音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ネガティブハーモニーと不定調性論3

ネガティブハーモニーの写像が判明します。

   

最初の記事はこちらです。

www.terrax.site

 

d→f

e→e♭

f→d

g→c

a→b♭

b→a♭(逆の矢印も成り立つ)

さらに半音的に展開すると、d♭→g♭がここに加わります。

完全1:1対応になります。変更は許されません。つまりモードがガッチガチに決まってしまうわけです。これが一種類の音色しかないシンセ、と述べた理由です。

でもこれがプリセットなら、いちいち覚えずとも鍵盤の音の配置をワンタッチで写像できるようにプログラミングしておけばワンタッチで機能和声メロディが自動的にネガティブハーモニーにすることもできるはずです。

でもそれなら人の意思いらなくないですか?

 

当時はDTMがなかったですから仕方がないですね。今はトランスポーズで一発です。

下方に置く音階を、Cドリアンでも、フリジアンでもいいよ?

と言ったら、だいぶ精神的に楽でしょう?でもそうしない。また理論的にも斬新すぎて、誰もまだそこまでやろうと思わない。

そしてそれをやると上下の対称性が崩れてしまって、単純にポリコード、ポリトーナリティを配置しただけにすぎない、となります。それでは対称性を見つけた意味がありません。故にかなり制限された和音形成がこの時点で予想されます。

c  (全)d  (全)e  (半)f  (全)g (全)a  (全)b  (半)c

g (全)f(全)e♭(半)d (全) c (全)b♭ (全)a♭(半)g

こう見れば、資料にあるようにeとe♭の真ん中が中心とか考えなくて済むと思います。そしてeとe♭の間を中心だ、と考えるなら、aとb♭の間がもう一方の中心だ、と考えることもできます。

 

これはF#△のM3rdとm3rdです。

つまりこのcとgの軸もまたf#とc#のもう一つの軸を作っているんです。

これは中心軸システムとなっていきます。

この「もう一方の中心はあまり重視しない感」が私的にはなんとかしてあげたい感を感じます。余計なお世話ですがね。

 ====

 

方法論づくりをしている者として、ネガティブハーモニーのやり方を見てピンときたのは、

「ああ、この人は、CとCmを作ろうと工夫しているな?」

と感じたことです。方法論つくるときって無意識に自分が使いやすいほうにいこうとしちゃうんです。

Cに対する対称性を考える場合もCとCsus4じゃなんかしっくりこないし、Caugでもやっぱり馴染みがない。というかCに対する存在としてのパワーが足らない。理論づくりは主観の嵐なんです笑。

ミラーコード的な発想を用いた時にできる最も無難な整合性も、このC-Cmというラインだったのでしょう。不定調性の場合は、CーCmラインが「調向階段モデル」からでてきます。

だから音楽は権威から学び、一般的に支持されている方法論が最も「強者」なのです。

でもゴリアテを倒した羊飼いが、自分の方が有利である、と直感したように、権威から学べない人、権威に屈服しない人は、自分たちの方法がかならずあります。

だから必死に自分の方法を編み出して探してください。「強者」は自分が身につけたものこそ最強だ、と思っているので自分らしさを見つける旅に出ようとはしないのです。

ネガティブハーモニーの独自性や変幻自在さに共感したら、改めてあなた自身の手法も見直してください。きっとその刺激から素晴らしい進展があるはずです。そこのコンセプトはそういう利用程度にとどめても十分刺激的なのではないか、と思います。

 

何が課題なのか

これは最初から、スケール、機能を固定したシステムです。

もともと音現象に意思や決まりごとはない

ということからスタートすることでネガティブハーモニーは使いやすくなると思います。機能和声論は基音と五度の関係と自然倍音のハーモニーを使って進化してきた方法論であり、その方法論を持って、下方和音(短三和音)やジャズハーモニーに見るアウト(オルタード)の概念まで拡張してきました。

この中にすでにネガティブハーモニーも含まれてしまっています。

 

でもそれは不定調性論も同じで、機能和声論にはもはや付け入る隙はない訳です。

しかし、いつも同じ思考では同じ響きしか得られません。そこでいつもと違うやり方の方程式を使って、その函数から導き出された新しい響きに驚嘆する、という体験がネガティブハーモニーの一つの希望でもあります。

 

  

なんかもっといっちょ噛みできないの? 

例えば

Dm7   G7 |CM7  |をネガティブハーモニーにすると、

Bb6  |Fm6  |DbM7 |

となります。 

「ネガティブハーモニーを混ぜる」というやり方があるでしょう。

Dm7-G7-CM7において、

ネガティブハーモニーBb6=Dm7(11,b13)ですから、Dエオリアンomit9でほぼエオリアンを弾けばネガティブコンセプトを加えていることになります。また、

Fm6=G7(b9)ですから、GフリジアンM3や、オルタードドミナント的に弾けばこれはネガティブコンセプトである訳です。

でもG7(b9)って普通じゃね??

って思うでしょう?そこが罠なんですよ。機能和声論は、その権力を使って、ありとあらゆる数理の可能性を自分の方法論の中に取り込んでしまっているんです。よく考えてください。

G7にb9が使えるのはなぜですか??

マイナートニックへのヴォイスリーディングをスムーズにするため?

いや、今日からは、

「G7のネガティブハーモニーFm6のm3rdを用いたいのだ」

と言いましょう笑。

 

まあ、別にどっちでもいいのですよ、だってG7(b9)ってもはや普通だもん笑。

 じゃあやっぱりFm6使ったほうがいい?

 

って言っても、それって、

 

Fm6/Gみたいなハイパーアッパーストラクチャーコードなんじゃないの?みたいにも見えるし、fを低音に持っていってもG7(b9)/Fに感じられるかもしれないし。

 

じゃあ作曲の時に、

Dm7 G7 CM7をDm7 Fm6 CM7にすればいい、、

ってやっても、これって普通にIVm6のサブドミナントマイナーじゃね?

って、やっぱり機能和声論に吸い取られてしまう訳です。

 

調性概念の拡張とクリエイターのジレンマ

問題は、反転した結果が予測できない、ということ。

・反転したサウンドが自分は好きになれないかもしれない

・適当にいじって作ったサウンドの方が好きかもしれない(数理的美はどこ行った)

・そうなった時、この方法論の美的構造は一体どのようにその美しさを受け止めればいいのか疑問になる

・自分の美的感覚はネガティブハーモニーと合うのか、合わないのか

 

そう、大事なのは「あなたのプリセット」を作ること。

不定調性論はその独自性を発信し「アイツがそこまでやっていいなら、私にはこういうやり方がある」という自発性を導き出すための精神的土壌を作る対象としていただければと思っております。

 

ああ、そういう風にひっくり返して新しい自分が予測できない響き作って刺激にするのね?

と軽く考えて、じゃあ、自分ならV7のとこだけ自由にひっくり返してみるわ、とか、じゃあ俺、II-VのIIを工夫しよう、とか、俺スケールの対称を崩してドリアンにしてひっくり返そうとか、そうやってコンセプトを拡大することが大事で、それは上記の講座の最初だけ見ても十分分かると思います。

あとはその、

「ひっくり返した感」にあなたが音楽性を感じられるのか?という問いに答えてください。私は機能和声で作ったものをひっくり返す行為にメタファは感じません。だから自分の音楽ではネガティブハーモニーは使わないと思います。しかし意外性を作り出せるという点は面白いです。不定調性論ではベルトチェンジという方法論でより拡大した意外性を作ることができます。ただ面倒なのでよほどアナグラム的な仕掛けを作りたい時以外は使わないでしょう。

 

12音技法で、厳密に音列を制御したから、この世で最も素晴らしい音楽として世界が認識するか、と思ったら、そうでもなかった、みたいな話に通じます。逆に人の意思が介在していないぶん、音楽性が伝わりづらくなりました。

だからコンセプトを使いながらも、違和感を感じたら

「勇気を持って、自分の音楽性と整合性を投入して自分の中に取り込む」

ことでとてもスッキリすると思うし、実際機能和声論だってそれを容認していると思います(タブーなだけです)。

「これはネガティブハーモニーって理論だから、俺が私が適当に考えたものより優れているんだ」なんて絶対に考えてはいけません!!あなたが頭を絞ってアレンジしたものの方があなたの人生には合っているんです。それを何より大切に!

 

<まとめ>

数理の美を見極める

ネガティブハーモニーの手法以前に12音は独自の数理的なmapを持っています。

それを自分なりにどう理解するかが、音楽理論の学習です。既存の学習は「これが一般的です」と言っているだけで、「あなたに合う」とは一言も言っていないはずです。だから最後はあなた自身が方法論を作らなければなりません(伝統音楽を再現するような学習の場合はちょっと違います。一時期ちゃんと伝統に従いましょう)。

自分にとっての音楽理解法は不定調性論であり、それを宇宙的に正しい、と宣言することはありません。あなたの思想の自由を奪う権利はないですし、あなたにはあなたの方法論があるからです。それで人生を有意義にするか、他者にイラついて人生を終えるか、です。

あなた自身があなたの方法を決めていいんです(と宣言するのが私の使命でしょう)。

 

伝統的技法の素晴らしさはその後に見えてくるものです。そのあとで勉強されても遅くありません。(できれば両方の素晴らしさを教えられる先生を探して!!!)。

12音は本来様々な親和性を持っているので、どのように組み合わせても、なんとなくそれっぽいものができてしまいます。

 

だから、それっぽいものができた時、自分がそれに対してどんな方向性でそれを修正するか、完成させるか、を把握できる必要があります。

ジェイコブ氏の言う「言いたいこと」です。これがないとプリセットをいじれません。

純粋にネガティブハーモニーに変換したものを自分の意思でどこをどういじるかを自分の中の音楽性と照合して探せるのなら苦もなく使える一つのアイディアになるでしょう。でも機能和声論自体はそうした特殊ハーモニーを解釈できる方法論まで拡充していますので、ネガティブハーモニーを学ばなくてもより近代音楽的な手法を通例通り大学で学んだら自然と活用できる方法論となり得る、ということも述べておきましょう。

 

皆様の資料で大変勉強になりましたのでこちらでシェアさせていただきます。

ありがとうございました。

 

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