だ、ヴェガス出身の」となっている。もう一つは、「さあ、出てきて、遊ぼう、ルールを作って/うんと楽しもう、負ける事は分かっているけど」という歌詞で始まっている。 このバージョンの後半には、「俺にとって最高の日は、明日が来ないという日」という歌詞もあった。

この曲が瞬く間にヒットして、カートがテレビに映るようになると、カートは母親に電話して「また俺が映った」とはしゃいでいました。

そして同時期に彼は、自分が自殺することを確かに感じ、麻薬中毒の症状もピークに達しました。

 

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このリフはパワーコードで書くと、

F5 Bb5 |Ab5 Db5|

です。F5とはfのパワーコードです。

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4弦の音(6弦の音のオクターブ上の音)まで入れる場合があります。

 

F=Iとすると、Bb=IV、Ab=IIIb、Db=VIbですから、この進行はFメジャーキーとFマイナーキーのダイアトニックを行ったり来たりしている、と考える事もできます。その場合、音楽理論的には、


Fm Bbm |Ab Db |

f:id:terraxart:20210417085509p:plainFm

f:id:terraxart:20210417085550p:plainBbm

f:id:terraxart:20210417085659p:plainAb

f:id:terraxart:20210417085728p:plainDb


と表記する必要があります。。でもこれでこの曲を弾くとちょっと変ですよね。

なんか色がありすぎる、というか、危機感もないし、"ちゃんとしすぎ"ていて、これではパンクではありません。

三度の音は「性格音」と呼ばれます。これらがコードに加わると、コードに性格が現れトレンディードラマの登場人物のように明確なキャラ設定がされてしまいます。

 

パワーコードにはこうした"商業音楽っぽさ"を消す性質があります。

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三度を省略するとパワーコードになります。形は皆同じです。

音楽理論もある意味で消滅します。

これでパンクを頭の悪い音楽、という人もいますが全く違います。

むしろ繊細に感じようとしないと分からない、表現できない音色だと思います。

だから、時にはライブなどではパワーコードを弾きながら、メジャーコードにしてみたり、マイナーコードにしてみたりすることもできます。それが"その時俺が必要だと感じたら"そうします。それを自由にできる音楽を彼らは欲し、発明したのだと思います。

 

同じ場所から写真を撮っても一枚とも同じ写真になることはありません。

コードだって歌詞だってメロディーだってテンポだって、グループだって、毎回全部違って当たり前。その時の正直な気分をそこに反映できなければ、ロックではありません。だから、本当に気概や今の感情を感じていないと、音楽はもぬけの殻になってしまいます。クラシックだって同じなはずです。1音入魂なんて当たり前で、そういうふうに云うか「そんなものクソだ」と云うかの違いがあるだけです。

 

 

ただ堕落するなら家で寝ていればいいのに、彼らは音楽を作りました。

この世界観はパンク/グランジより先にハードロックが表明していました。

パンクはハードロックの威勢ぶった部分を、それは虚勢だ、と指摘できたルーズさを持った自然体音楽だと思います。

 

例えばこれを、
F Bb |Ab Db |
としましょう。すべてメジャーコードとして弾いてみてください。

これを商業的成功につなげたバンドのひとつがビートルズでしょう。

メジャーコードを繋げると全部ビートルズになります。

ギターでいうと、押さえ方がおんなじで、左右にフレットをずらすだけなので"学がなくても"できます。

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これは発明だったんです。

この手法を最初にポピュラー音楽に持って来たのはブルースマンです。

近代和声の時代から考え方自体はありましたが、クラシックの潮流に飲まれて副次的な奇異な手法にとどまっていました。

アフリカンアメリカンが自由の国アメリカで作り出した、教会音楽とアフリカ民族音楽の融合の結果、聞いたこともないブルーなサウンドとなり、そこで生まれた"床屋和声"が全世界に広がるR&Bの大元を作り出していました。奇異な手法という偏見は明らかに無くなります。これはアフリカ民族のセンスの良さ、芸術性の高さというほかありません。

もし奴隷としてアメリカに入った民族が日本民族だったら果たしてどんな音楽が当時アメリカで生まれていたでしょうか。

 

このリフの長三和音による、ポップスっぽさを打ち消しているのが、F→Bb→Abという長二度、短三度を含んだ移動です。
これもビートルズをはじめR&Bミュージシャンが活用した平行移動による進行です。

C |Eb |F |G Ab |


という和声進行に、皆さんはどんな雰囲気を感じますか?
疾走感ですか?
堂々さですか?
ロック的な感じ、ですか?


カートはこうした進行が「カッコ良さ」とか「行き詰まった感じ」とか「もうどうでもいいや的な退廃感」などと、自分が日頃感じている言葉にできない感情感を表現できる、と感じていたから用いたのではないか、と、ここで推測してみましょう。

これは共感覚的知覚です。

音と感情を強烈にリンクさせることができなければこれから記事で示すようなコード進行を"採用"しようと思わないでしょう。音が感情とリンクしているのは脳科学がある程度証明してくれます。

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今からその他の12曲を見ていくわけですが、リフが示す切実なまでのその不安定な退廃感はとても長く聴いていられるようなものではなく強烈です。

人のあきらめ、不満、焦りを延々聞かされているような心持ちになります。

(そうならない人もいるでしょうが)

 「人生をリセットしたい」という厭世観をどうやってサウンドにするか、を不幸にも実現させた男。カート・コベイン、27才、ショットガンで自殺(1994)。

体内からは自殺せずとも長生きできない量のヘロインが検出されていました。

世間的には突然の死のように思われますが、その少し前にも彼はOverdoseで意識不明に陥りCNNの速報ニュースで死亡が報じられたりもしていました。

アメリカの友人たちがカードの死亡のニュースを聞いた頃に、カートは息を吹き替えしつつあった、などと云うことがあったわけです。

 

ある時、銃で自殺するビデオを手に入れたカートは食い入るようにそれをみていたそうです。

「自分が嫌いだから死にたい」という発言も残されています。

自分は「銃であたまをぶちぬく」と知人に語ったこともあります。カートの近しい近親者から三人も銃での自殺が出ていることは、カートにとっても自分が死ぬ大義にすらなっていたように読み解けます。

 

この曲のソフトな部分とハードな部分の同居がカートの美意識でありこの曲の重要なメッセージになっています。伝記にはこのスタイルについて「心を掻き乱すような」という適切な表現がなされていました。まさに言い得ています。

これをわかりやすく長調とか短調でいうなら、ソフトな部分は短調、ハードな部分は長調ともいうべき世界観をキャッチーなメロディとリフの上で表現しています。そういう表現を商業的な形にまで発明をしてしまった男。

このスタイルはその後の多くのオルタナティブロックスタイルに反映されます。

感傷的で偽善的な短調、人生の全ての面を見ようとしない長調、という「逃避的美意識」に鉄槌を下すような不定調な流れをサウンドの強弱で表現することで、長調と短調という音楽を超えて表現していったわけです。

これはビートルズもなし得なかった、オーネット・コールマン以降の発明と言ってもいいかもしれません。

 

彼らは長年MTVを見てきた経験から、いかにオーディエンスが興奮するか緊張するかについてよく知り尽くしており、そういう演出をわざと行っていました。

あんな危ない奴らが、

"果たしてちゃんと演奏できるんだろうか"

"指定した曲をやってくれるだろうか"

という客席とスタッフの不安が頂点に達した時、カートはオーディエンスが今一番求めるものを何の躊躇なく一本のギターでかき鳴らすことができました(MTV生ライブでは、わざと冒頭だけ"絶対やるな"といわれた曲のイントロだけ弾いて脅かしたこともある)。

彼らは道端にただへ垂れ込むだけのジャンキーではなく、自分たちがどう見られているか十分にわかっていた秀逸なエンターテイナーでした。アンプラグドのライブ完全版で「これhテレビなんだぜ」時にするカートが印象的でした。全部分かっていたんです。

それゆえに自らの死までわかっていたであろうことがなんとも切ないですね。

 

このアルバム、13曲ありますが、音楽において"暗さ""悲しみ"を象徴するあからさまなマイナーコード(短三和音)はアルバムの最後の曲まで出てきません。

 

Kurt Cobain - And I Love Her (Official Audio)

ここにカート・コバーンがビートルズを演奏した音源が残っています(リンク切れの場合再検索を)。

こうした感覚の持ち主の、独特なコードのつなぎ方と相まってnevermindは完成するべくして完成したのかもしれません。

 

彼は自殺の格好をした、自殺そのもののような人間で、自殺するように歩きながら、自殺について話していたんだよ。

 

自らも30歳まで生きない、と決めていたようです。

死は逃避であり完成でした。彼は死によって両方を得ました。

また中毒症状の苦しさから、自ら「本物のジャンキー」になると"決意"したのだそうです。ただ、どんな大義もこの中毒症状の苦しさからの解放を美化する理由になってしまうようです。

 

その2に続きます。

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