音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

129,雨の樹素描 1-3 /武満徹(2017)

武満徹の不定調性論的に考える

129,雨の樹素描 1-2

Rain Tree Sketch I (1982)の考察

   

 


40-41小節---通常機能の様子
40小節目の低音部の和音は、前半四つがAmM7、後半四つがE♭mM7の構成音と一致する。mM7のサウンドは、暗い和音をさらに研ぎ澄ませたようなサウンドになる。それがまたコントロールできる不協和関係である増四度の関係で連鎖されていく。まず解釈者がmM7のサウンドにどのようなイメージを抱くか、またそれらが増四度連鎖された時にどのような感覚を抱くか、によって使い方が変わってくるだろう。ジャズにおいては、mM7はトニックマイナーの機能であるため、単純に独立して使用できる。
AmM7 E♭mM7 | AmM7 E♭mM7 | AmM7 E♭mM7 |
という進行にどのような印象を抱くだろうか。その感覚を自作に活用してみてはどうだろう。また、他の和音でも構わない。ここではそのサウンドは、悲しき樹木の性がとめどなく連鎖していく活動を人間の目を通してみた悲哀のようなものを感じる。この楽曲の視点を人に置くのか、自然に置くのか、樹木に置くのか、統一した方が良いのかもしれないが、この互いに接点のない存在同士も本来は同じ地球の上でつながっているがゆえに、互いに相容れないにもかかわらず「視点」は常に融合している、というような視点解釈が私は好ましいと感じた。41小節目のようなシークエンスも参考にして、いかにも何らかの意味を持たせているような音型を作りだし、解釈は聴き手に任せる、とういうような手法もあろう。

 

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42-43小節---人への威嚇も勢いづく
このパートもこれまで解釈してきた動きのイメージを与える音使いというコンセプトでセッティングする。

 

44-46小節---動物的な興奮と習性
45小節の旋律型は、ホールトーンスケールそのままである。ランダムな音列ではなくあえて全音的な秩序を保つところに、生命の営みの規則性のような律動を感じさせる(不可思議な呼吸?)。
46小節のシークエンスは、41小節目で現われたシークエンスに似ている。これもまた類似的表現を、距離を置いて用いることで意味感を与えることのできる表現技法と言っても良いだろう。

 

47-60小節---雨を吸う樹木
そしていきなり最初の音型に戻ってくる。全く名残りも憂いも、あとくされもなくいきなり通常の活動に戻れる、という表現を感じ、感情に縛られない樹木の整頓された生命構造、を感じる。しかしながらそのような自然的存在にさえ、人に対する目、というかその相対する存在への威圧、威嚇、そうしたものを感じさせるほど、人というのは自然からうとまれているのだろうか。そのような疑問を感じてしまう自動的な主題への復帰である。

 

61-62小節---異様への観念
63-65小節---全ての存在には“疑問”がある
最後にも分かりやすい、つまり判別しやすいシークエンスで締めくくられる。ちょっとした音の違いであるが、二つのシークエンスは意味が微妙に違っている。私はプロットに書いたように読み解いた。こうしたサウンドが示す言語的ニュアンスの違いも、不定調性論では、和音の持つ響きの連鎖を元に個々人で確立していく。

 

■総じて
同曲は非常に分かりやすく、解釈しやすく、ストーリーが当てやすい楽曲であると感じた。すなわち広く一般に演奏も可能であり、作曲者の小さな世界に収まることなく、訴えたいという思いと、聴きたいという思い、理解したいという思いを、汲み取った構成になっていると感じた。現代音楽的な作品としては、比較的穏健な構造を持っている。
もっと時間をかければ、もっといろいろな事が分かるだろう。

まずは不定調性論からみた、同曲の理解と、自作に活用できる技法的ピックアップの考え方、という点に着目して解釈を進めてみた。