音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

水平思考の世界1

固定観念が外れる創造的思考法

作曲においては、例えばですが、コードの組み合わせ方、展開の方法、ジャンルの組み合わせなど、様々な思考を瞬間的に同時に扱いながら進めていきますよね。そんなときいつも同じパターンにはまってしまう、とか、マンネリ化して作曲がうまくはかどらない、というような気分になることもあるでしょう。この気分の打破も「作曲学」の一部であり、そうした脳の使い方の規範が共有されて初めて音楽は、音楽以上の存在になるのではないか、と思います。

   

 

今日の著書はこれです。

水平思考の世界 

これもエハン塾がヒントです。ここしばらくは影響受けると思います。そして超えていく!笑

エハン塾 - YouTube

このカクイチ研究所が発信する情報は、音楽にはもちろん、あらゆる分野で働く人のための必須の情報筋肉が詰まっています。未来をよりよく生きるために自分のためにしてあげなければならないことのヒントを探すことができると思います。

学ぶのではなく、探すことをさせてくれるから、これまで体験してきた学校の勉強より有意義であると思います。ウチもこういう多方向からの問題解決を行っていますので共感できます。

 

さてこのデボノ先生の偉大さは、調べていただければわかるので省略いたします。

私は日頃からこういうことを考えて考えてやってきているつもりですが、こうした著者の意見にあえて触れると、また刺激を受けます。

この著書はたまたまかもしれませんが、とても初心者向きにわかりやすくかかれているので先の「期待の科学」ほど次から次へと爆弾を落としてくるような刺激はありません笑。

 

 

 でも読んで損がない、と思うのは、最初に出てくる少女と商人の一節です(商業本の鉄則ですね笑)。皆さんも考えてみてください。

 

ワル知恵の働く金貸しが借金をした商人に「娘をくれるなら借金を帳消しにしよう」といい公平にくじ引きで決めることにしました。空っぽの財布に黒・白の石を入れ、娘が取り出した石が白なら、借金帳消しで娘も解放する、という問題で、商人はズルをして黒い石を二つ財布に入れたのを娘は見逃しませんでした。

さてあなたが少女なら、この危機をどう切り抜けるだろう。

答えを考えてみてください。

     

 

ここで筆者は通例の思考について述べます。

・小石を取り出すことを拒否する。

・財布に入れられた小石は二つとも黒であることを示し、金貸の不正を暴く。

・黒い小石を取り出し、自分が犠牲となって父親を監獄行きから救う。

と考えるのではないか、と述べます。

この時、思考にあるのは、自分が取り出す小石について思考が働いている、というわけです。

水平思考とは、「見方を変える」「固定された思考を疑う」という癖を日頃からつけることで、様々な視点を見つけ、最良のシンプルな答えを見つけていく、ということを諦めない、ということです。

 

つまり答えは「財布の中に残った石について考える」ということです。

「あらゆる見方を探ること」が大切で、「問題は必ず解決する」と考えること。

ここにはいろんな要素がありますね。訓練も必要です。ポシティブシンキング、ということの重要性はもちろん「ではどう考えて状況を好転させるのか」ということについてとことん考えられるか、ということですよね。この方法をどのように会得していけばいいか、ということについて書かれた本です。方法論については著書から読み取ってください。ここでは書ききれません。エッセンスだけを書かせていただきます。

 

そうした思考ができる少女は、金貸しの言う通り、小石を一つ抜いたのだが、うっかりを装って、小石だらけの道に石を落としてしまう。小石は他の石とまぎれてしまいどれがどれだからわからなくなった。そこで

「まあ、私ったらなんてことを」

「でも大丈夫。財布の中に残っている小石を見れば、私が選んだのが黒か白かわかりますもの」

と言えば、商人は自分の不正を認めるはずがないから、少女を解放するしかない、というハッピーエンドになる、と言うわけです。

これは「通例なら助かる可能性は50%だが、相手が不正をしてくれたおかげで自分が助かる可能性が100%になる」と言う寓話です。

ここで著書は先に進むのですが、日本人はきっとその先まで考えるでしょう笑。

 

もし小石が落ちるところを金貸しが見ていて「この黒い石だ!!」と指摘したらどうなるだろう、とか、自分の立ち位置周辺が意外と小石のない部分ばかりだったらどうしよう、とかです。平和な国日本人の特徴は、危機管理が変な方向で徹底しています。いわゆる「クソリプ」です笑。

でも大事なことですよね。クソリプは義務教育に耐えてきた人たちの水平思考であり、同時に義務教育に屈した人の垂直思考です。どちらの気づきもその人にとって大切な過程である時もあると思います。

でも色々な意味でその現場にいたらどうでしょう。それぞれの思惑が様々な感情になって渦巻き、色々な油断が生じるので、意外と少女が石を落としたとき、商人は娘のことばかり考えていますから、石を抜いた瞬間から「やった!」と思ってムラムラと余計なことを考え注意をそらしているかもしれませんからね。小石を落として分からなくなった!なんて少女が言おうものなら、発狂ものですね笑。何をしでかすかわかりません。

「もう一回やろう」とか言ったらもう面倒くさい笑。その前に警察に電話ですね。

 

あくまで寓話ですから、実際のシュチュエーションはわかりませんが、「状況を違った観点から見る」ということを読者に伝えるには十分です。

 

音楽制作においても、楽器の練習においても、最高の曲を作ること、上達することが目的ですが、まず目的を疑い、方法を疑い、トライしてみる、うことで音楽を考える、という十分新しい学問が一つできてしまいそうな気がします。

 

続く。