音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

「期待の科学」1

悪い予感はなぜ当たるのか

音楽制作でも作曲でもなんでも、頭はその時ものすごい勢いで考えて創造して想像してフレージングを作っていきます。その最中は音楽家にとって最も貴重な時間であり、その時のクオリティがいかに高いかがその人の価値を決める、と言ってもいいくらいです。

   

 

私も日々楽しく制作をやっていますが、もし可能なら、もっとクオリティを上げたいし、ベストな精神状態で創作に当たりたいです。

そうなるとどうしても空き時間に脳についての、身体反応についての勉強をしたくなります。音楽的素養は創作時の心のクオリティアップによってかなり前進できるのではないか、と思うからです。折を見て自分が学んだことをシェアします。

今日はこちら。

 「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか

「人間の脳は未来を見る癖がある。脳の関心はほとんど今に向けられていない。"この先はどうなるのか"という予測ばかりする。」

まあ、これによって未来に起きたことを一貫して受け止め、変化に対応する能力が身についている、と言えます。ただ良く想像するか、悪く想像するかでだいぶ過程や結果に変化が出ることはいうまでもありません。問題はこうした機能をどう使うか、だとお思います。

「未来のことなどわからない」といくら言っても、脳は生存本能から未来を予測します。

それならとことん状況判断して、実際に良く準備し、ポジティブな未来を想定したら、これはかなり有益ではないでしょうか。それが脳の役割なら、その定めた目標に向かって人の体は進んでいくはずです。

「求めよさらば与えられん」というのは聖書の言葉ですが、約1900年前にすでに、ポジティブシンキングが確立されているのに、未だに、前向きになることで未来は変わる、とか言ってそこに斬新さを感じるのは、人はきっとそういうことを必要ないと考えているからでしょう。金でできたメダルをかけてもらうために、わざわざ死ぬようなトレニーングを四年間もして、かつ叶わない場合もある、とか脳がそんな状況を受け入れるわけがありません。

問題はその価値を脳が理解させるか、ということが大変なのだとわかります。

だから2000年経っても、「求めよさらば与えられん」は未だに実践することができない難しい課題なのでしょう。

 

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「2004年、アメリカの有名な医療機関クリーブランド・クリニックの研究結果、特定の筋肉を鍛える運動を頭の中だけで繰り返すと、本当に筋肉は鍛えられる。ただし創造のトレーニングは限定的で、常に視覚化して想像して行うことはとても強い意志がいる。」

これもすごいプラシーボみたいな効果ですね。

でもこれも、被験者がどの程度それを信じているか、ということが影響されるように思います。ある実験の報告書では、

「半ドーピングを謳うなら、同様の効果のある、薬物のプラシーボに関しても禁止すべきではないか」

笑っちゃいますね。

幽霊にも人権を、と言っているようなものです。

でもプラシーボは現実に起きているので、この問題はもっと違う側面から考えないといけません。観客の期待に応えようと薬物を使う選手のメンタルのケア、また広告による商業化されたスポーツ文化の規制などの側面です。

     

 

共通符号化理論

簡単にいうと、「こういう動きをすれば、こういう結果になる」と予測する脳の神経細胞の働きです。90年代末に提唱されたそうです。

キャッチボールで、相手がボールを投げた瞬間、どこに飛んでいくか予想しながら追いかけていかないと、見ているだけでは反応できません。運動能力の高い人は、kpの予測能力が高い孤島を意味するそうです(練習により鍛えられている)。

バッターがスランプに陥ると、「何かスイングが悪いのでは、改善しなくては」と思って、予測機能に向けていた注意が散漫になるので、結果が出ない、ということらしいです。視覚には二種類あって、色形を識別する能力と、動きや明暗を識別する能力。後者は訓練によってすごい能力になる。細部まで見えなくても予測はできてしまう。

そしてその予測能力を言葉で正確に説明することは難しい。ピッチャーが投げる瞬間の映像を瞬間的に見て投げられるボールの軌道を直感的に判断するバッターの思考の全てを言葉にすることは不可能、というわけです。

don't think,feel

というのは実はかなり熟達者の予測感覚なのですね。こうしたことを中学とかの部活で体系的に教えたら、かなりいい刺激になるんじゃないでしょうか。

海外ではこの直感力を取り戻すために、少しぼやけたコンタクトレンズをつけさせて、頭で考えてものを見ようとせず直感でコントロールする力を呼びもどさせるためのトレーニングまであるそうです。

やっぱりそういうことですよね、人の脳を理解して、勝負に勝つ、というのは。

 

プロゴルファーに、普段使わないS字パターで100本のパターを打ってもらい、1回目は時間をかけず直感で打ってもらい、もう一回はじっくり時間をかけて正確に打ってもらうと、時間をかけて考えた方が成果が悪かったそうです。don't think,feel.

 

焦った時には、数字を逆からいう、歌を歌う、ということで頭を忙しくしたら、体は自然な状態で動いてくれる、というのです。

またいつも同じ動作を繰り返す、というのもフラットにできる秘訣なんだとか。

イチロー選手のあのいつもの動き、理論的に正しかったんですね。

作曲でもあまり考えず作る、みたいなことは必要なのかもしれませんね。

あとは個人の工夫だと思います。

 

創作作業における脳のはたらき

これについても研究が進むことを祈ります。

これは「作曲学」における重要な要素だからです。

作曲方法論は不定調性論があれば問題なく自在に新しいものを受け入れることができます。しかしその過程で脳がどのように働き、どのような理由でそのメロディを叩き出してきたのかを探る研究が必要です。

自分で作っているときは、自分のレッスンで役に立ちそうな脳の働き、意識の気づきについて注意を払ったりしています。ほとんど無意識の注意かもしれません。

 

 

作曲で大事なのは音楽的知識の先にある、それらの毎回の再構成能力です。常に新しい構成を行おうとしています。 

 

クライアントが投げて来る球を見事に打ち返さなければなりません。

野球と違うのは、入念に準備でき、考える時間が与えられることです。

これによって考えすぎてしまうわけですから、時間があればあるほど、構築が不自然になります。依頼から納品まで、きっと作曲家それぞれの至高の方法論が様々なバリエーションであるんでしょうね。作曲を教える側としては、そういうところに焦点を当てて勉強したいですね。

 

続く。