音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

7thコードはなぜトニックになりうるか(2017)

この問題は、
I7ーV7ーI7
において
「なぜI7で、人はトニック感を感じるか」という問いです。
こういう風に唐突に人に聞かれたら、皆さんは何と答えるのでしょう。

   


「ブルース7th」と言われるこのI7、ブルース楽曲においてI度の位置にくる和音がI7とされ、それが伝統となりジャズとなり、ロックとなり、ポップスとなり認知されています。

<いくつかの考え方として>
I7の根拠を、
"ひとつの基音の上にはI-III-V-VIIbの自然倍音ができるから、本来本当のトニックはI7である"
とか言っちゃうこともできるでしょう。でもこの理屈だとV7ーImではなぜ解決感を感じるかということについて答えることができませんから、これについては別の答えが必要です。答えはシンプルでなければなりません。


"I7はI△やIM7の変化和音だ"
という見方もあるでしょう。


それでは、なぜ"変化"したのでしょう(ビートルズ研究では、ギターでの同じコードフォームをスライドさせることからできる進行感の拡張、と解説したりしましたね)。

つまり、どういう理屈からI7に変化したのか?
じゃあ、IM7(b5)がトニックになる音楽があってもいいんじゃない?

またはI6sus4も極端な話、変化和音じゃない?
私はV7→I6sus4で解決感を感じるけど、これはなぜ?私が人とは違っている変わり者だから?「感じてる」なんて嘘をついちゃってる?私が自分が嘘ついてる、って気が付いていなかったら?


とかなっちゃいますよね。そして、

いやいや7thコードには解決感が伝統的に確立されてるけど、お前の言うIM7(b5)はそこまで認知されてないから、あるとは言い切れないんじゃん?

とかっていう話になります。


じゃあ、今は認知されていないとして、未来永劫存在しないと誰が断言できるでしょう。不定調性論は、これから先100年でも通用する理屈を訴え続けていきたい。

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<より音楽現場的な考え方を作りたい>
歴史がどうこう、理論がどうこう、を現場で議論することなどありません。

「今、この瞬間、この音楽はどうなのだ」という問題を討議できるような方法論を学習の現場でも並行して学ぶべきなのです。

「○○○○年にモーツァルトが使った手法」だから、今この音楽にも使える、なんていうことはどうでもいいのです。

話を元に戻しましょう。
この解決感問題に悩む人はまず、
V7ーI
はなぜ解決感を感じるのか、ということの答えを考えてみてください。

これは答えられますか?

あなたはこれを、トライトーンの半音解決で説明します??それとも自然倍音の発生と基音への帰結から説明しますか?それとも機能和声論の伝統理論から説明しますか?
とにかくある程度は音楽を勉強したことのある人なら答えられると思います。

 

動画シリーズの中頃でもこのポイントに触れて展開していきます。

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それでは次の進行はどうでしょう。
V7ーImや、IVーIやIVmーI、VIbーVIIbーIm
に解決感を感じるのはなぜ?でしょうか。それぞれのIやImにあなたは解決感を感じますか?それはなぜですか?

V7ーImは自然倍音で説明できますか?トライトーンの解決で本当に説明できるのでしょうか。半音で解決してませんよね。
IVーIとかIVmーIにはトライトーンもないのに解決感があると思います。なぜでしょう?


VIbーVIIbーImなんてV度進行もしてないですよ。でも私はこのImのところで「キマった」感を覚えます。なぜでしょう?

同じ一つの答えの仕方で説明してください。それぞれに異なる注釈や例外など付けないようにして説明するんです。

     


では、
IVーVIIbーIはどうでしょう。これは転調で説明すれば良いのでしょうか?
VIIbはIIIbに行くべきところなぜ、誰の意図によってIに行ったんですか。
誰の指示ですか。

人の欲求でないとしたら、曲の中のどんな因子がIIIbに行った方が良いところをIにいかせたのですか?

もしその曲をアレンジしているのがあなたじゃなくて他の人だったら、結果は万人において同じになるでしょうか?


それでは、IーIV#ーIはどうです?
この進行感にニルヴァーナっぽい解決感を感じる私はおかしいですか?

私が感じているこの解決感は世間一般の「解決感」とは違うのでしょうか。

でも私は「これも解決感だろ」と信じています。人が信じていることを「それは違う」となると「○○至上主義」にならざるを得ません。そうした時代で世界を統治できた時代もありましたが、現代は違うのです。すべての人間が自分の意志を持つことが承認される方向に世の中は動いているのです。

しかしそうなると、古い教科書は、「伝統至上主義」によって学び手に意見していることになります。しかしここから切り崩してどうなるのでしょう。

 

そこで不定調性論、という脳のプラグインが必要になってきます。
不定調性論は伝統的思想や発想をまず「良し」としながらも、本当のあなたは今どんな印象をその音楽に抱いているか、を並行して確立させることができる学習方法です。

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この問題をもっと広げましょう。
犬や猫がこれらのケーデンスを音楽的に感じないのはなぜでしょうか。

 

私はそういったことへの普遍的な理解も必要だと思っています。
人間だけが良ければ良いのか?もうそういう時代ではないのではないか。

そこはスルーして、あなたのテストの得点が高ければよいのか。本当にそんな生き方をいつまでも続けていてよいのか。

いつかその疑問にぶつかるでしょう。


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きっとこの問題、より科学的に説明できる人もおられると思います。世間は広いですから。

不定調性論では、その人の心(脳)が感じる「印象」「意思」「模様感」「イメージ」「クオリア」「共感覚的な知覚」が引き起こして認知される音楽感覚を、そのまま素直に自分自身が受け入れる、という考え方を取り入れました(そのために教材では和音はあらゆる方向に進行し、あらゆる印象を個別に引き起こす、ということを示す必要がありました)。

<結論>
簡単ですね。
"自分がそう思ったから、今はそう思うしかない"

自分はI7に行ったとき、この和音の進行感に「トニックさ」「終止和音の感じ」「カッコよくキマった感じ」を覚える、という感覚を自分に認めてあげればいい、というだけです。「直感」に従うんです。殴られそうになったらよけるでしょ?「なぜおれは今よけようと思ってるんだろう」とか考えないでしょ!?

あなたの五感は、あなたの意識以上に研ぎ澄まされているのです。

それを信じて音楽も行え、そしてその感覚をさっさと磨け!

といいたいのです。

 

「なぜ自分はそれを感じるのか」というのはまだ科学的に証明されていない分野を多数踏んだものであり、今まさに研究が続いている分野です。だからその「なぜ」はこれから音楽以外の分野も含めた、「意識学」「脳科学」で解明されるのを待つしかありません。

「そう思った」のはあなた自身であり、それを音楽のせいにする、必要はないのです。


人や理論書に誘導されるのではなく、教師や世間体に束縛されることなく、伝統や常識に縛られることなく、今のあなたはどう感じるのか、それを自分に認めてやるのです。

それは恐怖です。勇気がいります。ゆえにそれを認めず、何か根拠を探したがるのだと思います。音楽理論がそうした根拠のための学問に利用されていることは悲しことです。

 

「なんでI7ってトニックになるんだろうねえ」
という質問が、ちょっとずれた聞き方だと思います。前提が無視されています。「I7=トニック」何てそもそもだれかが決めてるんですか?

 

「俺あの娘が好みのタイプなんだけど、なんでだろうねぇ」

と聞いているようなものです。そして答えるほうも

「そりゃ、あの娘は、ハリウッド女優だから、スタイルもしぐさも魅力的だからさ、誰の眼にも好みに見えちまうのさ」

と答えるような人が周りにいるから、

「じゃぁ、I7がトニックに感じるのはなぜだい?」

っていう落語の八っつぁん、熊さんの会話が起きるわけです。

 

問答として暇つぶしにやるのは良いですが、結局は、

「お前がそう考える理由なんてオレには分からんよ」

となります。

そして、そこさえ疑わず認められれば、音楽に理論書は必要無くなります。

「おれはイイと思うんだけど、理論書にはダメ、って書いてあるから、俺この方法せっかくだけどやめるわ」

なんて思わなくていいんです、本当は。

どうしても自分が良いと思うなら、悔いなく使ってみればいい。そしてさんざんこき下ろされてみて、がっかりして音楽辞めたくなったらそれでいいし、何くそ!って思えばもっとたくさん勉強するし、もっと良いものができます。

学校での勉強とはその人がなるべく失敗しないようにするためにするものではありません。

 

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猫ちゃんがケーデンスを感じない理由は、「ああ、きっと猫は何も感じないんだろうなぁ」で済むわけです。でも本当にそうでしょうか。人間よりすぐれた感覚だって持っている彼らです。別の何かを聴いているかもしれませんし、そうした感動は必要ないから、感じても無視しているだけかもしれません。私たちが自分の手に無数についている病原菌を無視して生活できるように。


また、こうした和声の進行感を理解できない人に出会っても、もはやその人が勉強不足とか、才能不足とは思わないでしょう。「その人は感じない」だけであって、もっとその他の感覚が研ぎ澄まされて、生き方をそちらに向けているのだ、と「理解」できるでしょう。
ビートルズを万人が好きにならないのと同じです。

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まず、素直にどう感じるか、その音はどんな感情か、その音はどんな展開を待っているか、その音とあなたとの間で決めていく、そうすれば次のステージはすぐそこにあります。勉強しなくちゃ!って立ち止まるのは臆病だからです。悪いことではありませんよ。でも勉強はいつでもできますが、18歳で経験できることは今その瞬間しかありません。アクティブに行動できるとき、本当に自分がやりたいことをやってください。

その時も「自分は今どう感じているか」がとても大切なんです!!

 

特に若い方、これからを背負わって生きていかれる皆様、自分の感覚を研ぎ澄ませて頑張ってください。