音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

The Beatles / THIS BOYのアヴォイドの響きから考えること

アヴォイドノートは定義されるまではアヴォイドではない。

いきなり不定調性的発想ですみません。

でも考えてみてください。

「君は有名大学を出ていないから、社会人としては一応イマイチだね。成功者になる定義としてさ。気にしないで。口に出しては言わないけど。」

というのはどうでしょう。

あなたが幸せな人生を送れたかどうか、そんなこと50年経ってみないと分からないじゃないですか。

   

 しかしアヴォイドノートは定義されています。最初から。でもこれは学び方だと思うのです。もしあなたが聴いて上手く響かなかったら、それは「あなたにとってのアヴォイド」であり、別に他人に伺いを立てることなどないのです。不定調性は作曲のルールを個人の駆動範囲として定めているので、非常に自由になりますから、このブログで述べるように、健康だとか、先端科学的常識とのリンクとか、そういうことまで脳が手を出すことができるわけです。

それに関連して旧ブログの記事をこちらにお引越ししてまいりましたので掲載いたします。


お題はTHIS BOY、天下のビートルズです。
使用した楽譜は、
「バンドスコア THE BEATLES COLLECTION Vol.1
1988年出版 第2版 シンコーミュージック刊行」
です。その他の楽譜(コンプリートスコア)も参照したうえで、臨んでいます。

 
まずは下記動画から。

www.youtube.com

使うのは0:10-0:58のいわゆるAセクションのコーラス部分です。
個々の部分のコードをポールのベースラインを基準に割り出すと(スコアも参照したうえで)、
D Bm |Em A |D Bm |Em A |D Bm |Em A |D Bm |Em A |
D Bm |Em A |D Bm |Em A |D Bm |Em A |D Bm |Em A |
D Bm |Em A |D D/A |D7 |
と聴こえました。。一部スコアと違いますが、こう聴こえます。下記でも確認を。

www.youtube.com

www.youtube.com

で、ここに三人のハーモニーをテンションとしてまぶすと、
DM7 Bm7 |Em A7(9,11) |DM7 Bm |Em A(9,11) |D Bm |Em7 A7(9,11,13を含有したライン) |D(9,11,13) Bm7 |Em A |
DM7 Bm7 |Em A7(9,11) |DM7 Bm |Em A(9,11) |D Bm |Em7 A7(9,11,13を含有したライン) |D(9,11,13) D/A |D7 |

となります。

これを見ますと、A7(9,11)やA(9,11)、A7時に(9,11,13)を含んだ感じ、そしてDコードで9,11,13と同様なテンションが入った感じが特徴的なハーモニーになっています。

特にDなどは、3rdと4thがぶつからないようにギター演奏になっていると感じます。
ギターのDコードは1弦が3度になるので、1弦は軽く触れる程度でおけば、ぶつかっても些細な感じになります。

コード表記すると、如実にアヴォイドノートが乗っているとように見えますが、このコーラスを「綺麗とはいいがたい」という方はほぼおられないでしょう(ビートルズが嫌いな人はこのハーモニーは虫唾が走るかもしれません)。

この曲の冒頭Dの部分ではM7が綺麗にボーカルラインに響きます。
それに対して、後半のD、Aコードの時は11thがキラキラと響きます。本来は不協和になるのですが、ボーカルの11thに対して、ギターの微細に混じる3rdの感じですから、不協和は極力抑えられています。だから全体を通じて、常にキラキラ感のあるようなM7の音程(またはm2の音程)が響いていることになります。
このサウンドこそがThis Boyの"きれいなコーラス"と言われるゆえんではないでしょうか。

そしてその感じを私たちも身につけています。

 

     

 

osusume-beatles.com


コーラスについてのいきさつがこちらにもかかれていたのでリンク張らせてください。

まさかの逸話ですよね。

結果的にテンションが増え、11thのきしみは埋もれることになり、まるでM7thコードのようにm2が響く結果となりました。その響きを「This Boyの11th」と僕らは若かりしころ体に入れることになります。

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セオリーから音楽を教える方法は、だいぶ充実していると思います。そこから

現場に出て、
「理論だけではどうにもならない」ことを学びます。

しかしそれって、同時に学べないのでしょうか。

理論の反対側から音楽を学ぶ方法を同時に身にければ結構「印象力」「対応力」「完成させる力」が早期から身に付くと思うのです。
「さっきの授業ではアヴォイドノートをやったけど、この授業では、それをいかに活用するかを考えてみよう。」というような学習の日々を就学時代に形成するわけです。

またこれがスキルとして存在しないと、

「音楽は理論じゃないなぁ、やっぱり感性だよなぁ」

という誤った結論がまた顔を出します。
理論での設定を音楽解釈や発想の初期値に置きすぎない、ということです。

 

家を建てる前に野宿すべし

その音楽がどういう表情を持っているか、自分の考えで把握し、そこからどうしたいかの判断材料として、時に理論を用い、時に感性を信じ、発想を一方通行にしないで取り組む、というバランスを同時に教えていく必要性を教える現場で日々感じています。

まず方法論に頼らず、自分で考えて実践した結果、理論書に書かれていることに納得がいくのです。

その二つのバランスの必要性を、この二つのM7thのきしみから考えてみましょう、というお題でした。
アヴォイドの概念を受け入れることができるなら、逆に「じゃあ、どんな時に自分にアヴォイドが許容できる体質なんだろう」という事態も考えてみてほしい、という事です。


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